第六話 グリューン村 白兔子(パイトゥーツー)の親子

文字数 10,843文字

グリューン村で生活する、隣国の女スパイ、白兔子(パイトゥーツー)という種族の女性、シャノンは、ようやく落ち着いてきた。
教師の仕事をする事となり、今まで市街地の方へ行って、職業訓練していたが、ようやくグリューン村での実習期間が始まった。
交通費が、かかり、時間もかかっていたが、何とかこれからは楽できそうだと、思っていた。
代わりに、シャノン以外の子は、ルージュ市の方から来なくてはいけなくて、不満タラタラという感じに見えたが、働く場がここに固定されるわけではないらしく、二人そろって、この期間は、ここで頑張ろうと、お互いを励まし合っていた。
一人は大人しそうで、真面目な子に見えたが、一人は美人といった子ではあるが、女のカンと言った所が働くような気がした。
ただ本当、何となくではあるが、どこか影が潜んでいるように見えるのだ。
シャノンは“何か、ありそうね”と思ったが、自分には関係ないと思い、放っておく事にした。
一日目が終わり、帰宅すると、通勤がほぼ無くなるだけで、こんなにも気が楽になると思うと、ルージュ市を歩いて帰るという事が無くなり、少し寂しいが、これはこれで良かった。
華やかな街は好きだし、そこで暮らして、華やかな人生を送りたいが、今はここで、やるべき任務がある。
シャノンは、女スパイの仕事を、完ぺきにこなさなくては、ならないのだ。
その為に色々と、今まで頑張ってきた。
村長との関係は、なるべく早く解消したいのだが、今のままでは、村長こそ自分の為に動いてくれるコマだ。
使い物になるかといえば、どちらかというと、使い物になりそうとは思えないが、村長という立場上、一緒に居た方が良いと思っている。
任務は、この国の王の事を調べて、隣国の王に、情報を教えるだけだが、それが今、ちょっとした誤解により、上手く情報を掴めていない。
「ハァーッ全く!本来の仕事が、上手く行かないわっ」
シャノンは独り言を喋った。
子供達はベビーベッドの上でご機嫌にしている。
グリューン村の幼稚園、保育園の手配は、村長がやってくれた。
シャノンの負担にならないよう、全力でサポートしてくれるのは、とってもありがたいが、今は自分の体も差し出さなくてはならず、シャノンの中では、体を差し出す相手とは思っていない。
どうせなら、イケメンとか、オッサンじゃない人が良かったとさえ、思っている。
愛のない行為ほど、気持ち悪く不愉快な物はないが、王の情報を手に入れる為と生活の為だ。
自分の心に嘘をついて、息苦しい思いをしているのが、ものすごい嫌だが。



朝になり、支度をして、子供を預かってくれる所に子供を預けて、シャノンは中学校へ向かった。
歩いて行ける距離に、職場があると、時間に追われず、心に余裕が出てくる。
ルージュ市に行きたければ、休日に行けば良い。
今はとにかく、職場内での印象を良くして、情報を掴む事に専念しなければ。
シャノンの頭はそれしか考えられなかった。
「もうあまり、ヘマは出来ないわね」
朝ご飯を食べている時に、ボソッと言った一言が心に突き刺さる。
その時、前を歩く姿に、シャノンは見覚えがあった。
昨日初めて会ったが、教育実習で来ている、美人の方の子だと、シャノンは気付いた。
服もそれなりにキチンとしていて、結構な物だと、シャノンの目には映った。
しかし、どこか、昨日会った時と何かが違う気がした。
しかし、女同士、気になる事があるからと、話しかけられる相手と、そうじゃない相手というのは、何も言わなくても分かる。
何となく彼女とは、関わり合いたくないと思い、そのまま声をかけずに、後ろを歩く事にした。
その方がお互いの為と、考えたのだ。
シャノンは、共通語の先生、彼女は音楽の先生、そしてもう一人は、国語の先生を希望しているらしい。
シャノン以外の二人は、少しずつ距離が縮まり、話し始めたりしているらしいが、シャノンはその会話には入らなかった。
若干年齢も、この学校へ来た理由も違う為、シャノンは一人でいる事を選んだ。
もちろん、村長や村長夫人と喋ったりする時はあるが、それ以外は話をする人を増やさなかった。
あまり、仲間や友人を多く作ってしまうと、仕事がし辛くなる事もあるからだ。
情報は欲しいが、変に久しくなってしまうと、うっかりといった時もある。
シャノンはそれを避ける為、わざと一人でいる事にした。



昼休みになると、シャノンは一人、お弁当を自身の机の上に広げた。
弁当といっても、簡単に食べれる物を持ってきただけだが、それでもシャノンは別に何とも思わなかった。
ランチを食べに行く事も出来ない今、食べられる物をちゃんと用意できただけで、凄いのだ。
スーパーで買った物を詰めているだけだが、楽できて、味もそこまで不味い訳ではない。
お腹が満たされるだけで良いのだから、後はもう、食べ終わるのを待つだけだ。
村長は中学校で校長もやっているが、学校では怪しまれないようにする為、むやみに近付いてはこない。
サポートがてら、話しかけてきたりするが、それ以外は学校ではそういう行為は欲求してこなかった。
しかし、昨日は、軽いキスをせがまれた。
もう、仕事も終わったから帰ろうとした時だ。
呼び止められ、軽いキスをして欲しいと言われた為、気は進まなかったが、それを悟られぬよう、言われた事に応じた。
誰かに見られたらまずいのでは?と言ったが、相手は聞く耳持たずだったので、仕方なく軽く済ませた。
今日はもう、そんな事ない様に望んでいるが、あの男の事である。
またどこかで、そんな欲求が来ると思うと、心が沈んだ。
しかし、昼休みが終わり、再び授業やら仕事やらを片付けていると、シャノンはとある女性に話しかけられた。
話しかけてきたのは、同じ教育実習生の美人の方だ。
予想外だと思ったが、仕事が終わったら、自分と二人っきりで会って欲しいと言われた。
シャノンは、何事かと警戒したが、何かチャンスではないか?とも思い、分かったと返事を返した。
会う場所は、なぜかルージュ市を指定された。
自分がそっちまで帰るから、悪いけど付いてきてくれ、と言われ、移動と、それにかかるお金を考えたら、嫌だと思ったが、金なら村長に出してもらえば良いと思うと、何とかして、男から金を出させる必要がありそうだ。
シャノンは、すんなり出してくれれば良いけど、何か要求されるだろうと思い、また、心が重くなった。
しかし、約束は約束である。
その条件をのんだ以上、やっぱりダメとは言えなかった。



仕事が終わり、帰り支度をし、一旦村長にお金の事に関して話をすると、あっさりと出してくれた。
そのお金を持って、シャノンは彼女が仕事を終わらせるのを待った。
もう一人の子は、すでに仕事を終わらせて、今、帰宅に向けて、職員室を出て行ったところだった。
職員室には、ほぼ人は残っておらず、彼女と古い女の先生二人がいる。
校長は校長室で、仕事中な為、シャノンは相手をじっくり観察する事にした。
彼女は昨日は特に何もなく、仕事を仕上げているように見えたが、今日はなんだか、朝から溜息が多かったように見える。
今も溜息が出ては、手を止めている。
“あぁ、なるほど、だから仕事が終わらないのか”とシャノンは思った。
校長夫人も気になっていたのか、彼女に声をかけていたが、彼女は、あと少しとしか返事を返さなかった。
シャノンに関しては、残っていても何も言ってこなかったが、彼女については、古い女の先生が気掛かりなのだろう、チラチラと見つめていた。
しばらくして、ようやく仕事が終わったらしく、「それでは、失礼します」と言い、席を立った。
シャノンも、同じようにして席を立ち、彼女の元へ近付いていった。
彼女は、シャノンより少し前を歩き、職員達が使う下駄箱まで行き、靴に履き替えた。
シャノンも、靴に履き替え、彼女を追った。
二人で長々とバスに乗り、移動して、ようやくルージュ市に着いた頃、彼女はようやく口を開いた。
「あの、ジェラートショップへ行って、話をしましょうか」
「えぇ、それで良いわ」
シャノンのその返事を受けて、彼女は再び無言で歩き、シャノンは後を歩いた。
ジェラートショップへつき、お互い好きなジェラートを選び、席へ戻った。
丸いテーブルに、四人用のイスが並ぶ席に、向かい合って座り、二人はジェラートを食べ始めた。
不意に彼女は、「ここのジェラート、私の妹が好きで、良く来るんです」と、シャノンに対して、話し始めた。
「そうなの、へぇー」と、シャノンも相槌を打つと、彼女は暗い表情になり、「実は昨日」と言い始め、昨日の出来事を話し始めた。
最初はただ、普通の話かと思ったが、直ぐにそんんな簡単な話じゃないと気付いた。
どうやら、彼女の妹がいなくなったらしい。
「随分、大事じゃない?」
「えぇ、でも、妙に冷静な私もいるんです、それで…」
そう話す彼女は、確かに妙に冷静だった。
「負担が軽くなって、何かホッとしているというか、いなくても、良いんじゃないかって思ってしまう時があって、心が落ち着いてるような、落ち着いてないような、ちょっとふわついてるんです」
「そうなの?」
「えぇ、それで、妹がいなくなった原因が私の事なんですけど、その」
そこで一旦、言葉が途切れ、次の言葉を待っていると、再びポツポツと事情を話し始め、最後はついに、シャノンに事の始まりを話した。
「で、それを目撃したからなに、私のせいだと言いたいの?」
「別に、その事については、もう、どうでも良いです、ただ、彼を失った衝撃の方が大きくて。私には本当に大切な人だったので」
「そう」
「シャノンさんは、校長とはどうなんですか?」
「そうね、校長とは…」
軽く辺りを見渡し、誰もいないのを確認すると、村長との事だけを話した。
お互い、年の離れた男性と、そういう関係である事に、彼女になら話をしても良いと思えたのだ。
「そうですか」
真実を知っても彼女は、あまり驚いていなかった。
その後、妹の事はどうする事も出来なくて、自分の心とも向き合いたいと話した。
シャノンも解決を望んでくれて、二人は一時的に、秘密を共有する間柄となった。
「また、二人で話し出来たら良いですね、学校ではする事では無いのが、残念ですが」
「そうね、またこうして、学校から離れた所でなら、話しをしましょう」
「では、私はこれで、シャノンさん、ここまで連れて来てしまってごめんなさい」
「大丈夫よ、確かに学校付近では、話しにくい内容だったし、その、校長に連絡すれば、支援してくれるから」
「そうでしたね」
「私にというか、校長に何か出来る事があるなら、私から言っとくけど?」
「ありがとう、大丈夫です」
「そう?じゃあね、また明日」
「はい、明日」
そう言って二人は別れた。
シャノンは村長に連絡を入れてから、妻に見張られているんだ、すまない、と言われてしまった。
しかたがなく、一人でグリューン村まで帰る事にした。
その道中、女性が黄色い悲鳴をあげていた。
どうやら「すめらぎさま」という人がいるらしい。
シャノンは、女性たちが注目している方を見つめると、随分な男がいた。
“あれが、すめらぎさま?確かにイケメンだけど、なんで様付きで呼ばれて、こんなにもキャーキャー言われているのかしら?”
シャノンは一瞬、心がときめいたが、謎の方が頭に浮かび、すめらぎさまと呼ばれる人物は、どこかで聞き覚えがある事に気付いた。
確か、村長の娘が、何か言ってたわね、あの男か、なるほど。
その後、皇様と呼ばれる男とシャノンは、乗り継ぐバスがずっと一緒で、とうとうグリューン村まで着いてしまった。
シャノンがバスを降り、男も降りると、二人っきりになった。
その時、男はシャノンの名前を口にした。
シャノンは、振り向いて男の顔を見ると、男はニヤニヤと笑っていた。
「私、あなたと会った事、あったかしら?」
「私は君の事を知っているよ」
「あなたが私を知ってても、私はあなたを知らないわ」
「皇 暁彦(すめらぎ あきひこ)いや、サイラス・アトウッドと名乗っても、君は私を知らないかな?」
男は服のポケットに手を突っ込んで、まだニヤニヤと笑っている。
「その名前は、どこかで聞き覚えは、ないわね、残念ながら」
「隣国の女スパイ、シャノンという名で、男女双子の子供を連れた女だと聞いたが」
「誰かと間違えているのでは?」
「我が父の、探りに来たのだろう?隣国の国王であり、我が父を奈落の底へと陥れた男は元気か?」
「さぁ?なんの事やら」
「シャノンという名の女は、女スパイでありながら、少々失敗もしやすい女なんだとか」
「へぇー」
「父の事を知りたいのなら、私についてこい、案内する、そうじゃないのなら、ここでサヨナラだな」
「そうですか、じゃあ、さようなら」
男はニタニタ笑うのを止め、歩き始めた。
シャノンはどうするか、少し考えたが、計画がダメになる事は避けたい。
今は別人を装う事にした。
男とは、少し離れて歩き、子供達のいる場所を目指した。
本当なら、ついて行きたい気持ちで一杯だったが、怪しさ満載だった。
彼本人が、名前やカルッメラウサギだった事で、この国の王子だという事は、真実だとは分かった。
しかし、あまり良い誘い文句ではなかった為、色々と迷った挙句、止めたのだ。
シャノンは、もしかしたら後悔するかもと思ったが、今はとりあえず、子供達の姿を確認する事で精一杯だった。
あの男が何か、嫌な事をするようには見えなかった。
どちらかというと、彼はやけに善人に見えた。
裏の顔というものがありそうだが、本人から王子だと、名乗り出てきた以上、シャノンは警戒するしかなかった。
“甘い罠に引っかかるような女には、ならない様にしなきゃ”
今はとにかく、別人である事に徹底するつもりだ。



子供達を預けている所まで来て、子供の顔を見ると、ホッと一安心した。
子供達を連れ、家の中に入ると、直ぐに家の中を調べた。
とくに何かされている感じは無さそうだ。
なぜ、王子が自分の事を知っているのだろうか。
子供の事も、名前まで。
いったいどこから自分の情報が流れたのだろうか?
村長辺りかとも考えたが、そんな事はないという気持ちが大きい。
あの男は確かに村長として生きている分、そういう情報を流す事も出来るだろう。
後は、村長夫人だ。
彼女は外ではシャノンに何もしてこないが、村長との事や、色々とシャノンに対して、良く思っていないのは、分かっていた。
娘もそうだ。
息子は自分に興味があるようだが、近付いてはこない。
村長夫人は、あからさまに、シャノンを良く思っていない気持ちを、隠していないが、とくに嫌がらせをしてくる事もない。
全て分かっている上で、何かするわけじゃなく、見守るだけにしている夫人を、シャノンはありがたいような、気持ち悪いような、なんとも言い難い気持ちを抱いていたが、相手が何もしてこないなら、こちらも何もしなくて良い。
シャノンは冷蔵庫を開けると、何も入ってない事に気付いた。
二人の子に、外出する時の準備をし、ベビーカーに座らせた。
シャノンも再び外出する準備をしていると、ドアがコンコンと叩かれ、「シャノンさん、ウチでご飯食べない?」という夫人の声が聞こえた。
直ぐにドアを開け、「良いんですか?」と聞くと、「別に構わないわ、たまには一緒に食べましょう」と返ってきた。
「丁度、今、スーパーに行こうかと思ってたんです、それなら、少々、待ってて下さい、準備しますから」
シャノンの家は、村長家の敷地内にあるが、母屋まで向かわなくてはならない、そこまで外出着を着なくても良いが、子供二人はそのままで、自分は家の鍵だけを持ち、外に出た。
ベビーカーを押して、夫人の後ろを歩く。
今日はなんだか、変な一日だと、シャノンは思った。



夕食を食べ終わると、シャノンは再び出かける準備をした。
明日の朝と昼が無いのだ。
この時間に空いているスーパーがあるのかとも思ったが、行ってみるしかない。
すると、後ろから声がかかった。
「シャノン、朝もウチで食べたらどうだ?昼の弁当も妻が作ってくれるようだ、だから今日はもう、外に出るのを止めなさい」
そう言って来たのは、村長だった。
「でも、その、奥様に悪いわ」
「良いんだ、妻からの提案だから、その、何かと管理したいんだろう、別に毒を混ぜてる訳ではない、その、何と言うべきか、妻だって根っからの悪人ではないんだ。その、ちょっとシャノンに対して、色々と冷たいと思うかも知れないが、すまないな」
「別に、私の方に非があるんだし、その、逆に、親切にされると、ちょっと怖いけど、正直ありがたい気持ちもあるわ」
「シャノン」
「明日、朝、そちらに伺います、奥様にありがとうございますと、伝えてもらえると、ありがたいです」
「シャノン、分かった、伝えとくよ、おやすみ、また明日」
「えぇ、おやすみなさい、明日ね♡」
シャノンは、少しため息をついて、もう一度、家の中に入った。
直ぐに風呂に入ってのんびりしようと思い、シャノンは風呂に入る準備をした。
子供達は、大人しくしてくれている為、さっさと済ませようと思い、風呂場へ向かった。
暖かいお湯に体が当たると、疲れはどっと消えてった。
女は風呂の時間は、美容の時間でもあるが、子供の様子が気になって、まともにケア出来ないが、簡単にだが、体を労ると、美しさを取り戻せる気がした。
本来なら、もっと手をこめたいが、やはりササっと済ませたくなる。
子供を産んだからといって、女を捨てたいわけではないが、バランスを保つのが、ちょっと難しくなってきていた。
自分の母がいてくれれば良いのだが、そうもいかない。
シャノンは、基本中の基本だけは、しっかりと整えると、風呂を出る事にした。



風呂の後も、自身の体のケアをして、なるべく気を抜かないようにした。
そこだけは、気を抜かず、常に美しさを保ちたいからである。
まだまだ、年齢としては、若い方だが、どんどんと年齢を重ねる事に、老いていく。
そこで、ずっと美しくある為に、自分の悪い所を認め、改善しなくちゃいけないのだ。
子供達もいずれ、手がかからなくなってくれるのだが、まだまだ、色々と心配など山ほどである。
自分の為の時間は、たっぷり欲しいが、手のかかるうちは、どうしても自分の為のそういう時間が減ってしまい、最低限になってしまう。
それでも子に何かある方が、シャノンは嫌だった。
そういえば今日、話をした佐々木 瑛蓮(ささき えれん)という女性は、妹に対して、色々な感情を持っていると言った。
家族として、姉妹として、心配であると同時に、妹の存在が自分の中で、重たくなっていた所もあると、彼女はハッキリそう言っていた。
だから、いなくなって、多少の肩の荷が下りたとも。
そのうち、情報は入ってくると、信じているから、今は一人の時間を楽しみたいと思っているが、ほんの少し、心配は心配であると、シャノンに話してくれた。
疲れた目で、妹に対する気持ちを話していた彼女。
シャノンは、自分の中にもそんな感情があると、分かっていた。
子供さえいなければ、もっと楽に生きられると。
でも、子供の顔を見てしまうと、とくに瞳を見てしまうと、子供はしっかりシャノンの、この顔を捉えている。
母がそこに居ると、分かっているようだ。
小さくて、今はほとんど喋れないし、泣く事でしか、気持ちを表現出来ないが。
シャノンが笑えば、子供も笑うし、シャノンが悲しそうな顔をして、接すると、子供もどこか、悲しそうな顔をしている。
コナーもケリーも、二人共まだ赤ちゃんなのに、色々と知っているかのようだ。
「コナー、ケリー、エレンの妹さん、どこにいるのかしらね」
その時、ドアのノックと共に、聞き覚えのない男の声がした。
「シャノン、俺だ」
「あなた、誰なの?こんな時間に」
そう言いながら、ドアに近付くと、知らない少女の声も聞こえた。
「シャノンさん、で合ってますか?お願いです、ドアを開けて下さい」
シャノンは何事だと、ドアをゆっくり開けた。
男の声は、聞き覚えは無いが、一回だけ聞いた事がある気がしていたが、ドアを開けてみると、案の定、先程の男だった。
「シャノン、贈り物だ」
その男は少女を一人、差し出してきた。
「シャノンさん、初めまして、佐々木 舞梨亜(ささき まりあ)と申します。
「ささき まりあ?聞いた事ない名前だけど」
「シャノン、ささき えれんという女性は知っているはずだが、彼女から妹さんの名前は聞いてなかったのか?その女性の妹さんのようだ」
「えっ?その名前なら知ってるけど、でも、私はまだ、彼女の事は、ほとんど知らなくて」
「まぁ、当たり前だろう、俺だってそんな詳しくは知らない、ただ、二人がトラブルに巻き込まれた事実なら知っている。シャノンという女のせいで、狂った人生を歩んでしまった姉妹、そう認識している」
「酷い言い草ね、で、なんなの?」
「彼女は、俺が声をかけ、保護をした。未成年だしな、行く当てもないと言うから、知り合いの家に預けていたんだ、この村に姉が来ていると言っていたから」
男の話が途切れると、佐々木 舞梨亜と名乗った少女は、「今日、こっそりお姉ちゃんが働く学校に、様子を見に行きました。そしたらあなたが、お姉ちゃんと一緒にいたのを見つけて、校長だという人に話をしたんです。それで、すめらぎ様の知り合いの方に、話をしました。あなたの名と住まいは、その人に聞きました。それで、すめらぎ様に連絡を取ってもらい、シャノンさんに話しかけてもらうよう、お願いしました。でも、シャノンさんが、その話を受けてくれなかったと聞いて、それでその、シャノンさんの家に直接行こうと思ったら、すめらぎ様が、自分もついてきてくれるからと、それでここまで来ました、シャノンさん、あの、ごめんなさい」
事情は分かったわ、で、どうしたいの?」
「お姉ちゃんに、私は無事だって伝えて下さい、それとあと、紫月(しづく)の家、あっ、えっと、私の同級生の家のアパートで、そこにいさせてもらう事になったからと、伝えて下さい」
「お金や生活費は持ってるの?」
「ライオンさん、学校の先生が何とかしてくれるって、紫月も優しくしてくれるようになって、あのっ」
そこで少女は泣き出してしまった。
「そういう事だから、シャノン、彼女のお姉さんに伝えてくれ、頼んだぞ、おまえはこういうの得意だろ?」
「さも、私の事を知っているように喋るのね」
「知ってるからこそ、喋るんだろう?分かったな、シャノン、ん?」
「分かった、明日伝えとくわ、それじゃあ」
「シャノンさん、ありがとうございます」
「ハイハイ、じゃ、あー心配しないで、早く帰りなさい」
「はい」
そう言うと、少女はシャノンに背中を向けた
「シャノン、それじゃあ、おやすみ」
「えぇ、おやすみなさい」
シャノンはバタンと戸を閉めた。
部屋に戻ると、「はぁー、あいつ、全く!なんなの?人をバカにしたように!!何が父の事を教えてやるよって、全然違う理由で私に用があったんじゃないっ」
“でも、良かった、無事だったのね”
シャノンは、頭の中でそう思う自分がいる事に気付いた。
「私も随分、お人よしなのね」
シャノンは微笑んだ。



翌日
シャノンは、朝は母屋で朝食を食べたり、お弁当を持たせてもらって、学校に来た。
何となくだが、村長と夫人の二人は、知っていた気がすると思ったのは、今朝の事だった。
特に夫人の方は、なんか言葉を噛み下すように、なにか聞きたいが聞けない、みたいな雰囲気を醸し出していた。
村長の奥さんという立場だ。
何かしら情報を掴み、シャノンの事を知らせたのだろう。
村長だってそうだ。
なんだか余所余所しかった。
そうかなるほど、となったのは、やはり今朝の段階だ。
学校で、自分の机で授業の準備をしていると、瑛蓮が入ってきた。
「あら、遅かったじゃない」
シャノンがそう声をかけると、「実は寝坊しちゃって」と返ってきた。
もう一人の子が、「エレン、おはよう」と声をかけると、「おはよう」と返した。
シャノンは、妹の事をいつ言うか、考えたが、帰り際に言う事にした。
これから職員会議が始まったり、授業が始まったりで、忙しいからだ。
村長(今は校長という立場だが)が、職員室へ入ってくると、とんでもない事を言い始めた。
「実は、教育実習生の人に、この学校に慣れてもらう為、美人コンテストを開く事にした。教師の中で一番、誰が綺麗なのか、競うコンテストだ、それで女性の先生もだが、男性の先生でも、女装して参加OKにしました。皆さん、有無を言わずコンテストに強制参加です」
それを聞いて、ほぼ、大体の人が、一位はシャノンか瑛蓮だろう、と予想した。
校長の言葉は、シャノンと瑛蓮にとって、お互いライバルだと認識する事となった。
仲良くもなれそうだが、それで終わらないようだ。
シャノンも瑛蓮も、そういうコンテストでは一位になれると思っていた。
しかし、ライバルも実際、必要な存在だった。
シャノンと瑛蓮は、お互い良いライバルとして、関係を続ける気になっていった。
お互い、微妙に境遇が近く、どちらも美人で、男にモテる人生を送っている。
そして何より、年の離れた男とのアブナイ関係だ。
瑛蓮は今、男とは距離を取っているが、いつかまた、同じように、誰かとそういう関係になるだろう。
瑛蓮の心は、どこかでまだ、男を欲しがっている。
今、距離を取っている男とだって、関係を修復したいと思っている。
しかし、色々と考えているうちに、どんどん不安に押し込まれてしまっているだけである。
いつかまた、時が経てば、今以上に泥沼にハマってしまう時があるだろう。
それでも瑛蓮は、諦めたくないと思っている。
美人コンテストで、シャノンと一位を争い、戦う。
それが何か、自分を新たに、女である事を思い出させてくれそうだ。
シャノンも同じだった。
自分の美しさを、他の人に認めてもらえるチャンスだ。
一位に選ばれるように、女度を上げるチャンスである。
子供がいるから最低限のケアしか出来ないが、それでも自分は美しくいられると、思いたかったし、思い知らせたかった。



シャノンは放課後、瑛蓮に話しかけた。
誰もいない所に呼び出し、妹の話をする為である。
瑛蓮はすでに、その場でシャノンを待っていた。
シャノンは、昨日の出来事を簡単に説明すると、瑛蓮はただ一言、「そう、分かった」としか言わなかった。
「私もビックリしたけど、とりあえず安心ね」
「うん、ありがとう」
「エレン、これで悩みも減ったし、美人コンテスト、堂々と勝負しましょうね」
「そうね、私は負けたくないわ」
「私もよ」
「どっちが勝っても、恨みっこ無しよね」
「当り前じゃない」
「ふふっ、恋だの美しさだの、女は悩みが尽きないわね」
「エレン、それが女ってもんよ」
「そうね」
二人は微笑んで、どちらかとも言わず握手をして別れた。
美人コンテストまでに、二人は最高の美を手に入れる為の日々が始まろうとしていた。

              第六話 終わり
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