第3節 ノンフィクションの発展

文字数 1,931文字

第3節 ノンフィクションの発展
 こうした状況から生まれたのが、ノンフィクションの古典的名作「世界を揺るがした十日館(Ten Days that Shook the World)」(1919)である。1917年、ロシア革命が勃発した際に、アメリカの社会主義的雑誌『ザ・マッセズ(The Masses)』の特派員としてペトログラードに滞在していたジョン・リード(John Reed)は、周到な取材記録と膨大な資料を駆使し、自らの体験を交えて、ロシア革命の実像を浮き彫りにしようとする。彼の描き出すロシア革命に主人公はいないし、物語的統一感もない。ただただ雑然とし、猥雑でさえある。しかし、それこそが革命のリアリティを読者に実感させる。

 広告媒体のチャンピオンの座は雑誌からラジオに移ったものの、20年代以降は完全にノンフィクションは独立した散文ジャンルとして社会的に認知され、定着している。ジョン・ガンサー(John Gunther)は、『ヨーロッパの内幕(Inside Europe)』(1936)で一般のアメリカ人に向けて、ヨーロッパを解説し、エドガー・スノー(Edgar Snow)が欧米人にとって噂話としてしか知らなかった中国共産党の姿を『中国の赤い星(Red Star Over China)』(1937)において伝え、ジョージ・オーウェル(George Orwell)は、スペイン内乱に身を投じ、人民戦線の四分五裂した内情を『カタロニア讃歌(Homage to Catalonia)』(1938)に著わしている。世界は、何かとてつもなく大きく変容しつつある。それを人々はノンフィクションから受けとる。

 時が経っても、やはり雑誌とノンフィクションが特別の関係にあることには変わりはない。1946年8月31日、雑誌『ニューヨーカー(The New Yorker)』は次のセンテンスから始まるただ一作だけを掲載して発売される。

 At exactly fifteen minutes past eight in the morning on August 6, 1945, Japanese time, at the moment when the atomic bomb flashed above Hiroshima, Miss Toshiko Sasaki, a clerk in the personnel department of the East Asia Tin Works, had just sat down at her place in the plant office and was turning her head to speak to the girl at the next desk.

 日本時間1945年8月6日午前8時15分ちょうど、原子爆弾が広島上空でピカッと閃光を放ったその瞬間、東洋製罐の人事課で事務をとる佐々木とし子さんは課内の自分の机につき、隣の同僚に話しかけようと横を向いた。 

 この”Hiroshima”と題されたノンフィクションは、実に、3万1000語にも及ぶ。筆者の-ジョン・ハーシー(John Heresy)は従軍記者として、1946年5月、広島に入り、主に5人の原爆症患者に密着取材を試みている。多くの読者にとって、聞いたこともないこの東洋の地名は、原子爆弾がいかなる惨状をもたらすかという知識と共に、二度と忘れられない固有名詞となる。世界は、たった一作のノンフィクションによって、核兵器の恐ろしさを知るが、それには『ニューヨーカー』誌の英断も貢献している。

 なお、現在刊行されている単行本の版では、筆者があのときから40年近くを経て再度広島を訪れた際の記述が最終章に付け加えられている。

 1960年代に入ると、「ニュー・ジャーナリズム(New Journalism)」が新たなノンフィクションの運動として勃興する。それをサポートしたのも『エスククァイア(Esquire)』という雑誌である。この1933年にシカゴで創刊された男性誌は、60年代に、非常に物語性の強いニュー・ジャーナリズムを全面的にバック・アップし、次々と話題作を載せる。

 しかも、掲載については記事を署名入りにしている。これは雑誌ジャーナリズムの制度を変更させる。『タイム(Time)』や『ニューズウィーク(Newsweek)』などの大手の雑誌は、従来、記事を無署名にしてきたが、1971年までに署名入りに切り替えている。今では、アメリカの活字媒体では署名入りが常識となっているけれども、これにもノンフィクションがかかわっている。
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