十二にょろ 残照
文字数 1,511文字
時は移り、俺と恭子はオフクロが教鞭を取る地元の中学校へと進学した。それまで享受していた幸福な時代が終わりを告げた。終わらせたのは他ならぬ、俺自身だった。
ねえ、制服、似合ってる? 襟元、ヘンじゃないかなー。
ねえ、どうしたの? 顔赤いよ? ねえったらー。
……あ、ちょっと、待ってよー。
幼なじみの少女との関係に気恥ずかしさを覚えていた俺はクラスが別れたのを口実に彼女と距離を置くことにした。いきなり突き放された恭子は不安げにこちらを見ていたが、やがて肩を落として去っていった。
そんな彼女への後ろめたさから俺はあれだけ可愛がってくれたおじさんや順子さんをも避けるようになり、毎年欠かさなかったクリスマスパーティーや年始の挨拶にさえ足を運ばなくなってしまった。小さい頃からアニメが好きだった恭子も同じ趣味を持った女子のグループに入って楽しくやっているように見えた。
中学生にもなってアニメかよ。当時はそんなふうに思っていた。たぶん初めて自分を満たしてくれた存在に甘えていたのだと思う。恭子の気持ちがどこにあるのか、そんなことさえ考えもしなかった。
ねえ、花火に行こうよ。
二年生の夏休みに恭子から地元の花火へと誘われたことがある。素敵な浴衣を買ってもらえたの。これから何年でも大切に着るんだ。ねえ、私の浴衣姿、見て欲しいの。ねえ、一緒に花火を見に行こうよ。
胸の動悸が激しくなり、顔が赤くなるのを感じて、その場から走り逃げた。当日の夜は自分の部屋に閉じこもって、ただひたすら音楽を聴き続けた。罪悪感だけが心のどこかに凝 りのように残された。
やがて三年生となった俺は志望校を目指して受験勉強に打ち込む日々を送っていた。恭子とはたまに校内ですれ違うこともあったが、互いに視線を合わせることも言葉をかけることもなかった。そうして一学期が過ぎ去り、終業式も終え、始まった夏休みも半ばを迎えた頃、表情を強張らせたオフクロから中学校の職員室へと呼び出された。恭子が二年生に上がってからずっと、いじめを受けていたことを知らされた。あの花火を翌日に控えた、蒸し暑い夏の日だった。
何もかもが開けっ広げな恭子はその天真爛漫さを愛される反面、他人につけ込まれやすいところがあった。例の女子グループ内でも次第に侮られる一方となって、やがていじめへとエスカレートしていったらしい。だがすべてを一人で抱え込んだ恭子は担任であるオフクロや両親にさえ何も語ろうとはしなかったのだという。居ても立っても居られなくなった俺はすぐさま恭子の家へと向かい、何年か振りに彼女の部屋へと通された。昔と何も変わらない笑顔がそこにあった。ぎこちないながらもいくつか言葉を交わしてから、恭子に一つの提案をしてみることにした。
明日の花火、一緒に行かないか。
今日晴れて、良かったな。
うん。
おまえの浴衣姿、とても似合ってると思う。
うん。
花火、本当に綺麗だな。
うん。
本当に、綺麗だ。
うん。
何かして欲しいことあるか。俺に出来ることなら、なんでもしてやる。
じゃあ、前みたいに、ずっと居て。私の傍に、ずっと居て。
そして、告白された。その声は微かに震えていた。
そっか、こいつは俺のこと、好きだったんだ。
そうか、俺はこいつのこと、好きだったんだ。
恭子の右手を握り締める。汗ばんだ柔らかさが俺の重ねてきた逃亡の罪を祓ってくれるような気がした。二人で見上げた薄暗がり色の夜空には炎の華が咲き乱れていた。
俺と恭子が絆を紡ぎ直したその年の暮れ、すべてが砂で出来た城のようにゆっくりと、しかし突然崩れていった。
恭子の家族が壊れた。壊したのは、俺のオフクロだった。
ねえ、制服、似合ってる? 襟元、ヘンじゃないかなー。
ねえ、どうしたの? 顔赤いよ? ねえったらー。
……あ、ちょっと、待ってよー。
幼なじみの少女との関係に気恥ずかしさを覚えていた俺はクラスが別れたのを口実に彼女と距離を置くことにした。いきなり突き放された恭子は不安げにこちらを見ていたが、やがて肩を落として去っていった。
そんな彼女への後ろめたさから俺はあれだけ可愛がってくれたおじさんや順子さんをも避けるようになり、毎年欠かさなかったクリスマスパーティーや年始の挨拶にさえ足を運ばなくなってしまった。小さい頃からアニメが好きだった恭子も同じ趣味を持った女子のグループに入って楽しくやっているように見えた。
中学生にもなってアニメかよ。当時はそんなふうに思っていた。たぶん初めて自分を満たしてくれた存在に甘えていたのだと思う。恭子の気持ちがどこにあるのか、そんなことさえ考えもしなかった。
ねえ、花火に行こうよ。
二年生の夏休みに恭子から地元の花火へと誘われたことがある。素敵な浴衣を買ってもらえたの。これから何年でも大切に着るんだ。ねえ、私の浴衣姿、見て欲しいの。ねえ、一緒に花火を見に行こうよ。
胸の動悸が激しくなり、顔が赤くなるのを感じて、その場から走り逃げた。当日の夜は自分の部屋に閉じこもって、ただひたすら音楽を聴き続けた。罪悪感だけが心のどこかに
やがて三年生となった俺は志望校を目指して受験勉強に打ち込む日々を送っていた。恭子とはたまに校内ですれ違うこともあったが、互いに視線を合わせることも言葉をかけることもなかった。そうして一学期が過ぎ去り、終業式も終え、始まった夏休みも半ばを迎えた頃、表情を強張らせたオフクロから中学校の職員室へと呼び出された。恭子が二年生に上がってからずっと、いじめを受けていたことを知らされた。あの花火を翌日に控えた、蒸し暑い夏の日だった。
何もかもが開けっ広げな恭子はその天真爛漫さを愛される反面、他人につけ込まれやすいところがあった。例の女子グループ内でも次第に侮られる一方となって、やがていじめへとエスカレートしていったらしい。だがすべてを一人で抱え込んだ恭子は担任であるオフクロや両親にさえ何も語ろうとはしなかったのだという。居ても立っても居られなくなった俺はすぐさま恭子の家へと向かい、何年か振りに彼女の部屋へと通された。昔と何も変わらない笑顔がそこにあった。ぎこちないながらもいくつか言葉を交わしてから、恭子に一つの提案をしてみることにした。
明日の花火、一緒に行かないか。
今日晴れて、良かったな。
うん。
おまえの浴衣姿、とても似合ってると思う。
うん。
花火、本当に綺麗だな。
うん。
本当に、綺麗だ。
うん。
何かして欲しいことあるか。俺に出来ることなら、なんでもしてやる。
じゃあ、前みたいに、ずっと居て。私の傍に、ずっと居て。
そして、告白された。その声は微かに震えていた。
そっか、こいつは俺のこと、好きだったんだ。
そうか、俺はこいつのこと、好きだったんだ。
恭子の右手を握り締める。汗ばんだ柔らかさが俺の重ねてきた逃亡の罪を祓ってくれるような気がした。二人で見上げた薄暗がり色の夜空には炎の華が咲き乱れていた。
俺と恭子が絆を紡ぎ直したその年の暮れ、すべてが砂で出来た城のようにゆっくりと、しかし突然崩れていった。
恭子の家族が壊れた。壊したのは、俺のオフクロだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)