六にょろ 炎

文字数 1,114文字

 祝福されざる愛の果てに、教え子の父親を刺し殺した教師は、自らの首にも刃を突
 たとえ、どんなに白い眼で見られても、どんなに疎まれ続けて
 俺は、俺の中に、何一つ、踏み込ませたりは
 なのにアイツは、アイツだけ
 何一つ変わらな
 苦し

「待って……」
「……」
「待ってよ……」
「……」
「ねえ……ねえってば……」
「……」
「どうして……?」
「……」
「私、なにか、気に障るようなこと言った?」
「……」
「もしそうなら、あやまるから……」
「……」
「お願い……」
「……」
「……お願いだから……」
「あの子たちが成仏出来るように協力する」
「え」
 歩みを止めて振り返る。紺色の浴衣に赤い帯、栗色の髪の毛が俺の視界に映り込む。
「確かそう言ったよな、オマエ」
「う、うん……」
「アイツらを追い払うまでのあいだだけ、話しかけてもいい。そう約束したよな、俺と」
「……それは……」
「したよな!」
「……うん……」
 力無く答えたきり俯いた恭子を見つめる。咲き乱れる華により浮かび上がったその背後、対岸の河川敷から届く喧騒がやけに虚ろに響いて聞こえる。
「なあ」
「え……」
「オマエ、俺に嘘ついたんだろ?」
「う、嘘?」
「そうだろ? 成仏させるためだとかなんとか適当なことばかり言いやがって、結局この夏のあいだずっと、俺を引っぱり回しただけじゃないか!」
「え、えと……」
「本当は最初から協力なんてするつもり、無かったんだろ!」
「そ、そんなこと……」
 不安げな声が吸い込まれるように闇の中へと消えていく。その直後、刹那のしじまを破るかのように数条の光彩が炸裂する。
「何考えてんだよ、オマエ……」
「な、なにって……」
「何考えてんだか、わかんねーんだよ!」
「わ、私もー……」
「ふざけるな!」
「……」
「なあ」
「……」
「なんなんだ、オマエ? なあ?」
「……あ、あは……」
「なんなんだよ!」
 暗い路に耐え難い思いが木霊する。吹きすさぶ夜風が俺たちを包み込む。恭子は穏やかな微笑を浮かべていた。
「ねえー、笑おうー」
「あ?」
「笑おうよー。そしたらきっと、そしたらきっと……」
 そしたらきっと。そしたらきっと。そんな言葉がいったい、何になるっていうんだ!
 手にしていたプラスチックの容器を地面へと叩きつける。撒き散らされた氷の残骸が乾いたアスファルトを黒く染め上げてゆく。
「許せないっ!」
 染め上げてゆく。
「死んじゃえ!」
 何もかも黒く、染め上げてゆく。
「そんなふうに怨むのが、フツーだろ! 俺は、オマエのオヤジを殺した女の、その息子なんだぞ!」
 また一つ、光が炎が砕け散る。

 そうだ。そうなのだ。
 俺の母親がとち狂ったようにのめり込み、挙句の果てに刺し殺したその相手とは、この、恭子の、父親なのだ。
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登場人物紹介

主人公「なるほど」

恭子「なるほどー」

にょろ「なるほど~」

にょろ2「なぁるほどぅ」

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