三にょろ バリアーとサンドイッチ

文字数 1,813文字

 母親がラブホテルで無理心中したその翌日に、第一志望だった高校の入学試験が行われた。
 まあ、別にいいんだけどね。
 滑り止めの学校に通い始めてからも、腫れ物に触るように接してくるか、遠巻きに白い眼で見てくるヤツらしかいなかった。
 まあ、別にいいんだけどね。

「なあ、アイツら、どこ行ったんだ?」
「えー? にょろちゃんたちー? ちょっと校舎の中、探検してくるってー」
「探検って……ったく、そんな暇あるんなら、記憶の一つでも取り戻す努力をしろっつの」
「もー、そればっかりー。いいじゃない、にぎやかでー」
 アハハー、と笑いながら、空になった弁当箱を片付けている恭子。コイツときたら、ノーテンキにも程があるだろ。ここはやはり念のため、もう一度釘を刺しておくべきかもしれないな。
「……あのな、言っておくけどな、恭子」
「なーにー?」
「ここんとこ訳のわからんことばかり起こって、うやむやになってるけどな。オマエとこんなふうに昼メシ食うのも、アイツらが成仏するまでのあいだだけだからな」
「えー? 無理しなくてもいいのにー。ホントはずっとこのままでいたいんでしょー?」
「アホか。俺は一刻も早くアイツらとオサラバして、元の生活を取り戻したいだけだ。オマエがどーしてもー、って言うから、とりあえず協力させてやってるだけだからな、いいな、恭子」
「んー」
「いいな!」
「……いいけどー」
 不服そうにパック飲料へストローを差し込んでいる恭子。まったく、ホントにコイツときたら、自分の置かれている立場ってものを、まるで理解していないに違いない。まあ、昔から非論理的に行動するヤツだったからな。しかたがないのかもしれない。
「あーあ、なんだかな……」
 貯水槽から落ちている僅かな影にゴロリと寝転ぶ。屋上をぐるりと囲んでいるフェンスへと目をやる。黒々とした網目模様が夏の青空に浮かび上がって見えた。
「なーにー? そのやきそばパン、おいしくないのー?」
「美味いさ……なあ、そのコーヒー牛乳、ちょっとくれよ」
「えー? しょーがないなー……ちょ、ちょっとー、そんなにがぶがぶ飲まないでよー、もー……それで、なんなのー?」
 奪い返した紙パックを背中に隠して、ジト目で睨みつけてくる恭……ったく、中身はまだ半分ほど残ってるだろうに……相変わらず食い意地の張ったヤツだな。
「別に……ただ、何でこんなレベルの低い学校に通わなくちゃならねーんだって、思ってさ……」
「えらそーに、なに言ってるんだかー。さっきまで私と一緒にテストの補習受けてたくせにー」
「いいんだよ、物理なんて。俺、文系だし、受けるの私立だし。そもそもオマエと違って、他の教科は圧倒的にトップの座を守ってるし」
「そんなんでいいのー? 良い大学入ってー、良い就職先見つけてー、俺の人生ボンボヤージュだって、お父さんを見返してやりたいんでしょー?」
「内申なんて最初っから当てにして無いよ。いざとなれば高認だってあるし」
 そうさ、いつ辞めたっていいんだ、こんな学校。
「そうやって、すぐ逃げるー。そんなこと言ってるから、クラスのみんなにも相手にされないのよー」
「違うね。あいつらは俺を見てコソコソ笑ってることしか出来ない、くだらない連中さ」
「えー、そーかなー、そんなの思い込みだよー。そんな人ばかりじゃー」
「うるさい、そうなんだよ!」
 ポケットから煙草を取り出す。食後のクリームパンを食べている恭子を横目に影の中から立ち上がる。フェンスまで歩いて背中を預ける。
「あー、いじけ虫発見ー! 敵はきょーこなバリアーをはってる模様ー。しきゅー応援をー!」
「……あのなぁ、いい加減にしろよ! だいたいオマエ、頭、おかしーんだよ!」
「おかしいー? 私がー?」
「そうさ、にょろとか、にょろ2とか、あんなワケわかんねーモン、ぬるーく受け入れてるし、それに……」
「それにー?」
 それに……。
「……なにようー」
「……なんでもない」
 煙草を咥えて火を点ける。昇降口へと目をやる。白くて長細いものが二つ、こちらへと向かって漂ってきていた。
「ただいま~。あ~、楽しかった~」
「聞いてよぅ、恭子ぉ。にょろったらさぁ、他の人間には姿が見えないのいいことにぃ……」
「お帰りー、にょろちゃん、リボンちゃんー、お腹すいたでしょー、はい!」
「わ~い」
「どうもぅ」
「ユーレイのくせに、サンドイッチなんか食うなよな……」

 呑み込んだ言葉がある。今はただ。ただ、ひたすら。
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登場人物紹介

主人公「なるほど」

恭子「なるほどー」

にょろ「なるほど~」

にょろ2「なぁるほどぅ」

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