十にょろ 人形の家

文字数 818文字

 俺の家族がいつ壊れてしまったのか。少なくとも物心ついた頃には既に壊れていたと思う。今でもぼんやりと覚えているのは、真夜中に怒鳴り散らす親父と泣き叫ぶオフクロの声、そして置石のように暗闇に座り込んで耳を塞ぐことしか出来なかった、ちっぽけな自分の姿だ。

 機械系の技術者である親父は医療機関や大学へと製品を納入する、外資系の医療機器メーカーに勤めていた。全国各地へ出張を繰り返しては不在がちで、家庭を顧みることなく仕事だけに明け暮れた人間でもあった。
 それに対して中学校の教員だったオフクロはただひたすら、愛を求める人間だった。あの人は変わってしまった。昔はこんな人じゃなかった。蛇口から零れ落ちる水滴のように幼い耳へと注がれてきた言葉たち。息子のアンタさえいなければ、私は私の幸せを探しに行けるのに。それらはまるで魔法の呪文のように俺の心を縛りつけた。
 親父としても帰宅するたびに浴びせられる不平不満には我慢ならなかったのだろう。そのうち些細なことで腹を立ててはオフクロを罵るようになり、食器が叩きつけられては、悲鳴と共に何かが砕けていった。やがて二人とも家では無言を貫くようになり、相手のみならず自分自身ですら意思ある存在として扱うのを放棄したかのように振舞い始めた。人間が人形を演じる、人形の家。そんな滑稽とも思える三文芝居がいつまでも続くかと思われていたある日、知り合いが所有するマンションに引き移るとだけ告げて、親父はこの家を去っていった。
 それは一方的な別居というかたちではあったものの、オフクロにとっては事実上の離婚そのものであったらしく、あらゆる厄災の終わりをも意味していたようだった。その夜、上機嫌で夕食を用意していたオフクロの姿を今でも覚えている。
 その後しばらくして小学校へと上がった俺は、放課後の学童クラブで恭子と出会うことになる。そして時を同じくするようにして彼女の両親との、まるで家族のようなつき合いが始まった。
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登場人物紹介

主人公「なるほど」

恭子「なるほどー」

にょろ「なるほど~」

にょろ2「なぁるほどぅ」

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