君と僕と

文字数 2,308文字

 からっぽ、からっぽ、からっぽって、なあに?
 からっぽ、からっぽ、からっぽの、毎日。
 広場に僕は、ひとりぼっち、ひとりぼっち。
 広場に私は、ひとりぼっち、ひとりぼっち。
 いつでもどこでも、ひとりぼっち、ひとりぼっち。
 これからもずっと、ひとりぼっち、ひとりぼっち。
 ひとりぼっち、ひとりぼっち、ひとりぼっち、ひとりぼっち。
 ひとりぼっち、ひとりぼっち、ひとりぼっち、ひとりぼっ「オマエ、バカだろ?」ひべっ。
 うぅ……痛い……なんなの、何が起こって……ハッ! ま、まさか……?
 とうとう来たのか、恐怖のみそ汁! むかし、お母さんが怖がっていた、1999年、恐怖のみそ汁!
 恐、怖のみそ汁。きょう、ふのみそ汁。今日、麩のみそ汁……んー、なんか違うかも。んー……そだ! 進化のひかりよー、さらに照らせよー、みそ汁照らせー!
 今日、このみそ汁。恭、子のみそ汁。恭子のみそ汁、オレ飲みたいなあ。
 え? 私のみそ汁? キミ、私の作ったみそ汁飲みたいの? や、やだ、お風呂より先に? も、もう、新婚かぁ、それはしょうがないなー! ちょっと待っててね、今脱ぐか「オマエほんと、バカだろ?」ぶふぅー?
 い、痛……や、やだっ、鼻からお水が……って、え!
「ど、どうして……?」
「声に出てるんだよ……ったく、独り言にしても人智を超えすぎだろ、オマエ……」
 うそ! 声に出てた? さっきのあの恥ずかしいポッ、ポエムや、そ、そ、その、み、み、み、ミソミソシルチルチルミチル……って、違う! そうじゃないの!
 なんで? なんで、キミがここに居るの? どうして? ねえ、どうして?
「……フォークダンス、誘いに来たんだ」
 そう言って、彼は右手を差し伸べてくれた。
「一緒に踊ろう……踊って……くれないか?」

 恐る恐る差し出した右手は、払い除けられることもなく。彼女は何も言わずにその手を取ってくれた。
 わらの中の七面鳥。オクラホマミキサー。ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。ぎこちない俺のリード。うつむいたままの横顔。くるりと回ってご挨拶。手と手が離れて、さあ、次のお相手は——
「ハハッ」
 思わず声に出して笑ってしまう。クラスで学年で、恐らくは校内中で。自業自得、誰にも相手にされない俺と、そのとばっちりを受けている恭子。先ほど耳にしたポエムの一節が頭の中でリフレインする。

 広場に僕は、ひとりぼっち、ひとりぼっち。
 広場に私は、ひとりぼっち、ひとりぼっち。

 自由参加が仇になったのだろう。夕闇のなか、炎に照らされた校庭は人影も疎らで、その光景を眺めている姿も数えるほどしか見いだせなかった。他の生徒たちにしろ前時代的なファイアストームに目を向けることなく思い思いに過ごしているのかもしれない。そんな状況でも数少ない参加者たちは焚火を囲むように二重の輪となっていたが、その誰もが俺と恭子に注意を払うことなく踊り続けていた。サークルの外側より彼らを見やる。後夜祭も半ばを過ぎていた。今になってその輪に加わる資格が俺たち……俺にあるとは思えなかった。だけど、そんなことは屋上で恭子を見つけたときから解っていたはずだった。汗ばんだ手のひらを見つめる。微かに錆の匂いがした。人の輪に溶け込もうとしていた彼女もきっかけ一つ掴めぬまま途方に暮れていたのだから。
「だけど、少なくとも今は……ひとりぼっちじゃ、ないよな」
 そう呟いた俺の隣で顔を上げる気配がした。再び恭子と両手を取り合う。ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。かかとを地面に着けて、つま先も着けて、微笑み合って、さあ、交代——なんて、知ったことか。左手を離すことなく恭子の背中へ回り込み、進行方向が反転した状態で彼女の右手を取る。ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。何度だってワン・ツー・スリー。再び反転、ワン・ツー・スリー。
 俺と恭子は常に左手をつないだまま、周りがパートナーを代えては進行するのを横目に、身体の向きを変えながら右手もつなぎ合って、結果的に同じ位置へと留まり続けていた。パートナーは固定のまま、自分たちだけがその場で踊り続けるといったこの状況。客観的に見ればさぞかし滑稽に見えることだろう。俺が観客なら笑う。
「ふわわ~、きょうこちゃんたち、行ったり来たりなの~!」
 間違いなく笑う。
「あらあらぁ、くすくすぅ」
 そうさ、笑われるのが嫌なら踊らなければいい。恥ずかしくて堪らなければ踊らなければいい。ただ、それだけのこと。笑えば笑え。笑えば笑え。それが……どうした?
 そうさ、今はそんなこと、どうでもいい。どうでもいいんだ。踊りたいんだ。コイツと一緒に、恭子と一緒に、踊りたいんだ。

 君と一緒に、ワン・ツー・スリー。
 ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。

 俺たちだけで完結しているフォークダンス。どこまでも独りよがりなフォークダンス。どこにも行けない閉じられた輪。どこにも行けない。どこにも行けない? 本当に? 彼女の横顔を見つめる。シワクチャの紙きれが二枚、誰かの上着の内ポケットの中に。
 行ける。行けるさ。いつだって。どこへだって。たとえここが透き通った、ビー玉の中だとしても。
「なあ」
「……え?」
「明日……明日さ。明日……一緒に映画、見に行かないか」

 ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。
 ステップ、ステップ、ワン・ツー・スリー。

 返事は聞こえなかった。聞こえなかった、けれど。
 恭子は泣いていた。泣いて、泣いて……笑っていた。
 笑っていた。
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登場人物紹介

主人公「なるほど」

恭子「なるほどー」

にょろ「なるほど~」

にょろ2「なぁるほどぅ」

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