第2話 立ちんぼと拾った仔猫

文字数 2,828文字

 
 非正規でも定職だったショップ店員の仕事もコロナ禍であっさりと首を切られる。その後、職探しは日課となった。バイトやパートでさえも争奪戦が勃発する。25歳独身との中途半端な年齢も多分に影響している。
 社会が貧しくなれば表向きは弱者優先と相成る。子持ちのシングルとか一人暮らしの高齢者とか。それに容姿には全く自信がない。体型はチョイポチャで、顔は横綱・照ノ富士にどこか似ている。
 高校生からアラサーまで昨今熱が入るパパ活には関心があるものの、載せる写真がない。スタンプで隠したり、修正アプリで加工した写真では、実際に遭った時に詐欺だと騒がれないものなの? 忸怩たる想いが込み上げてくる。
 スマホでパパ活のタグを見る度に、ここにはこんなにも美人が揃っている。つい、他人さまのツイートを深読みしてしまう。なんだか、みんなカワイイかキレイそうだ。
 こりゃムりかな。でも二、三日逡巡していたものの、ひょっとしたらとの期待感に負けた。預金も底をついている。トップ画はニャンにして、体型に関する記載は一切載せずに、Twitterに投稿してみた。

 p活初心者です。健全デートしてくださる優しいパパさん探しています

 無理だと思ったら、トントン拍子に逢う約束までこぎ着けた男性がひとり居た。前日まではハラハラドキドキ、入念に化粧し、いつもの体型を隠せるふあふあエアリーなセットアップではなく、普段着たこともない、胸をあらわに出来るミディアム丈のワンピで勝負に出た。
 待ち合わせ場所に現れたのは三十歳前の男性。オジを予想していので望外のこと。笑顔で品を作る。どんなに美味しいものをご馳走してくれるのかと思いきや、なんとあのマクドだった。しかも口から出る言葉はキャバクラなどの風俗への勧誘ばかり。
 この行為はネット検索で、典型的なスカウトマンのそれとしれた。この男はその後も執拗にLINEで連絡して来る。内容は新宿の店名まで出して、アンタはそこそこ胸があるから、オッパブで働いてみないかとの内容だった。
 オッパブとはキャバクラの一種で、サービスタイムになると、客の両脚にまたがり、オッパイを客に触らせるもの。月に固定給として30万円は保証するものだった。
 その後もパパ活向けのツイートを繰り返すものの、やはり写真で引っかかる。容姿端麗に産まれなかったことが肺腑に染みる。これって親ガチャか? 所持金が一万円を切り、スカウトから支度金10万円の話しが舞い込んだ処で決心が付いた。
 翌週からの新宿・歌舞伎町での夜職が始まる。最初こそ抵抗はあったものの、いざ初めてみると薄暗い店内で雑多なお客に乳房を触られるだけ。昼職のアパレルショップでのセクハラ、パワハラを想えば気分はラクとも言えた。
 何しろその場限りのお客だから、別に遠慮することもない。サービス以上のことを要求する客にはNOを付きつけ、黒服に報告する。黒服は界隈の半グレで、無礼な客を店外に摘まみ出す。
 三ケ月ほどで経済的な余裕も産まれた。ブスでも稼げた。ちょっとした自信にも繋がった。同僚にはアラサーも多い。まだ、四、五年はこの稼業でゆける。そう考えると気持ちにゆとりが出来て、胃の辺りの重しがとれた。
 ところがだ。コロナって奴はか弱い(?)女子の身体を張った仕事までも奪う。札幌と那覇でオッパブでのクラスターが発生した。コスパがよくて人気のオッパブだったがこれを境に全く客が来ない。
 店はそうそうに閉じてしまった。たぶんテナント料を溜めに溜めた経営者は夜逃げしたんだと思う。社員でもなんでもない従業員には通知ひとつなかった。出勤したらドアが開かない。
 仲が良かった同僚とLINEで繋がる。歌舞伎町の風俗街に知り合いの多い女子から、ソープやデリヘル嬢までもが暇をもてあまして、シマであるホ街を利用して流行のパパ活に参戦していると聞く。
 別の女子からは今は外に立った方が稼げると聴いた。外に立つとは、新宿区役所通りの裏筋に立ちんぼすること。客は女子を物色して歩き、これはという女子と値段とサービスの交渉をする。

 店舗外だから中間搾取はない。また価格もないので交渉術のみ。ただ、どうやらタダで立てる訳ではなさそう。半グレのシマがあり、月に一万円をショバ代として払わされる。
 それでもなんかのトラブルが在ればすぐに駆けつけて退治してくれる。「正風会八田組」と書かれた名刺を渡された。まずは相手にこの名前とあそこの監視カメラを指させと言われる。有名な反社名(ヤクザ)と防犯カメラ。これでも我を通す奴はバカだ。
 加奈の場所はとある神社近くだった。両隣の女子とは三十メートルの間隔がある。商売敵の女子同士の会話はない。立ちんぼの時間はバラバラ。左隣の子は夕方から立つし、右の女子は昼から立つ。
 加奈は最初二、三日、様子を探った。仲間から午前中も需要があると聞いたから。確かにオッパブも朝十時から営業していた。風俗は夜との認識があるが実はそうとも言えない。
 既婚者は、夕飯は家族でと、良き父親を演じたがる。でも♂族の性欲は旺盛。従って仕事の合間を縫ってヌキにやってくる。加奈は夜に活動する若者ではなく、ある程度財布が豊かな中年層に絞った。昼職みたいな営業時間で健康にもお肌にもよい。
 加奈は毎朝十時~夕方四時まで路上に立つ。客層はサラリーマンが多い。勤務時間内だから悠長なことは言ってられない。さっさとことを済ませたいので、車の中でのお触りと手や口ヌキ。夜に立つ者が多く、昼間はデブスの加奈でも案外稼げた。
 季節も春から初夏にかけて。立つのもそれほど苦ではなかった。これが真冬とか真夏になれば、さぞ大変なことだろう。でも、いずれコロナも収束するだろうし、そん時は昼職を見つけて、同時にオッパブでバイトしながら預貯金を作ろう、と淡い期待を抱いていた。
 立ちんぼ稼業を始めて、ちょうどひと月した頃に季節外れの猛暑がやって来た。一週間連続の真夏日。しかも真ん中二日は35℃を超えた。
 暑い、、
 建物の蔭に隠れても纏わりつくような湿気は拭えない。加奈は近くの神社の木陰に避難する。赤い鳥居をひとつ潜ると参詣道が五、六メートル続き左右に背の高い樹々が連なる。
 小さい神社なので建物は神殿のみ。入口の隙間から覗いても薄暗くて何があるのかよく判らない。でも神社なのだから神仏が置いてあるはず。神殿背後からは、涼やかな風が通って来る。
 傍らにベンチがひとつ。冷たいペットボトル片手に、しばしの休憩。
 と、どこからともなくか細い仔猫の鳴き声が聞こえた。そして、拾い上げたのが黒いニャンだ。気の利かない加奈は、レジ袋代わりの買い物袋に仔猫を突っ込んで、電車に乗ってアパートに連れ帰る。
 途中、暴れ出すとか鳴きだすとか一切考えもしなかった。満員電車に揺られて、袋を覗いたら死んでるように丸まって居たので、試しに腹を押したら目を開けた。どうやら寝ているようだった。

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