第20話 草薙剣現る―
文字数 1,664文字
「『輝曜王』様は自らの神剣をお望みである。今すぐに出しゃ!」
別天津神は勢い込んでいる。婆ちゃんは背中のリュックを下ろし、四本の軸を取り出し、加奈を見つめた。刻は正午、節季は冬至。この日限りの陽光が天より差し込む。
と、軸から抜け出した牡丹、朝顔、桔梗、菊が重なり、陽光を閃光へと変化させ空間を歪め、異界への裂け目を作った。五十センチほどで奥には漆黒の闇が覗ける。
加奈は流星ちゃんの頬に軽くキスをして、肩組された腕を外し、漆黒の闇に向かう。そして、右腕を中にねじ込み、赤黒く錆びついた物体を取り出した。すると、裂け目は閉じられた。
加奈が『輝曜王』に振り向いた瞬間、神矢が心臓めがけて飛んで来た。そこに居た誰もが射抜かれた加奈の姿を想像した。しかし矢を受けたのは婆ちゃんだった。厄災の神が神矢からの厄災を自らで受けた。
婆ちゃんの胸からは鮮血が吹き出しその場に倒れた。
「婆ちゃん、婆ちゃん、大丈夫!」
傍らに駆け込む加奈。いくら呼んでも、身体を揺すっても反応がない。泪ながらに立ち上がったその姿は、凛々しい何ものにも揺るがぬ建礼門院徳子。「輝曜王」、別天津神を見据え、威厳に満ちた声音で謳う。
「お前が『八岐大蛇』、『輝曜王』だろうが『以仁親王』だろうが『流星ちゃん』だろうが、関係ないわ。
断じて許さぬ。この神剣、我が息子・安徳帝からも逃れてここにあるは、かような血を二度と見せぬためじゃ。お前が権力を握れば再び世は乱れ、あちこちで流血の惨事が起こる。
源平合戦の二の舞いはもうご免じゃ、そけだけは我が命に代えても阻止する」
建礼門院は素早い動きで「輝曜王」に近づき粟田口国綱(あわたぐちくにつな)が鍛えた薙刀を一閃した。大神は『獅子王』(都に跋扈した鵺「ぬえ」という怪物を親王が退治した名刀とされる)で応じる。一進一退の攻防が続く。剣を打ち合う戟音は光と音の雷鳴となり轟く。
組長筆頭に八田組の組員たちは呆然と見守る。「賽の神(勝者の守護神/真剣師)」を信奉する組の数々の逸話の中でも、こんな見事な刃の真剣勝負は見たことも聞いたこともない。とばっちりを喰って切られたらたまったもんじゃない。そのうち尻込みしてベンツで逃げ出す始末。
別天津神が二の矢を番えたのが不味かった。建礼門院は薙刀を女神に投げつけ、番えた弓矢ごと両腕を断ち切り顔面に突き刺さる。天女は清しい現人を失い、消え去った。
丸腰となった建礼門院に容赦なく「輝曜王」は『獅子王』を打ち付ける。その時、建礼門院徳子の右腕に現れた赤黒錆びた物体は一瞬、鈍色に光輝く神剣「草薙剣」に変じて、『獅子王』を砕き、そのまま「輝曜王」の首元を深く抉(えぐ)る。
「草薙剣」は神そのものなのだ。意思のまま自在に動く。普段は目立たぬなまくら、人目に触れぬよう鉄クズで在り続ける。だが、ここぞ神の器量を問われる時には、神鋼(かみはがね)の厳かな幽玄の太刀に変化(へんげ)する。
グォー!
苦悶の呻き声は多摩湖上に響き渡った。
「おのれー!」
「輝曜王」は首元の「草薙剣」を掴んだまま多摩湖に落ちて行った。もちろん、束を握った建礼門院も一緒に。このシチュエーションは壇ノ浦の戦いの時と同じ。多摩湖は人造湖でダム。取水口があり、そこに向かって案外と強い流れがある。それも壇ノ浦と違わない。
もはや、これまで。と、思った時に、以前と同じに水面に引き上げる者が居た。
ニャンだ。スカートの裾を咥えて引っ張り上げている。犬かきならぬ猫かき。四つ足で水をしっかりと捉え推進力に変えている。
ふと、見覚えのある十歳の女子の顔もよぎる。
ようやく、デブス姫は湖畔に引きずり上げられた。ブラウスは脱げ去り、太い二の腕が露わになっている。スカートも捲れて大根脚が並ぶ。
ニャンは懸命に顔を舐めた。息はあるようだ。しばらくして、加奈が呟いた。
「やっぱ、こんなものは使い道も揮い方も知らないおバカなわたしが持っているのが一番いいんだよね。
今度は塩辛くなかったよ…」
傍らには、赤黒錆びた鉄くずがひとつ柱。
別天津神は勢い込んでいる。婆ちゃんは背中のリュックを下ろし、四本の軸を取り出し、加奈を見つめた。刻は正午、節季は冬至。この日限りの陽光が天より差し込む。
と、軸から抜け出した牡丹、朝顔、桔梗、菊が重なり、陽光を閃光へと変化させ空間を歪め、異界への裂け目を作った。五十センチほどで奥には漆黒の闇が覗ける。
加奈は流星ちゃんの頬に軽くキスをして、肩組された腕を外し、漆黒の闇に向かう。そして、右腕を中にねじ込み、赤黒く錆びついた物体を取り出した。すると、裂け目は閉じられた。
加奈が『輝曜王』に振り向いた瞬間、神矢が心臓めがけて飛んで来た。そこに居た誰もが射抜かれた加奈の姿を想像した。しかし矢を受けたのは婆ちゃんだった。厄災の神が神矢からの厄災を自らで受けた。
婆ちゃんの胸からは鮮血が吹き出しその場に倒れた。
「婆ちゃん、婆ちゃん、大丈夫!」
傍らに駆け込む加奈。いくら呼んでも、身体を揺すっても反応がない。泪ながらに立ち上がったその姿は、凛々しい何ものにも揺るがぬ建礼門院徳子。「輝曜王」、別天津神を見据え、威厳に満ちた声音で謳う。
「お前が『八岐大蛇』、『輝曜王』だろうが『以仁親王』だろうが『流星ちゃん』だろうが、関係ないわ。
断じて許さぬ。この神剣、我が息子・安徳帝からも逃れてここにあるは、かような血を二度と見せぬためじゃ。お前が権力を握れば再び世は乱れ、あちこちで流血の惨事が起こる。
源平合戦の二の舞いはもうご免じゃ、そけだけは我が命に代えても阻止する」
建礼門院は素早い動きで「輝曜王」に近づき粟田口国綱(あわたぐちくにつな)が鍛えた薙刀を一閃した。大神は『獅子王』(都に跋扈した鵺「ぬえ」という怪物を親王が退治した名刀とされる)で応じる。一進一退の攻防が続く。剣を打ち合う戟音は光と音の雷鳴となり轟く。
組長筆頭に八田組の組員たちは呆然と見守る。「賽の神(勝者の守護神/真剣師)」を信奉する組の数々の逸話の中でも、こんな見事な刃の真剣勝負は見たことも聞いたこともない。とばっちりを喰って切られたらたまったもんじゃない。そのうち尻込みしてベンツで逃げ出す始末。
別天津神が二の矢を番えたのが不味かった。建礼門院は薙刀を女神に投げつけ、番えた弓矢ごと両腕を断ち切り顔面に突き刺さる。天女は清しい現人を失い、消え去った。
丸腰となった建礼門院に容赦なく「輝曜王」は『獅子王』を打ち付ける。その時、建礼門院徳子の右腕に現れた赤黒錆びた物体は一瞬、鈍色に光輝く神剣「草薙剣」に変じて、『獅子王』を砕き、そのまま「輝曜王」の首元を深く抉(えぐ)る。
「草薙剣」は神そのものなのだ。意思のまま自在に動く。普段は目立たぬなまくら、人目に触れぬよう鉄クズで在り続ける。だが、ここぞ神の器量を問われる時には、神鋼(かみはがね)の厳かな幽玄の太刀に変化(へんげ)する。
グォー!
苦悶の呻き声は多摩湖上に響き渡った。
「おのれー!」
「輝曜王」は首元の「草薙剣」を掴んだまま多摩湖に落ちて行った。もちろん、束を握った建礼門院も一緒に。このシチュエーションは壇ノ浦の戦いの時と同じ。多摩湖は人造湖でダム。取水口があり、そこに向かって案外と強い流れがある。それも壇ノ浦と違わない。
もはや、これまで。と、思った時に、以前と同じに水面に引き上げる者が居た。
ニャンだ。スカートの裾を咥えて引っ張り上げている。犬かきならぬ猫かき。四つ足で水をしっかりと捉え推進力に変えている。
ふと、見覚えのある十歳の女子の顔もよぎる。
ようやく、デブス姫は湖畔に引きずり上げられた。ブラウスは脱げ去り、太い二の腕が露わになっている。スカートも捲れて大根脚が並ぶ。
ニャンは懸命に顔を舐めた。息はあるようだ。しばらくして、加奈が呟いた。
「やっぱ、こんなものは使い道も揮い方も知らないおバカなわたしが持っているのが一番いいんだよね。
今度は塩辛くなかったよ…」
傍らには、赤黒錆びた鉄くずがひとつ柱。