第7話 神剣は何処に

文字数 2,503文字

 
 神代三剣は何のためにあるのか?
 そもそも、「厄災を滅断する勇気と力」をシンボライズしたものだったら、ひと振りでよいのでは?
 大神(王)はそうは考えなかった。武力(権力)の一局集中を避け、力を分散すること。そして三振りが創られ、全国の三か所に安置された。出雲か筑前の何処か、伊勢神宮、そして関東の此の地。
 すでに永い間、権力者の所有物ではなく、社(やしろ/信仰の場所)に安置され、それぞれの地域の安寧に寄与している。これは大神の思惑そのものとも言えた。
 ところが、千年に亘る平穏を壊そうとする輩がいる。

「それで剣の在処は分かったのかな?」
 貧乏神の婆ちゃんが言う。
「いんや、各部屋の隅々、天井裏、中庭、一番怪しい土蔵まで調べましたが、手掛かりはありませぬ」
 確かにネコは身軽にあちこちにゆける。ましてや、探しているものは霊験灼然(いやちこ)なる剣、分からぬ筈はなし。風通しの良い縁側の日蔭で毛づくろいをしているニャン。
「分からぬままでは護りようがないではないかな?」
 婆ちゃんの指摘にも欠伸をしながら背筋を伸ばす。
「わらわに分らんもんは敵方にも判りませぬ」
 すると寝坊した加奈が居間に入って来た。頭上に毛髪がとっちらかりパジャマのまま尻をボリボリ搔いている。
「お婆ちゃん、また買い物頼むね。人に頼んどいてなんだけど、なんかお金の無くなり方が激しくてさ。なるべく安いもの買って来てね」
 貧乏神に財布を渡す奴があるか。ニャンが警告の意味を込めて鳴くと、
「あれ、可愛い仔猫ちゃん、おいで」
 と、この暑いのに抱きかかえられた。せっかく毛並みも整えたばかり。なんとか身をくねらせて逃れようとする。それを見た婆さんが、
「今夜は焼きサバでいいかな? 大根おろしとミョウガを添えて」
「うん、美味しそう。昨晩の南蛮揚げも美味しかった、キュン」
 その隙に玄関の方に逃れたニャン。買い物かごをぶら提げた貧乏神に、
「〇ュールも頼みます。ほらテレビでよく宣伝してる。いつもカリカリばかりで飽きました」
 婆さんはさも可笑しそうに、
「われは何で食い物もネコ食なんか?」
「乗り移る器(うつわ)に合うように出来ておりまする、ニャー」

 サバが香ばしく焼きあがるオーブンを前にして、匂いにつられたニャンが食卓の下に座る。デブスの姫君も腹が空いたらしく、スナック菓子片手に台所に現れた。
「あー、お腹空いた。炊飯器のスイッチ大丈夫でしょうね?」
 これは昨晩、婆さんがスイッチを押し忘れて、せっかくの夕餉に白米が無い状態に陥ったことに対する抗議が含まれている。
 と、固定電話がなった。ニャンの顔を見るもののネコには出られない。
 仕方なく、
「はい、山口です」
 ここに引っ越してからは苗字は父方の蒼井から山口に替えている。たぶん祖母からの引き継ぎが楽なようにとの配慮から。電話の相手との会話はやけに弾んでいる。声のトーンが普段より一段上がって、明らかに品(しな)を作っている。
「…、じゃ、お待ちしています♪♬」
 受話器を置いたあとでも、しばし作り笑顔が残っている。
「お婆ちゃんに教わった掛け軸のお話し。なんとか北さいの「菊の花」。二百万円で買いたいって。それに、家の代々の品々に興味があるから、お伺いしたいってさ。
 結構、イケメンなのよね、彼。お待ちしてますって言っちゃったっ、ペケ」
 ニャンにはピンと来た。あの貧乏神のやつ、山口家代々の骨董品まで売り払うつもりなんだ。貧乏神のお蔭でどんどん薄くなる財布の中身を嘆くバカ姫に、まずは床の間の掛け軸を古物商に持って行かせた。
 なんとか北さいとは葛飾北斎の「菊の図」のことだろう。あの軸に貼られている北斎は本物だ。これを契機に手当たり次第に由緒のある品々を売られては、神剣の在処も分からなくなる可能性もある。
 古物商は翌日に早速、姿を見せた。ポチャ姫はこれもでもかと品をつくり愛想を振りまく。
「改めまして私どもは〇市で代々質屋並びに古物商を営んでおります浅野屋と申します。どうぞよろしくお願い致します」
 東山紀之似の三十前の男性は名刺を差し出した。そこには、浅野屋代表、服部俊介とある。
「あれ、代表とは社長さんですよねぇ。お若いのに凄いです、もうキュンです」
 第二ボタンを外したブラウスからは豊かな胸の谷間がまる見え。そうか、コイツはオッパブ嬢だったっけ。ニャンは客間の襖の蔭から覗く。その真上には貧乏神が興味深く見つめている。
 目の前にピン札で二百枚が積まれた。ホクホク顔の加奈。
「確かにここは、古物の宝庫ですね。実に興味深い。中庭の土蔵の中も拝見したい。ぜひ、当社にお任せください」
 加奈は満面の笑みだ。イケメンに現金。まさに夢見心地。
「ふーん、ワシはこう見えても『禍津日神(まがつひ)』厄災の神。あやつには厄災が潜んでおる」
 貧乏神が言う。
「何をいまさら。お前さんが掛け軸を売らせたのが原因ではないか」
 ニャンは非難する。
「金かね、言うもんじゃからついな。しかし、まさか因縁の相手に売りに行くとはな。やはり因果というもんは怖いもんじゃ。ここは一端、止めるとしよう」
 貧乏神はそう言い、二人の間に入った。
「ワシは加奈の祖母だがな。この軸はもう二か所の古物商にも見積もりをとらせておる。こちらで今に骨董品の目録を作るでな。すべて入札にしようと思っておる。今日の処は引き取って貰えるかの」
 加奈は思い切り不服そうだが、イケメンは聞き分けがよかった。早々に山口家から辞した。
「なんであんなこと言うのよ。せっかく大金を掴めたのに」
 加奈はご立腹。
「少しでも高く売れた方がよかろう? それにあのイケメンは妻帯しておるぞよ」
 加奈は意気消沈した。実に分かり易い。八田組の若い衆を沈黙させた人を侮る訳にはいかない。たぶんその通りなんだろう。自分はいつも思い余って失敗をする。しょぼん。
 だけど、
「わたしお金もちになって、韓国で整形して、脂肪吸引して、美人になるんだ!」
 イケメンが置いて行った掛け軸は再び床の間に戻された。
 時を交わさずに、菊の図から眩い光が一瞬、客間中に放たれた。
 ニャンと貧乏神は顔を見合わせた。

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