本編34_2019.04.06

文字数 6,005文字

すべてのなぞ解きを終えて、あとは真っ向勝負
2019.04.06_(083)(034)(2=20)

視点#中嶋

中嶋:「そういうことか・・」

そうつぶやいた。
ここは狭い東京の雑居ビルの一室だ。空調の羽音が聞こえる。それほどまでに静かであるのだ。
残された時間はわずかである。その中でついに我々は東京ゲンガーの正体にたどり着いた。
昨日、ヨシトモ隊員と久慈君で手に入れたノート。それは橘 交良さんが遺したノートだが、そこにある記述こそ我々が求めた最後の答えがある。
ついに矢野 豊たる人物と東京ゲンガーとの直接的なつながりを示す証拠が出そろったのだ。興奮せずに聞いていたのは、その答えを知るにはあまりに手遅れだったから。
街はすでに、半分以上の人口が避難を開始して完了している。SSS財団はどうやらテロリスト集団による東京都内に正体不明の細菌兵器を流布したというカバーストーリを展開している。ずいぶんと滑稽なストーリーだが、これがどうして、誰も疑問に思うことなく、広まっていく。
ニュースが真面目一辺倒に報道するし、総理大臣の連日の緊急会見がその信ぴょう性に対する意見を押し倒し、雑多な推測を殺してしまう。
私はそれをはたで見ていたが・・情報操作というのは、案外に簡単なものかもしれないと感じたよ。まあ、認識操作を財団が何らかのアイテムで行っていることだろうが・・。

あっという間に街はガラの悪いものに様変わりしてしまった。そんな世紀末の前触れに東京都内に残っているのは自衛隊とか、警察官とか、治安維持装置・・電力関係のインフラと、これまでどこにいたのかイカレタ連中と不良ぐらいだ。ああ、それと我々のような企業戦士ぐらいか・・。相変わらずにこの日本という国は狂っているな。海苔の卸業者がどうしてこの非常事態宣言が出ている東京でまだ働いているのだろうか。そう私は向かいビルの煌々と明るいその業者の一室のいるビルを私のいるビルから見ていた。そうここは『東京防衛』のオフィス。人類最後の対策フロンティアだ。

ナヴ:「・・豊という少年が作り上げたドッペルゲンガーが今になって猛威を振るっているということですか・・どうして80年以上が経った今になって?」
高見沢:「なかなかに複雑な背景があるね。整理すると・・矢野 豊が無意識化で作り出した東京ゲンガーが、失くして無くなった『モノ』を吸収して災害級の怪異にまで増幅した・・正体が分かったのはいいけど、ナヴさんの言う通り、信じられないね」
中嶋:「・・失くして無くした『モノ』という性質がそうさせたのだろう。行灯さんの説でいうところの、存在の可否というのは物理的な存在だけではなく、記憶という形での存在、それは存在性を維持しうるらしい。ごく小規模な信仰と考えれば、筋は通る。豊のドッペルゲンガーは・・記憶の中によって閉じ込められていたのだろう」
ゆう子:「・・あ!そうか!橘さんか?!橘さんが覚えていたから・・これまで動き出すことができなかったのか」
中嶋:「この報告から考えるに・・橘 交良が納屋で会ったのは豊のドッペルゲンガーだと知っていた。その上で、この事実を深く心に刻み込んだ。これがただの出来事であるとしたのなら、とっくに忘却の彼方にあったことだ」
ナヴ:「そうして結果として・・ドッペルゲンガーを閉じ込めることになったと・・しかし、まだ分かりません。なぜ、そのドッペルゲンガーがそこまで大きな力を持つにいたるのでしょうか?」
長谷川:「鼻歌横丁は・・忘れ去られたものが最後に行き着く地です。日本にはそういった土着信仰によって霊的なオブジェクトを多く生成している。まあ、どういう理屈でそのシステムに組み込まれるのかまでは分かっていませんが」
ナヴ:「・・豊のドッペルゲンガーはそこに組まれたと?」
長谷川:「ええ。そこで存在性を消失する多くの『モノ』を吸収し巨大な影響力を獲得していった。存在性というのは、スピリチュアル体において唯一の物理的な世界との接点であることから、それを吸収するということは、そのまま現実世界での影響力を増すということです」
ナヴ:「だが・・そもそもです。豊のドッペルゲンガー・・東京ゲンガーだけがその世界でそれ相応の力をなぜ獲得できたのですか?博士が言うのが本当だとして、これまでにそのような前提がなかったのは理解できません」
中嶋:「ドッペルゲンガーという存在性か!?」
長谷川:「・・これは私の推論です。鼻歌横丁の本質は、ある種の自浄作用にあると思います。残留思念のようなスピリチュアル体を集めている袋小路。そこでの存在は記憶をすり減らし、変性させていき、やがて消滅させていると思われます」
高見沢:「消滅させる。魂のリサイクルと言えば、響はいいね。確かに古日本の土着信仰に似通っているし、輪廻転生の世界観にも近い。・・鼻歌横丁はそういう意味では、自然現象の一部としての機能を持っているってこと?」
長谷川:「鼻歌横丁は、人の記憶を映し出しそこに留まらせる。まるで自分の記憶を移した映画のように流れていき、人生を追体験していく。1つ終わるごとにその記憶は完全に消えていく。すべての記憶を追体験したとき・・自身の存在を完全に忘却され、消滅する」
ゆう子:「まあ、人々の記憶からも自分自身でもそれを認めたら、消滅するってことでしょう?」
ナヴ:「そのような話は世界中で聞きますから、信じられますが・・」
中嶋:「だが、東京ゲンガーの記憶とは豊が作り出した、いわば借り物の擬似的な記録だ」
高見沢:「なるほど!すり減るべき記憶がないのだ。生の記録はほとんど持っていないスピリチュアル体だ。何十年という長い時間にも十分に耐えうる」
ゆう子:「え?え?どういうこと?」
高見沢:「えっと・・、例えるなら、食品みたいなもの。高温多湿の空間で放置しておけば、やがて腐敗し二酸化炭素と無機物に分解されるでしょ?でも良くできた食品サンプルなら?それは一切腐敗することなく、ずっとそこで存在してしまうのよ」
ナヴ:「なるほど・・あまりに長い時間をかけて、力を増していったということね?」
中嶋:「力・・とはどういうものだ?」
高見沢:「それを今聞く?存在を奪っているだろ?生者なら、それは存在を奪われている。田町の事件はキャップも知っている――」
中嶋:「それは結果的な現象だ。本来の力を得るための食事と言っていい。じゃあ、そうして得ている・・目的の『力』とは何だ?」
ナヴ:「・・博士、鼻歌横丁に赴いたことがあるはずです。そこはどのような場所何ですか?」
長谷川:「どんなところ・・さっき言ったように、記憶を奪い、そこに縛りつけるために、強力な郷愁の気持ちを常に昂らせて・・まるで麻薬のようだ。生まれながらに人がもつ依存性を利用する雰囲気で満ちている、手段を持たなければ抗えない場所と言ったところか」
中嶋:「・・哀愁、郷愁・・ノスタルジー・・」
ゆう子:「人がいなくなって消耗しているのは、間違いないのでしょ?だったら、その先があろうとも、関係ないのじゃない?」
ナヴ:「それもそうですね・・」
中嶋:「高見沢隊員。地図を見せてくれないか?」
高見沢:「うん?キャップ、どうかした?」
中嶋:「東京ゲンガーの化現しているエリアの高低差をグラフに出来るか?それを地図上に反映して欲しい」
高見沢:「うん。よっと。これでいい?地図上の赤い所が相対的に率が大きくて、青いところが低いよ」
中嶋:「うん。そう。ヘウレーカ・・」
長谷川:「何か気付いたみたいですね」
中嶋:「この地図の分布の偏りを見ていた時に、すでに違和感はあったんだ。ここが田町駅だ。最初の出現地」
高見沢:「ここはもう・・完全に東京ゲンガーに取り込まれているね」
中嶋:「それに沿岸地区・・特にお台場や夢の島公園とかに多く偏っているから、海岸線上の境界上にコロニー形成しやすいのかと思ったが・・浅草に渋谷、八王子とそうじゃないのも混ざっている」
ナヴ:「それがどうかしましたか?ランダムな偏在とも思えるが・・もしくは人の多い場所から伝染や感染する性質を持っているのか、とにかく色々と考えられます」
中嶋:「・・東京限定で浸食しているこの存在には明確な意思がある。感染や伝染という方法なら、東京都外にもすでに広がっているはずだ。そうしない理由がないから」
高見沢:「もったいぶらずに教えてよ。何が分かったの?」
中嶋:「・・ここを見ろ。皇居に、上野・・旧国鉄沿線と、まったく東京ゲンガーが存在しない地区もある」
高見沢:「本当だ・・。これは確かに不思議だね。由緒ある土地神かな・・?」
長谷川:「・・もしや・・原風景?」
中嶋:「ザッツライト!この計画的な偏りは、東京ゲンガーという存在がノスタルジーそのものだと証明している。ノスタルジー・・失われたかつての風景とか懐かしさとかの、具象化した怪物だったんだ」
長谷川:「・・この街は、あまりに早く変革し続けている。昨日まであった新しい形はすでに取って代わり、また新しい何かがすでに生まれそして弾けようとしている。この国の人間は、そう知っていて・・それでも膨大に、さらに膨張し続けるのを許す。そう呪われたように飽食の資本主義と呼ばれて久しいな。この街の象は、失くして無くされた『モノ』にとってあまりに堪えがたい侮辱なのかもしれない」
中嶋:「ノスタルジーの対義にあるのはバズる・・つまり流行だ。郷愁や懐かしく感じる空気を殺していくのは、いつだって流行性の若者文化・・東京ゲンガーはその中心地を取り込んでいるんだ」
長谷川:「東京ゲンガーがこの街にこだわるのも理解できる。これは・・見せしめだ。どのような都市も同じ経緯を辿るだろう。早いか遅いかの違いはあるが」
中嶋:「ノスタルジー・・しかし、そうならこれはとんだ自殺行為です。郷愁を求めるために殺戮をしていてはあまりに本末転倒です」
ゆう子:「どういうこと?」
高見沢:「ノスタルジーって言うのは、人間のみがもつ高次の欲求の1つ。懐古主義とか呼ばれるその考え方は、社会的欲求の中でも、完全な形で欲求を満たすことのできない特殊なものなんだ」
ゆう子:「なんで?」
高見沢:「例えば偉くなりたいという出世欲は会社があって身分があるという前提で成立する欲求だよね。これがいわゆる社会的欲求と呼ばれるもので、例でいえば、偉くなる方法はあるし、そのために現に立身出世している人間もいる。でも昔はよかったといくら懐かしんでも、いくら戻りたいって願ってもそれはできない。時間は一方通行だからね。代替的手段はいくらかあるけど、本質的には満たされることはないんだ」
ゆう子:「なるほど・・それがどうして自殺行為に?」
長谷川:「もっとシンプルに、このタイプの欲求に、死という概念がある。これも不老不死でありたいという願いの終焉であり、絶対に満たされない欲求の1つで、最も普遍的だろう。だが生存本能はそれ自体が欲求であり、赤子だろうとアメーバのような単細胞でも持っているが、その理由は問われればそれ以上はない。しかしそこに理由を求め、そして完成させたのは、高度に発展した社会や文化という背景がある人間だけ。つまり、人間を襲うという行為は、ノスタルジーというエネルギーの供給源を自ら締めるという意味で、自殺行為という訳だ」
ゆう子:「ヘェ~。そういうこと」
中嶋:「まあ、その通りだ。・・色々な見方ができるが、ことその高度な文明社会でも自殺者の数というのは、年々増えている。それ自体もレミングとかあるいは種全体のアポトーシスのような自浄作用なものなのかも知れない」
ナヴ:「東京ゲンガーを神が与えた鉄槌だと?いいえ、あれはそうではなく、自暴自棄になったただの悪霊です。私にはあれに神性も神秘の力も感じません。これは聖戦なんかではなく、駆除です。コレラやインフルエンザと同じく流行病に過ぎないものです」
中嶋:「あ、ああ。そうだ」
高見沢:「ふふ、そうね。それが1番適当な表現ね。私達はノアの方舟の乗組員何かじゃなく、ただの都市衛生のための清掃員。うん、こっちの方が、私たちらしくていいね」
長谷川:「だが、・・そうとなればもう我々に手出しできるのでしょうか?相手は文化性を持った人類にとって、ノスタルジーとは、東京ゲンガーは、死と類義語のような存在だと認めないといけない」
中嶋:「長谷川博士・・私たちが単なる考える葦なら、紀元前にはとっくに滅んでいたはずです。彼を知り己を知れば百戦殆うからず。敵を知った今、もはや勝つべき手段はあるということです」
長谷川:「・・期待していますよ。我らが孫子」
中嶋:「さて、これより最終作戦の骨子を作る。東京防衛、出陣!!」
中嶋:「・・ヨシトモ隊員らはどうした?」
高見沢:「屋上行って、サボっているわ」
中嶋:「何~?!この一大事に、ゆう子隊員。至急召集してくれたまえ」
ゆう子:「いやよ。自分でやりなさい」
中嶋:「・・え・・?何で?これは、社長命令だ!」
ナヴ:「何度も言いますが、合同会社では、社員同士に明確な上位下達の原則はありません。どうしてもいうのなら、議会を開き了承を得る必要があります」
中嶋:「・・う・・うん。いや、でもノリとか・・そういうのってあるというか、こう勢いにのってさ・・」
高見沢:「私もパシリは反対。私達の業務ってかなり厳密に役割分担しているのよね。だからさっきのその発言・・パワハラだよ?嫌悪する」
中嶋:「うん。こうしよう。私が呼んでこよう。はは。・・全員が揃ったら、会議にしますので、よろしくお願いします」

@@@#東京防衛

ゆう子:「でも、不思議よね」
高見沢:「何が?」
ゆう子:「『東京ゲンガー』って名前」
高見沢:「うん?」
ゆう子:「矢野 豊本人は、東京に縁もゆかりもない。なのにただのドッペルゲンガーと名乗らずに・・東京を名乗った。なんでだろう?」
高見沢:「さあ・・何となくかもしれないけど・・」
ゆう子:「きっと縁もゆかりもないから」
高見沢:「何か知っているの?」
ゆう子:「ドッペルっていうのが、ドイツ語でダブルでしょ。もうそれだけで英語ではドッペルゲンガーを意味するよね?じゃあ、ゲンガーって?」
ナヴ:「ドイツ語で人を意味します。正確には『歩く人』となりますが、ほとんどの場合、ただ人の意味で使用されています」
ゆう子:「交良さんが亡くなって、ついに誰とも縁もゆかりも無くなった。失くした半身を探すようにずっと探して歩き続けていたのかな。それって地獄よりも地獄らしいよね。あてのない、永遠に同じような世界でずっと誰かの記憶の世界しか持たないのは、ないよりも辛いことのように思えるわ。生きてすらいなかった存在でも、死の世界でも、どっちつかず。だから名乗ったのだろうね。何者でもない『さまよい歩くモノ』と」
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