本編7_2019.2.8

文字数 16,913文字

ある少年兵の死と第1の刺客
2019.02.08_(083)(007)(4=6)

視点#小野寺

これは僕の死ぬまでの物語だ。

ああ、寒い。僕の頭は今の不満と、やってやったという小さな虚栄心でいっぱいだった。
僕の名前は小野寺 春道(おのでら はるみち)。古く続く魔払い師が支配する田舎の集落の出身だ。限界集落となり去年ついにその群は地図から消えた。なんてことはない。大人はやけに騒いでいたが、何の思い入れもないし、なくなって清々した。僕は師匠以外全て嫌いだったから。

僕の集落では・・家督が継げない若者は集められて見込みのある子供は魔払い師に育てられる。僕はその最後の1人だ。・・そう、僕がそうだったのだ。ある名家の下女がそこの家主との間に生まれた妾の子が僕で、その家主もすぐに死んで母親は俺をその家に捨ててどこかに姿を消した。・・よくある話だ。それからの僕に居場所なんてなかった。ずっと後ろ指を刺されるような侮辱といじめをずっと異母兄弟から受けていたよ。控え目に行ってもその辺の家畜以下、別に死んでもいい程度の扱いだった。
だから独居房の様な狭い石室でろくに冷暖房も食事もない修行の日々なんて全然苦でも何でもない。目的も意味もある修行の日々は、ただの虐待の日々に比べて素晴らしくて感動すらしていたんだ。
僕が続けていけたのも、1つには才能があったからだ。強くなれば見返せる。あいつらより強い階級で支配できると。・・まあ、そんな集落もなくなったが。
もう1つは師匠がいたからだ。師匠だけは俺を見捨てなかった。蔑むことも、罵ることもしない。僕を唯一認めてくれた。・・だが、そう思っていたのは僕だけだった様だけど。
16歳になった頃だ。怪異の退治にも1人でこなせる様になった頃だ。しかしいくら経っても僕は免許皆伝が許されなかった。
これまで培った術も決して兄弟子に劣っているとは思えない、むしろ才能だけで言えば僕は絶対に優れていたと思っている。にも関わらず未だに師匠は僕のことを認めない。
そうしていると、ドンドン不信が募る。いつの間にかあんなに慕った師匠とも必要なこと以外、口を聞くこともなくなった。決定的だったのは、それからすぐのことだ。秋が深まると祭事を取りまとめる師匠の元へ集落の奴らは集まってくる。僕はそういう時には、石室に逃げ隠れる。その夜分遅くになって、便所に行くために母屋を仕方なく通った時だ。僕は聞くつもりなんてなかったが、ふすま向こうは酒の席で賑やかな声が嫌でも聞こえる、それも僕の話題だったので、耳は聡くなっていたんだ。

村人A:「中村さん、春道をまだ面倒見ているんですかい?」
師匠(中村):「ああ、そうだな」
村人A:「こんなことを言うのもあれだが、あれは八分の出だ。親父さんは立派な人だよ?でも母親はダメだ。捨てて行ってしまう薄情なやつだ。同じ血が流れているんだから、春道も薄情もんよ!どんな才があっても払い役になるなんて、きっとうまくいかねえ!」
村人B:「ああ、そうだで?!中村さんもそうだよな!余計なことだとも承知だ。でも言わせてくれ。あいつを後継ぎにしないでくれ、な?!」
師匠:「・・・」
村人A:「な?」
師匠:「元々そのつもりだ」

その一言は他のどんな声よりも静かに響いた。酔いの中ではないと、言わされた言葉ではないとわかるほど、はっきりとそれは僕の心に突き刺さる。そして酒の席は今宵、胸のつっかえがさった事で最高潮に盛り上がる。僕は・・その場を離れ冷え切った月を見て、そしてゆっくりと石室に戻る。心が固まったのを理解したよ。それ以来師匠とは完全に距離を取った。僕はそれから完全に単独での仕事となっていった。

@@@

そして、そんなある日、師匠の元に呼び出された。あれ以来完全に袂を分けて、山に籠もっていたところを呼び出される。
そこには見知らぬスーツの人間が2人。なくなった集落にはとても不釣り合いだ。それが師匠に何か懇願していた。
スーツの男A:「お二人が有名な魔払い師ですね?今日は魔払いの依頼に参りました」
小野寺:「あ?何だそれ?」
スーツの男B:「ここに2千万円あります」
小野寺:「え?!」
スーツの男A:「これは手付金です。成功報酬はさらに倍をお支払いしましょう」

それは今まで1度も見たことがない額だった。霊媒師なんてインチキ臭い商売だってことは知っている。そんなのに対して即金で、僕は手を伸ばしかけた。

スーツの男B:「すでにご存知の事と思いますが・・東京で起きた集団失踪事件・・あれは怪異の仕業です」
師匠:「やはりそうでしたか・・」
スーツの男A:「高名な御二方に是非、お力添えを!」

僕は遂に訪れたこの機会に体を乗り出して、スーツの男たちに快諾をしかけた時、思いもよらない言葉を師匠は発した。

師匠:「断る。さあ話は終わりだ、もう帰るぞ」

そう言って師匠はその場を出て行く気だ。僕はもう自分が抑えられなくなって、師匠に文句を言うためにそのすぐ後を追う。

スーツの男B:「私達は明日もここにいます。どうかもう1度、お話だけでも」

そう声が聞こえたが、飛び出てズンズンと道を進む師匠の胸ぐらを掴んだ。

小野寺:「師匠!何だって断る?」
師匠:「何だ、その手は?離せ」
小野寺:「話を聞いてからでもいいはずだ!それに何よりも成功報酬じゃなくてもあの金額だ。よっぽどの事件だ!力になっても・・」
師匠:「よほどの金額だからだ!・・春道よ、今回の東京での事件を知っているのか?」
小野寺:「ああ、知っている。だから言える。これは悪霊の仕業だ。そして対応方法も。師匠に散々教えられたことだからな!それとも何だ?見もせずに引けって言うのか?!」
師匠:「そうだ。その通りだ。儂らに手に負えるものかどうか見極めろ!」
小野寺:「いや、できる!」
師匠:「それは、おごりだ!」
小野寺:「そうだよな!あんたはそう言うよな!僕を絶対に認めない。いや認めなくないんだろ?自分より優れていることを!?」
師匠:「何を・・言っている?」
小野寺:「もういい、僕は1人でも受ける。気に入らないなら破門でも何でも好きにすればいい」
師匠:「待て!」

この時の師匠の考えとか、僕は全く理解できていなかった。だがその時の僕は裏切られたという思い込みで正常じゃなかったのと、やはり師匠の言う通りにおごっていたのだ。
結局僕の暴走に、元集落の人間を巻き込んで、あれよ、あれよという間に師匠も参加する。
そしてそこが僕たちの死地となるなんてこの時には思いもしなかった。

@@@

朝方の月は縁起が悪いという、僕はそれを見つめながらいた。
そこは作戦本部の小学校のグランドのようだ。ここから300メートルほど行ったところに目標の妖怪がいる。集められた奇抜な集団の中に僕と師匠はいる。あれ以来、一言も口を聞いていない。そんな状態だ。作戦の共有なんてまるでなかった。
来るまでの間、送迎車の中から見た市中はまるで人気がない。東京というのはもっと多くの人でごった返しのイメージを持っていたから、完全に人払いされた通りはすごく、冷たく、終末のように見えた。やがて小学校につくと、怪獣映画で見たことのある軍隊のバギーやパラボラアンテナが設置されて、物々しく何かの専門的な迷彩柄の男たちが多く殺気立っていた。その緊迫感の中に僕たちはピックアップトラックから降りていく。
そして感じた僕の印象は周りのレベルの低さだ。それなりに怪異についての知識はあるのだろうが、それでも役者不足と思えるレベルだ。そのせいで僕はさらに自信を増長させていた。どうやら、この世界において自分は優れていると、敵を見ることもなく。
目ざとく20人以上の中の群れの中で、戦力を探る。使い物になるのは、師匠も入れて、4人くらい。壁にもたれている革ジャンのいかついサングラスの男と、着物を着こんだ盲目の杖を突いた老人。そして俺たちをずっと監視しているようににらむ迷彩柄の軍服の男だ。

軍人の男:「それではこれより飛行体怪異の討伐作戦を決行する!」

ずっと監視していた軍人の男はそういうと、僕たちを一喝して、振り向かせる。どうやら指揮官だったようだ。

軍人の男:「作戦の概要を簡単に説明しよう。これより地点靖国神社にいる怪異は全部で2体。1体は旧陸軍時代の神風特攻隊と思われる骸骨の亡霊を、対象『α』、ゼロ戦を『β』と呼称する。以上」
サングラスの男:「この写真はどうやって手に入れた?」
軍人の男:「望遠鏡で撮影されたものだ。αは現在、靖国神社を根城に東京都内を移動。行動パターンを分析した結果、必ずこの時間から30分ほど宮内で具現化することが分かった。本作戦はそこを狙う」
サングラスの男:「なるほどな・・だが写真に写る?」
軍人の男:「・・そう、αはβも霊体ではない。肉体を持っている」
盲目の老人:「それで・・一体、どっちを倒せば・・金はもらえるのかのう?」
軍人の男:「どっちでもだ。正確に言うとその2体以外にも対象があればその都度報酬を払うことを約束する」
サングラスの男:「それはずいぶんと景気のいい話だ」
軍人の男:「それでは作戦決行は14:00に開始する。チームは2分し俺と一緒に先陣を切るグループと作戦本部を護衛するチームに分ける。寄せ集めの集団だ、霊障が大きく無線の使用も制限される中、効率的な指揮系統はないと判断し、個々の状況判断でチームを分ける。少数精鋭で現場に向かう。以上」

そう言って男は何も言わずにテントの奥へ引っ込む。俺はあまりのことと、そこで繰り出された金額の話を感じていた。周りもそのことで少々騒がしくしている。怪異1つで2千万もの大金を払うと約束したのだ。だが、最後なんて言った?チームを分ける。どうやって?そうしていたら盲目の老人が1人で歩いていく。そして混乱にある僕たちの真ん中を、杖をたたきながら歩いていく。

盲目の老人:「お先に行かせてもらうぞ~」

そしてテントの中へと入っていった。さっきの軍人の男が入っていたところだ。それに連ねるように何人も入っていく。僕は悩んでいた、正解が分からないからだ。そして師匠をちらりと見る。まったく動く気配のない、その横のサングラスの男もだ。それが混乱に拍車をかける。少なくともこの二人は僕の見立てではほかの有象無象とは違う。それが待機を選択している。僕はどうしたものかといると、サングラスの男が話しかけてくる。

サングラスの男:「なあ、少年。お前さんはあそこにいる中村さんの弟子か?」
小野寺:「ああ、そうだ・・それがどうした?」
サングラスの男:「なるほどな、この中じゃ一番まともだと思ったんだ。ああ、俺は井沼(いぬま)。ただのサイキッカーだ」
井沼:「あれが、役行者の代から伝わる山岳信仰密教の経典を授かる正統後継者か・・素晴らしい師匠を持っているな」
小野寺:「はん」
井沼:「?」

@@@

井沼:「こうしてお見えして光栄です。中村さん」
師匠:「お前さんとはどこかで?」
井沼:「ええ、そうです。私は元々、一葉会(いちようかい)の出身のものです」
師匠:「・・はぐれ者ということか。一葉の派閥がこんな合同作戦に参加するはずはあるまい」
井沼:「まあ、独立した矢先のことで金が入り用でしてね」
井沼:「それよりも、俺からしてみたら中村さんがなぜ?」
師匠:「何、社会勉強さ」
小野寺:「なあ、そんなことよりいいのか?あっちに行かなくて、このままじゃ物の怪の姿も見えない後方待機になってしまうぞ!?」
井沼:「社会勉強・・お弟子さんの・・そういうことでしたか・・」
小野寺:「何?僕の顔に何かあるのか?」
師匠:「なあ井沼よ。お前さんはこの老体より、よほど世情に詳しいと見たが、どうだ?今回の件についてどう思う?」
井沼:「今回はハズレだ。俺はこれ以上深入りするつもりはない。後方待機で手付金だけだ」
小野寺:「何を言っている?!この程度の妖気でか?」
井沼:「よほど腕に自信があるんだな。まあいい。俺は魔力より情報から判断するタイプだ」
師匠:「ほう、それは何か根拠が?」
井沼:「・・今回の作戦の前、田町駅の事件の後、ゼロ室とSSS財団の合同チームが調査に赴いたらしいが・・どうやらそれが失敗したらしい」
小野寺:「それがどうした?財団にもゼロ室にもそんな兵力なんてないだろ?」
井沼:「そりゃ怪異現象についてだろ?だが、それでもまるで情報を掴めずに全滅したらしい。敵のヒントもなしにだ」
小野寺:「だから軍部が指揮しているのか」
井沼:「ああ、政府は直轄の対霊部隊に対応を切り替えたということだ。それと俺が疑問に思うのは、財団の行動だ。前回の失態の後だっていうのに、今回の作戦に参加してない」
小野寺:「それがどうして変なんだ?怖気ついただけだろ」
井沼:「・・財団が出てこないのは、何か知っているんだろ。そのうえで無視しているっていうのは、よほどでかいヤマか・・別のことに気を取られているのか・・とにかく今回のあの妖怪には何かあるぞ。悪いことは言わないぞ、少年。今回はここで手を打ったほうがいいぞ」
小野寺:「あ!?僕をなめるな!」

軍人の男:「予定時刻になった!!これより作戦を開始する。ここにいる8名を先陣隊として出発する。それ以外はここで要請があるまで待機、以上!!」

軍人の男がそう猛々しく大声で伝える。軍服の男の横にはさっきの盲目の老人。僕は時間切れとなってしまったことを知った。井沼も師匠も結局、本当に行くつもりはなかったようだ。だからしまったと僕は2人をにらむも、2人はまったく悪びれていない。僕は何か罵声を言いかけたが、しようがないことと堪えてふてぶてしくその場を離れ、僕は校舎を背に座り込んだ。

@@@

井沼はとても賑やかに話している。ここにいる人間で一番年が近いのは僕だったし、他にいるのは先陣部隊から落とされて苛立っている者か、訳の分からない宗教的なことを連呼している変わり者しかない。師匠はずっと目を閉じて瞑想のような格好で休んでいる。井沼は僕を話し相手に決めてずっと話している。僕も正直、部落にいたころからのけ者だったことからも、師匠とも口を聞いていない状況であったから、井沼の対等な態度っていうので話を聞く程度には心を開いていた。

井沼:「昔、確か今から10年くらい前か。俺がまだ若造だったころだよ、『カンカンダラ』っていう大物怪異の退治に一葉会が出向いたときに、お前の師匠と共闘したことが最初かな」
井沼:「それは恐ろしく強かった。しかしそれ以上に驚いたのは、作戦に対するストイックさだ。怪異を倒すために、周辺の村々を焼いて山まで焼き払ったんだ。気でも狂ったのかとも思ったが、その行動にはきちんとした意味があったんだ。カンカンダラはすでに産卵していたんだ。だからその卵も焼き払ったんだ」
小野寺:「ああ、そうかい。しかし、今はあんなのだ。ひよってしまっているんだよ」
井沼:「少年、それは違うぞ。例えばそうだな・・ここにいる奴ら、少年はどう見る?」
小野寺:「あ?」
井沼:「少年から見て今回の事件が手に負えるかどうかわかるか?」
小野寺:「・・どいつもこいつも鍛錬不足だ。足手まといもいいとこだろう」
井沼:「はは!手厳しいが・・その通りだ。ここにいるのはほとんど2流以下だからな」
小野寺:「なんだと?!」
井沼:「財団の他にも、有名どころの霊能者はどこもいない。あんな大金で焚き付けても、人が集まらなかったってことだ。意味わかるだろ?皆、割に合わないって判断したんだ」
小野寺:「・・・」
井沼:「だから中村さんクラスの高尚な霊媒師がこの作戦に参加していて驚いたんだよ」
小野寺:「俺のせいだと言いたいのかよ」
井沼:「そうは言ってないが、今回の件は良い教訓になる。妖気では計れない力もあるってことだ」

師匠は突然立ち上がり、神社の方を凝視する。僕は長い付き合いだったからすぐに直感した。何かが起きたのだと。それからほんの数拍を置いて僕も井沼も広がる混沌に意識を奪われる感覚が、それはほんの一瞬のことだったが、十分に恐喝を僕たちにもたらしたんだ。全員が思い思いに心を引き締めてその力を凝視する。魔力はやはりそこまでじゃない。だが、何だこれは?感じたこともない。まとわりつく蜘蛛の糸のように、不快感を募らせる。
ありとあらゆるスピーカーとかの電子機器がハウリングをして狂った機械音で校庭は溢れる。そのような現象が起きたんだ。ここにいる霊感のない人達だって何が起きているのか、察しがつくものだ。そしてつまりなぜこんなことが起こるのかということに行き着く。先陣の身に何か起きたのだと。だがまだ誰も動けない。師匠を除いて。

師匠:「井沼殿!ここにいる全員を連れて脱出するのだ!」
井沼:「ああ!分かった!中村さんはどうするんだ!」
師匠:「儂は・・このまま先陣隊に合流する!」
小野寺:「僕も行くぞ」
師匠:「お前も井沼殿と共に避難しろ!」
井沼:「少年!邪魔になるだけだ!」
小野寺:「いや、たとえ師匠でも関係ない!」
師匠:「チッ!・・すまぬ井沼殿!儂らも後で向かう!」
井沼:「ああ!分かった!そっちも気を付けてくれ!」

@@@

公道に出てすぐに師匠は歩きながら印を結ぶ。その印は『疫鬼(えき)』。師匠の陰陽術で斥候を特異とする式神だ。それが神社に向けて飛んでいく。
大きな気配はない。全くどこにも異常とはかけ離れた世界、静寂そのもので違和感は人がいないということくらいだ。国道に出ても状況は変わらず、枝だけとなった銀杏の木々だけがある。ああ、寒い。あるはずの温もり1つの不足でこうも冷え込むかと僕は思う。山育ちの身であるので、慣れてはいるが。

そして近付く毎に濃くなる気配と、あまりにも突然に目の前にかつて人だったものが、無残に転がっている。
それは全員が何かに撃ち抜かれていた。その数は4人、逃げようと2人は前のめりに、僕らが来た方に倒れていて、残りの2人のうち、1人は仰向けに空を見ている。残りの1人はビルの隙間に背を持たれたまま息絶えている。
僕は戦闘機という情報からすぐに何が起きたか思い当たる。機関銃による掃討射撃。師匠はそこから何もない空を見上げる。それはその弾道を目で追っている。急降下しながらの急撃だったのだろう。最初に撃たれたと思われるその死体はその場に砕け落ち、2人は逃げ出したところを狙われて、後の1人は助けられた所でこ途切れた。その血溜まりが広がって行くのを見て、ものの数分前のことだ。だが、そんな音はあったのか?僕はそう考えた。

師匠:「ここからは自分の命は自分で守れ」
小野寺:「当たり前だろ。師匠の最初の教えだ。今さら・・」
師匠:「いや、これから理解するだろう」

エンジン音が響く、靖国神社から。師匠もまた立ち上がり、独特な歩行で歩き出す。今師匠がしているのは禹歩と呼ばれる術。それでしていているのは、師匠の切り札の『因鬼(いんき)』。己の命を削って召喚する式神だ。本気だと僕は知る。それを見たのも生涯で初めてのことだ。そして生み出された式神が、意識というものが醒めてくると、僕は逃げ隠れる。それは絶対的な捕食者の野性だったから。さっき言った言葉の意味を僕は知った。『自分の命は自分で守れ』、それはこの怪物が振る舞う無差別な行動に対する牽制であったのか。その怪物は師匠を睨んだが、すぐにもう一つの妖気に視線を向ける。上空だ。
来る。誰ともなく師匠も僕も因鬼も、理解した。エンジン音が耳元で聞こえてくるし、気配も濃くなるが、その姿をまだ見えていなかった。不思議な感覚だ。怪異が機械音をさせて向かってくる。まるで警戒させるように・・。

小野寺:「ビルの向こう!突っ込んでくるぞ!」

そうだ。相手は怪異。物理現象は関係ない。ビルを透過して突っ込んでくる。ゼロ戦が姿を現したと同時に因鬼が飛びつく。その上半身は人の女体だが、下半身はクモ。俊敏性よく飛び回り、ゼロ戦の上を取る。さすが師匠の式神。

因鬼:「シャ!」
ゼロ戦の男:「ほう!」
師匠:「バカ弟子!ここはいい。お前は神社に向かえ!」
小野寺:「何?!僕だって―――」
師匠:「早く行け!」

気押されてしまった。だが目的はゼロ戦を倒すことだが、そのためには神社に向かった連中と合流ないし状況の確認だ。経験的に師匠が負けるとは思えない。だが、それでも高まるこの胸の不安は何だ?

@@@

因鬼はそしてその強靭な前脚を振り抜いた。それはガラス面に食い込み、ゼロ戦に刺さる。その運転手の男の表情は分からないが、攻撃に対してのダメージはあるようだ。強襲が失敗した今、ゼロ戦は状態を低く旋回し、背面飛行になると因鬼を地面にこすりつける。この速度で飛んでいる機体だ。地面のコンクリートにすり潰され、逃げ道のない因鬼は小さな断末魔をあげて、潰れる。

ゼロ戦はまた上に浮上してゆっくりと回りながら、師匠の前に止まった。エンジンもゆっくりと止まり、プロペラも惰性での動きを止めた頃、運転席のハッチが開き、その中から出てきた男は骸骨の骨だけの男。かつて神風特攻隊と呼ばれたその出立は変わらずにいて、ゆっくりと師匠に語りだしたのだ。

ゼロ戦の男:「先程の奴らの仲間か?」
中村:「そうだ。お前さんを退治しにきた」
ゼロ戦の男:「やはり俺は人ではないのだな・・それで奇術師や霊媒師が俺を払いに来たということか」
中村:「成仏する気はないのだな?」
ゼロ戦の男:「それはできない。俺には守るものがあるからな」
中村:「儂も同じよ」
ゼロ戦の男:「そうか・・だがどうする?さっきの化けクモは死んだが?」
中村:「それはどうかな?」

師匠はゆっくりと手を右に伸ばして前に向ける。ちょうどゼロ戦の男の方へと、そうして降ろすと師匠の周りにさっきの因鬼が4体出現する。それらはさっきと同じ敵意をゼロ戦の男へと向ける。今度は逃げ道のない状況。物質的な無効化をしても同じ世界の住人だ。同様にして追ってくるだろう。それらは散り散りに拡がっていく。
ゼロ戦の男:「・・そんなことも出来たのか?!もっと早く知りたかったな」
師匠:「行け、因鬼」

そう呟くと、クモの群れはその静かな侵攻を始める。会話は終わる。譲れないものがあったから殺し合いは再開した。

@@@

1人そこについて、すぐに血の匂いが鼻孔を詰まらせた。僕はその正体をほとんど無意識で追っていた。悲しい性だ。
ひどい混乱になったのだろう。その隊列は酷く乱れている。途中で向かい討ちに遭って、それでも進軍をしたので、士気はもう無茶苦茶だったと容易に想像できる。それでも何とか靖国神社まで行ったのだろう。ゼロ戦はヒットアンドアウェーによる各個攻撃で戦っている。もしかしてそれは戦前のころの癖のようなものかもしれない。とにかく優秀な空からの刺客。間近で見た感想は、妖気以上の殺傷能力だった。
僕は、そういう状況が初めてじゃない。だから人が死地にある時のその感情というのはよくわかる。玉砂利にある足跡を見ればその精神状態も。先陣隊の中では完全に2分していたのだろう。前を行くのは迎え撃とうという戦意と、後ろからはそれに従う畏怖した人々。軍服の男はまだまだ強気にある。そのブーツの足跡は前方に深く力がある。他は歩幅も乱れている。所詮はそういう命の削り合いの経験のない雑魚の群れだったのだ。そして目的地に着くと、その隊は2つに分かれる。本殿に向かうのと伏兵として潜むのに分かれているが、伏兵の方はもう役に立たないので切り捨てたのだと思う。本殿に向かったのはよく知っている気配だ。軍服の男と盲目の老人。

僕は彼らが生きているなんて思っていない。僕らが駆け出すきっかけになった魔力はここで起きた。そして駆けつけようとした僕らを襲いかかって来たという時間的根拠から、先陣隊はすでに全滅しているはずだ。でも僕ならまだ敵の正体に迫れる。そういう能力だから。道すがら、疫鬼がウロウロとしていた。師匠が放った斥候用の式神であるが、それが本来の目的地である場所に行こうとせずに怯えていたのだ。僕はそしてその先を見た。得体の知れない空気の重さがあった。
予想通りだった。普段なら平日でも参拝客の多いだろう境内のその社の前、ここには2つの亡骸。それだけが落ちている。そこに立ち込める空気は邪気を払うように立ち込めている。僕はそこで2人に触れて印を結ぶ。それは魂寄せと呼ばれるイタコが使う術だ。だがそれではあまりにも無防備となるので、式神で自分のコピーを作りそこに呼び出す。遺体があり、まだ肉体的に完全な死亡でないのなら容易に呼び出せる。僕は2体分のコピーを作り呼び出した。そして知ったのは、壮絶な力の差だった。

@@@
―数分ほど前―

軍服の男は、本殿の前で仁王立ちに構える。仕掛けたのはアメリカ製の対魔道具。男は軍部に属し、その性質のための武器を持っていた。それは邪鬼を払う結界を生成する兵器であった。そして手には霊体への貫通性能の弾丸を備えたサブマシンガン。後ろ側に社を敷いたのは神聖なものを避ける行為によって攻め込むルートを削るため。万全に見えた。もう1人の男は、そこからさらに後ろで腰を置く。にわかに辺りから蛇が集まる。まるで野生の動きだが、自然ではない。盲目の老人の体をしっかりと這いずり回るように巻きつくと、1個の生き物のような統一された群となる。
これで周到に準備は整う。これまで幾多の戦闘を潜り抜けたご自慢の形だったのだろう。伝わる意識は意気揚々としていた。まるで見ていたかのように戦闘機は唸りを上げて、エンジン音がドップラー音と共に近づく。その音は正面から、響かせた空気の振動が伝わる頃、軍人の男はトリガーに指をかけレンズを覗き音に対してまっすぐに構える。

だがそれは本当に一瞬の出来事だった。少なくともここで亡くなったものにとっては瞬く間の出来事だ。
ゼロ戦がゴーっという風音に姿を見せた時に弾丸は放たれた。それと同時に、ゼロ戦も機関銃が放たれる。しかしそれは、軍服の男にたどり着くことなく、霧散した。そうなったのは結界のせい。だが軍服の男の弾丸は衰えない。そして撃ち抜く。鉛が金属に接触するカンカン音が鳴り、ゼロ戦のサビだらけのボディーに穴が空く。すると逃げるように急浮上!体勢を立て直そうと距離を取った。効果は充分にある。
ゼロ戦が空に跳ね上がった時にその左翼の違和感が起こる。重い重量物が張り付くように蠢いて、コックピットに近づく。盲目の老人だ。その身は沢山の大蛇で構成されていて、隙間なく人の形をしている。それが失速した揚力の中、腕をパンチのように振るうとその触手と化した無数の蛇は連なり、コックピットにヒビを入れる。

盲目の老人:「さあ、次で終わりじゃ」

そのままもう片方の腕も同様にして叩き付ける。
ドン!と大きな音を立ててコックピットを貫いたが、あるべき手応えがない!?そこに操縦者である骸骨の男はいなかった。
盲目の男がそれに対して、何か仮説を立てるより早く突然戦闘機は霊体に戻り消失して、老人は空に投げ出された。
落ちる間のほんの数秒のことだが、老人の仮説の答えに銃声が答えたのだ。

軍服の男がその異常に気付いたのは、上空の戦闘機に張り付いた老人の一撃が確かな手応えでとらえていた時だった。まったく異なる位置からの殺意に軍人の男は、一瞬ハッとなった。それは有り得ないことだったからだ。だが、無視も出来ずその方向に目をやると、向かってくる骸骨の戦士に合う。それが何かすぐに理解した。
ゼロ戦のパイロットである男だ。それが今、日本刀を抜刀して表情のないはずの顔に確かな戦意がすぐに戦闘態勢を持っている。
ここは結界の内側にして聖地。死者は恨みもつ怨霊であればまず化現自体無理に近い。それを旧帝国軍人のなれ果てはやってきた。あまりに傍若無人で。軍服の男はサブマシンガンを構えて、その距離は4~5mほど、慌てて撃った弾丸は一掠りしたが骸骨を止めるには至らない。振りぬかれた刀身が軍人の右腕を斬る。

軍服の男:「ぐわあっ!!」

それは武器を落とすのには十分であった。だが、まだ闘争心は潰えていない。むしろ燃え上がる。アドレナリンだ。それが男の集中力と殺意をもっと込めて死に神のような髑髏の眼の穴を見つめる。あがくように腕を前に出して、日本刀をつかみ、それ以上の斬撃を抑え込む。左手でナイフを探す。だがすでにすべてが遅かった。しゃれこうべが掴まれたまま、ゆっくりと慣れた手つきで、短銃を取り上げて撃鉄を上げて銃口を軍服の男に向ける。回避不能な至近距離。それからの軍服の男の思考は読み込めない。あまりに強烈な速度の映像のフラッシュバックで僕はリンクを解いた。人が死ぬ直前の整理されていない情報はもはや凶器だ。一瞬で人の脳のキャパシティを超える。だが、確定だ。こうして軍服の男は死んだ。

『ドシャ』

老人も空から落ちてくる。いくら強固にしていようとも、そのダメージは決して軽くない。だが、老人もその凄みのようなものでいくらかの蛇を下敷きにクッションにして立ち上がる。その眼はさっきまでの余裕はもうない。鋭く相手の動向を見る。ゼロ戦の男は銃口を向ける。老人は考えた。あれが旧式なものであるなら威力はそう強くない。今の自分なら気を付ければ致命傷はない。正面から組み伏せる。そう決意した。それと同時に距離を詰める。しかし、ゼロ戦の男は銃口の向きを変える。それは足元の装置を撃ち抜いていた。老人は突っ込みながらもその行動の意味を考える。
老人は盲目だ。今感じている外の感覚には蛇の器官も利用している。伝わるものを一度自身が利用できる形に変換する必要があるのだ。そしてそれは数秒おいて理解した。それと同時に戦慄する。
銃で破壊したのは結界の生成器。それが壊れた今、ゼロ戦の亡霊の戦闘機を封じていたものはなくなる。最後のアドバンテージを失ったのだ。
聞こえるエンジン音が後方から迫ってきて、老人は覚悟する。そして轢かれる。
『ダン!!』という冷たい衝撃音。その速度は充分に老人を捕らえていた。何メートルが吹っ飛ばし、老人はバウンドして即死だった。僕が感じた2人の追憶はここまでだ。
ああ、なんてことだ。このゼロ戦の怪異に僕は全く敵わない。そう思い知らされるには充分な出来事だった。妖としてのクラスは正直そこまででもない。だから勘違いしていたが、明確な技術と知性がある上にまだ分からない能力を持っている。俺はここに来て初めて恐怖した。勝てないとかそうじゃなくて、最も自分がここで愚かだったということが思えたからだ。死を覚悟していない。ここにいる誰よりも戦闘力に乏しい。僕はここでやっと冷静になれたと思った。逃げようと覚悟を決めた。だがそれもすぐに空を飛ぶあのエンジン音で、また恐怖に陥れる。

姿はまだ見えないが、それは確実にここに向かっている。なんとも無機質な音がある1つの事実を僕に知らしめる。
師匠が足止めをしていた筈だ。逃げようにも、足が動かない。僕はそこで隠れることもできずに仁王立ちになっていた。
ボロボロの戦闘機が目の前に止まる。さっき見たよりもさらにボロボロだが、そこから聞こえる声はまだ余力があるというのが、僕には分かる。いきなり撃ってこない。僕は緊張と死の恐怖でいた。
ゼロ戦の音は戦闘機を降りて僕の前に腰を据える。そしてヘルメットをとって、その骸骨をあらわにした。

ゼロ戦の男:「なあ、少年・・さっき一緒にいた男はお前の血縁か?」
小野寺:「・・・」
ゼロ戦の男:「俺はこの皇国の守護者。俺は女、子供のためであれば命も懸ける。お前たちの大義が何だろうがどうでもいい。これは戦争であれば、夷敵は全員問答無用で殺す」
小野寺:「な、なぜ僕を殺さない?」
ゼロ戦の男:「俺が戦場で人殺しであるのは、神国たるこの地を守るため。だが非戦闘員は殺さない。少年、お前の師匠はお前を案じていた。逃げるなら追わない」
小野寺:「ふ、ふざけるな!?僕は―――」
ゼロ戦の男:「怯えきったお前に何が出来る?少年・・震えて動けないのだろ?」
小野寺:「く!・・」
ゼロ戦の男:「戦うなら容赦しない。だがお前の師匠は俺に最後にお前の話をした。ほだされたわけじゃないがな」
小野寺:「師匠は?一体・・」
ゼロ戦の男:「死んだよ」

僕はノコノコ逃げていく。心底安堵したんだ。言い逃れのできない、負け犬だ。でもその時の僕は知ってはいたが、何が起きたか理解出来なかったことで頭がいっぱいだ。師匠が死んだ?僕はフラフラと歩いていくんだ。
きっとひどい顔だったと思う。師匠と別れた場所に戻ってきた時に師匠はそこに無惨に転がっていた。なんてことはない。もう動かない死体に、僕は見慣れているつもりだった。でももう心が叫び上げている。冷たくなった師匠は血だらけで仰向けになっていた。その胸に触れる。心は死んでいたが、僕はやるべきことを体が勝手に行う。イタコ術だ。ほぼ無意識だ。死者への冒涜とかそういうものじゃない。僕にはそれしかないから。

@@@

現れたのは最後の瞬間じゃなかった。まるで心象世界だ。何もない砂漠のように遠くまで砂地の大地がある。夜なのか月だけがあって少なくとも僕にはこれがどこかなんて分からなかった。師匠はそこでシートを敷いて日傘ならぬ夜傘で月見をしている。

師匠:「やはりお前はここに来たか」
小野寺:「こ、ここは?」
師匠:「お前さんの能力は、人の痛烈な印象を読み取る能力だ。知っていればこうやってイメージの中でメッセージを残すこともできる」
小野寺:「師匠は・・やっぱりもう」
師匠:「そうだ。儂はもう死んだ。だからこうして、儂の話をしようと決めたんだ」

そう言って師匠はまた月を見上げる。雲がかかるたびに暗くなる。半月は現実よりも大きく、明るい。遠くでラクダがいた。動かない人がいる。きっとキャラバンだ。馬もいる。僕はここが何か絵画のような世界ではないかと思う。それぐらい神秘的でどこか人為的だった。

師匠:「儂はな、お前には別の世界を知ってほしいんだ」
小野寺:「師匠・・」
師匠:「ほれ、ここに座れ」
師匠:「・・儂は生まれてずっとあの村で魔払い師をしていた。それ以外の生き方なんて知らなかったから、そういうものだと思って生きていた」
師匠:「『呪わば穴二つ』って言ってな。儂もどうせすぐに死ぬと思っていたよ。先代も先々代もそうであったようだし。だが儂は死ななかった。儂はなまじ才覚があったんだが、上には上がいることも知っていた。要は生きる術に長けておった。おごることなく、生きながらえてしまった」
師匠:「だが、年を取っていくとな、あれこれ考える。生きているという死ぬ前の状態にも何か意味を求める。本当にこれが儂の最たる生き方かと。そうするとな、不思議だが、何か生きた証が欲しくなる。そんな時に出会ったのが・・お前だよ」
師匠:「儂はやっと後継者たる器に巡り合えた。そんな気がしたよ。儂は儂のもてる全てを注ぎ込んだ。充分に1人で生きていけるほどに」
師匠:「・・だが儂はそこで悩んだんだ。このままお前を儂と同じくしてしまうのかと、それがひどく惨めに、無駄なことだと思ってしまった。・・村もなくなるしな」
小野寺:「そんなの・・勝手すぎる」
師匠:「そうだ。儂の勝手な思いをお前に押し付けている。だが、まあ師匠の最後の願いだ。少しくらいはいいだろ?」
小野寺:「もっと早く、言ってくださいよ。ずっと誤解していましたよ。師匠はてっきり僕に今の座を奪われるから、継がせてくれないのだと・・」
師匠:「半分はあったと思う。儂もこのまま嫌われてしまおうと考えていたが・・」
師匠:「ここはいつだったかな・・、儂がある屋敷で見た絵画の世界だ。とても不思議なもので、こんなものがあるのかと思った時に、儂はこの世界にも美しいものがあると知ったよ」
小野寺:「僕は・・」

僕も師匠も何も言わずにこの静かな平穏の世界をしばらく鑑賞する。キャラバンはゆっくりと動き出して、いつの間にか師匠はもういなかった。空は白んじていて世界も薄まっていく。
もうこの世界は終わる。全ての伝言は終わり、僕に伝わったから。僕は覚悟を決める。
師匠、申し訳ございません。僕は約束を守れそうにありません。

@@@

僕は靖国神社の門前にいる。
古い社のかやぶきの、至るところに苔が生している。玉砂利が足音を強める。あの戦闘狂はもう僕の到来を知ったことだろう。だがきっと仕掛けてくることはない。そうだとなぜか確信している。あいつのことだ。僕の動機に興味があるはずだ。
これから僕は死ぬと思うが、覚悟は決めた。師匠の遺言を全く無駄にする行為だと僕も思う。だがもう決めたことだ。後悔はない。
だが僕はやるべき準備は全て終わらせているよ。ここで手に入れた全ての情報は既に疫鬼に持たせて信用できる人物(井沼)に引き渡した。あいつならきっと理解してくれるだろう。もう憂いの1つもないと、すると1つだけ涙が溢れて僕はそれを拭う。あいつは、ゼロ戦のタイヤの上に座っている。

ゼロ戦の男:「少年・・なんで戻ってきた?」
小野寺:「復讐」
ゼロ戦の男:「さっきは失礼なことをした。少年と言ったのは俺の軽薄だった。すまなかった。・・名前は何だ?これからは戦争だ。一切の手心を加えることはない」
小野寺:「小野寺 春道」
ゼロ戦の男:「俺は深津 晃(ふかつ あきら)という。昔の肩書きはどうでもいいな。・・俺も昔、訓練生だった時に上官を殴り飛ばして一週間も折檻部屋に送られて上官にボコボコにされたよ。ふふっ、まあ小野寺よ・・お前はお前の自由にすればいいじゃないのか?俺はそうして来たよ」

それだけ言ってプロペラが回りだす。エンジン音が高く、突き刺さるほどの空気の振動は増す。深津は、コーグルをする。タイヤから翼に登り、コックピットに乗り込む。完全に一心同体となっているのか、遠隔での操作も可能なようだ。そしてアイドリングと共に増す回転数で殺意も広がる。
僕も構える。できることなど何もないけど。

こうして僕の物語は終わる。僕の死という形で完結する。ものの数十秒の内に、僕は死ぬ。それを望んだのは誰もいない。僕でさえも。
だが物語は続く。それは一縷の希望である。僕の物語ではない。もっと広大な流れのような誰かの物語だ。

くどいけど僕の物語はここで終わる。やっぱり覚悟していても悔いはあるものだ。
無くしたものが語られる限り、それは失くならない。
師匠に砂漠で会ったら謝ろう。今はそんな気持ちでいっぱいだ。

@@@#報告書(ゼロ室の誰か)

全くの予想外の知らせが最初に届いた時に我々(政府対策本部)は勘違いをしていた。それは怪異という事象であるという思い込みであった。心霊現象であれば、その筋の専門家で十分だ。だが今度のはそれだけでなく、複合的な存在であるという結論をつけざるを得ない。
田町駅集団失踪事件に大きく関与している最重要参考体に対して、靖国神社境内にて交戦、派遣された討伐隊の内、風間少尉(軍服の男)率いる先陣隊と援護部隊の一部の生体反応は消えた。全滅を意味する。その状況を受けて待機班および拠点部隊は、救援に向かった2名以外は、作戦エリアの離脱を開始しこれに成功。
突入から生体反応が消えるまで僅か30 分くらいであったことから対象は積極的かつ攻撃的であり、掃討術に秀でた個体であると思われる。次の作戦規模および被害規模は推理が困難なものと予想されるべきである。断言できるのは今回の規模を大きく上回るものということだ。
だが収穫もある。後方待機班であった井沼という元一葉会所属のサイキッカーが持ち帰った情報だ。そこには物理的な手段でのダメージや対象の特異性について記されている。果報である。唯一の成果である。それを為したものの死亡は確認されているが最大限の謝辞を送る。

敗因はいくらかある。現段階では状況の精査中であるが、失敗の要因は、対象の戦闘能力を過小評価したことと、討伐隊の実力不足に他ならない。
全国的な徴集をしたが、第1位に当たるほとんどの有能者は辞退や行方不明など獲得に失敗した。そのため当該作戦のメンバーはほとんど2級相当であり、結果的に戦闘面で大きく劣ったこと、部隊も途中分隊していることから作戦の継続が困難になるほどの混乱も同時に起きたと推測される。
我々本部も思慮が甘かったと言わざるを得ない。上級の異能者を擁立できなかったこと、SSS財団の当該作戦への不参加についてもその警鐘はあったと言える。

今回の失敗で対策本部は再び警視庁公安部へ戻される。政府対策部は1部機能を残して解体し、高度な政治的要請以外ではこれを維持する。
本件は重大インシデントに該当し、『人類史への危機』としてプライマル=リコールの使用も視野に入れた作戦も目下容認する。

以上、当該の事案に対する意見調書とする。簡略的ではあるが、上記をもってプライマル=リコールへの発動許可を得るためにSSS財団への協力と全面的な情報共有を求めるように進言します。
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