本編43_2019.04.20

文字数 7,167文字

2019.04.20_(083)(043)(7=22,28,20)

視点#深津

石碑があり、そこに名前が刻まれている。
死んだ証だが、それはつまり生きていた証だ。
そこに俺の名前もあってな。自分が何かと、それを眺める時にはいつも思う。学も語りもない俺に未来のこの地でどうしてほしいのかと、繰り返し考えた。
やがて俺は、得体のしれない連中に意味不明な原因で祖国の危機を知らされて、しかもそれが腑に落ちるのだから余計に腹立たしい。ともかく、それに立ち向かうことで俺の存在を肯定してきた。生前も今も、散弾飛び交う空を飛んでいる。焼き付く鉄の匂いと焦げ臭い重油の世界は同じだよ。好き嫌いではなく、打倒するべき敵がいるのだ。
俺は、やれることをする。それだけだ。

サメの一撃で、食い破られた東京ゲンガーだが、それはたかがかすり傷程度のものだ。ほんの一片かもしれないが・・俺に言わせればそれは大金星だ。ひるませた。それで十分だよ。あいつは最強ではない。戦う意味があることが分かれば、後に人は続く。

戦いに話を戻す。・・あの時に俺が見たのは、食らいついていたサメが突然に離れたところだ。その異変に気付いていても俺は、もう止まれない。何かが来る!と俺は経験から東京ゲンガーを見たんだ。
その瞬間、黒い霧のような、煙幕のような、どす黒いやばい雰囲気をまき散らした。それは今まで何度も嗅いだことのある嫌な臭いだ。くず汁を煮しめたような腐臭に、こびりつくような悪寒。東京ゲンガーの瘴気そのものだ。
その中を突き進むのは、あまりに危険だと本能は告げている。

ヨシトモ:「・・深津さん。あの中は絶対に行ってはダメだ。一度このビルの中に避難しましょう。物質的な障壁があれば、あれはすぐに巻かれることはないと思う」
深津:「・・了解。この階に停まる」

俺たちが距離を取るように離れたとき、フワフワと泥水の中の泥が固まりだすように、あの瘴気の濃い部分はズンズンとでかくなって、物質的な様相に、そして鋭利な鉄棒が姿を晒した。さすがに息をのんだね。・・超能力とか散々見て来たがあれは次元が違う。大きさもだが、その異様さだ。敵意むき出しのそれには俺だけが分かる感覚がある。あれも東京ゲンガーの一部だと分かった。その理解をしたと同時に、高速で発射される。戦艦の徹甲弾もここまで大きくなかったはずだ。それが何発もサメに向けて意思をもって飛び掛かる。直線的な軌道だが・・食物連鎖の頂点にいるあの妖怪には、かわそうなんて気はなかったんだろうな。その一発を食らい、悶え俊敏な動きを止めると、あとは・・おまけといわんばかりに次々にくし刺しだ。動きを封じるように。
それを見届けて俺たちは言葉を飲み込んだ。圧倒的な火力の差と、俺たちの非力さだ。

ヨシトモ:「・・行きましょう。ここに居ても状況は変わらない。やれることをしましょう」
深津:「・・・」

俺はそこでまだ戦おうとするサメを見た。身もだえ、その身を捨ててでもさらに牙を突き立ててやろうとする生物の意地みたいなものがあった。
そこに戦略なんてなかったよ。ただ、このまま瘴気の中を避けてビルヂングを登り、果たして本当にビルヂングがなくなるよりも先に作戦を実行できるのか?ということに関しては懐疑的だった。
足止めなんてできないと思っていたが、あのサメならばできるかもしれない。そう思った。東京ゲンガーが恐る恐る距離を取り、動かなくなったのを見てから再び浸食を開始し始めた。・・俺にできることがまだあると1人で納得してしまったのさ。

ヨシトモ:「深津さん・・?どこかやられたんですか?顔色がよくないですよ」
深津:「・・ヨシトモ。・・ここからはお前1人で行けるか?」
ヨシトモ:「深津さん?」
深津:「このままじゃ、東京ゲンガーの能力でこの建物も持たないかもしれない。時間を稼ぐ必要がある」
ヨシトモ:「特攻するつもりですか?そんなの許しませんよ」
深津:「・・すでにこの辺りは、あの瘴気のおかげで妖怪の一匹もいない。護衛は不要だ」
ヨシトモ:「それでも・・!」
深津:「同盟はここで終わりだ。お前に俺を止めることができるのか?」
ヨシトモ:「・・・!」
深津:「どうやら動き出したようだ。悪いな。行ってくる」
ヨシトモ:「必ず!!戻ってうまい酒を飲みましょう!!」
深津:「了解!!」

@@@

作戦というか・・俺の相棒には爆弾を積ませている。あのGGIという兵器だ。そうそう、俺がやられたそれだ。あれを専用の格納庫に入れてゼロ戦に運搬させていた。万が一にも、必要な時には自由に使えと、中嶋が持たせたものだ。・・実体、つまり人間にはほとんど害のない代物だからな。もちろん援護は来てないし、使いどころを悩む兵器ではあるが・・勝算は十二分にあるよ。それが・・今だったってわけだ。
東京ゲンガーはこれまで無傷でいた。そうなると自我があれば勘違いを興すものだ。アメ公と戦うと、たびたび目にした俺の経験則だ。
それをサメの妖怪が幻想だと打ち砕いた。ひっかき傷のような特段気にしなくてもいいようなものに過ぎないのにな。・・今のあいつは必要以上に相手を過大評価しているということだ。そのくせ自分の弱点を守ることでいっぱいでそれ以外には注意が散漫になっている。俺のような矮小な存在すら気にしなくてはいけないくらいにな。

俺はわざと奴に見つかるように飛び出したんだ。視界に隅に映るように飛蚊症みたいに。効果は絶大だよ。相手は戦争経験のない甘ちゃんだ。俺からしたら大振りの予告済みの攻撃を、さっきも見た槍を投げつけるだけの攻撃、当たるはずがない。俺はいともたやすくかわしていった。
・・密接する超高層群の中を、妖怪が跋扈するあの世のような場所を、俺は舵を切った。上に下に、地面の境界もなく、だが・・すでにこの辺りは東京ゲンガーの一部だ。接触するようなことは避ける必要がある。俺は残された空の筋を、ざっぱな妖怪がはびこるのを目印に駆け抜けていく。それは選択1つ誤ればすぐに詰んでしまう死出の航路だよ。
ふふ。腕が震えるよ、あれを思い出すと。まるで無尽蔵の体力で撃ち放たれるそれらは、いくら簡単だと言っても、俺を終わらせるにはあまりある一物が横をかすめて飛んでいく。本気で殺しにかかっている。それを思えば震えもするさ。賭博好きの好事家の矜持といえば響きがいいが、ただの狂人だ。あれは俺の悪癖だな。そのやり取りを俺は楽しんでいるのだから。

・・まあ、もう過ぎたことだから、話してもいいだろうな・・。俺はきっと死ぬと考えていた。まあまあ、最後まで話を聞いてくれ。・・俺は自殺するつもりは毛頭考えていないよ。ただ・・俺が戦闘機乗りを続けていたのは信念があったからだ。それには殉じてしまう覚悟はあった。
俺の信念はこの国を救うこと。そのためには玉砕も努めてやる。まあ、あくまで俺が納得しないといけないがな。前の戦で、ついにそれはなかったが・・。それで話は戻るが、俺はこの時が迫るにつれてふつふつと1つの疑問が頭に残って首をかしげていた。東京ゲンガーが死んだら・・消滅したら俺はどうなるんだ?と。
答えは分からないはずだが、その時にはもうすでに答えは出ていた。俺はきっと消滅する。なんて言うのか・・形容しがたいが・・分かってしまったんだ。それがなぜだか一番しっくりきた。俺に命はない。ただ一時の暇つぶしの遊具であり、認識の道具だったんだと、ずいぶんと素直に納得できたんだ。
もう時効だから全部話すが、あいつら東京防衛は・・変に情があるからな、俺を救う方法すら考えだすような物好きさ。もしそうなれば俺はきっと甘えてしまう。だから誰にもそのことは話さなかったよ。ただ集中すればいいんだ。俺のせいで神国たる日本に害為す東京ゲンガーなんて妖怪を攻撃することに躊躇されてしまったら、それこそ俺は、死んでも死にきれないからな!

・・ああ!あの時の東京ゲンガーへの攻撃の話の続きだな・・。せっかちなことを言うなよ。俺の狙いは時間稼ぎだ。俺はずっとこうして付かず離れずを繰り返しているのは、それを悟られないようにするためだ。ああ、その通り、無謀だよ。途中でばれたらすぐにでも無視されるだろう。
・・だが作戦はまあ、順調だったよ。浸食をやめて、終始注意を俺に向けていた。・・だが、いつまでも狙い通りになるなんて陸軍の馬鹿どもとは、俺は違うからな、・・あいつはもうこれを戯れとしていないのだから、より効率な手段で打って出る。
一瞬攻撃が止み、それから何かあの瘴気の塊はまた別の形を作り始める。

久慈:「おいおい・・そう来たか」

さっきまでの槍のような単純な形じゃない。もっと大きく複雑な・・巨大なネットのような網だったよ。それがあいつを中心に張り巡らされる。俺を近づかせない気か?!そして安心したように、あいつは笑った。

文字通り、蚊帳の外ってわけだ。俺の力では攻めることもできない。手出し不可の結界だ。あいつはそれで安心していたよ。
だがそれは最初から想定していたことだ。さっきも言ったが、俺の火力では、サメ以下だ。GGIとセットのBBAもない上に使ったところで、その火力はたかが知れている。あいつは安心しているようだが・・自分からはもう攻めてこないことを宣言しているようなものだ。もともと俺の狙いは、東京ゲンガーじゃない。その奥の、サメだぜ。
俺は旋回をやめて、サメに向かう。半身をちぎり始めた、あいつならあの網くらい突破できるだろう?
東京ゲンガーには損傷を与えられなくてもあのサメを固定した杭の一本でも破壊することはできるだろう?

『ズガン!!』

括りつけたGGIを放つ。それほど大きな爆発ではないが・・至近距離での一撃なら、サメの頭を固定している杭の部分の肉を削ぐのに十分だ。それが俺の狙いだ。妖怪ならこの程度で死なないだろう?清盛公は素首で飛び出したという。妖怪ならそれくらいできるだろうと、まあ賭けだがな。
俺が思った通り、あのサメは首から下の部分を捨てて自由になる。その妖怪は消える様子はなくその眼光を俺に向けて一瞥する。もちろん俺を襲ってくることは十分に考えられる。その時はその時だ。標的にすればいい。そうなったら一蓮托生、そのまま東京ゲンガーに向けて突撃してやる気でいたが、・・あれはそして俺を無視して一目散に東京ゲンガーに向けて突進した。よほど怒り狂っていたんだな。他愛もなく、網を引きちぎりその渾身の一撃を東京ゲンガーにかぶりつく。あいつは二度も同じ相手から攻撃を受ける。恐怖以外の何者もないさ。

@@@

ああ!思い出しても腹が立つ!いつだって常識の外はある。東京ゲンガーは再び食らいつかれて侵食どころではなかったはずだ。自分が食われているんだからな!・・なのにあいつは、そこでまだ奥の手を持っていた。あいつの体を覆うように、黒い鎧が外装で変形したのだ。
目が壊れたと思ったよ。遠近感も何もない。ポッカリと穴が空いたように見えたんだ。そこにいるはずの影も形も分からないからな。サメが噛み付いているから、なんとかそこにいるんだと言えた。
だが、問題はあの外装だ。海に巻いた重油がまとわりついて何でも沈めてしまうように、サメがゆっくりとその黒い何かに取り込まれつつある。侵食をその形のまま始めたのだ。さっきまでの速度ではないが、確実にゆっくりとな。しかもあの形では、映像に映しても見ている人間は其の意味がすぐに理解できない。万事休すだよ、実際。あの外皮を外す攻撃なんて誰も用意していない。打つ手なしだったよ。
・・想定外の事態だが、想定外の事態は、それ自身は、別に悪いことばかりじゃないな。俺たちの想定外は東京ゲンガーにとっての想定外で打ち破った。

『ドン!!ガロガロロロロ!!』

あまりに至近距離で落ちた稲妻のような音だ。目の前を真っ白にして、考えるまもなく劈く轟音。俺は何度もガ島で出会った積乱雲の中で感じたものと同じだよ。命を刈り取る自然の猛威そのもの。
それが真っ直ぐに東京ゲンガーを居抜き、打ち抜いたんだ。東京ゲンガーをサメもろとも打ち砕いたものを稲妻だと俺は、思ったが・・どうやら違うんだろう?・・まあ神でも悪魔でもどっちでもいい。とにかく厄介な外装は砕け散って奴はまたむき出しになった。そして屋上にヨシトモは遂に到達したんだ。
そこには雷鳴で耳鳴りが取り切れないまま、響いている。東京ゲンガーとヨシトモの間には、すでに全ての障壁は取り払われ最初で最後の接触だった。

@@@#寝屋川

寝屋川:「今の・・なんですか?財団?それとも東京防衛の兵器ですか?」
エージェント・ヤモリ:「あれは・・レールガン・・対霊障相手にも有効な兵器となると、技術的、専門性ともに超一流の科学力を持つ集団のそれ。そんなもの、財団を除けば、ただ1つの組織しかない」
寝屋川:「そんなものが?私も知りませんね。この日本で財団と同等のアノーマリティアイテムを所有する組織なんて」
エージェント・ヤモリ:「『SSC』だ」
寝屋川:「SSC?なんの略ですか?」
エージェント・ヤモリ:「表立ってその危険性を宣伝するのは、禁止されているからね。こう言えば分かるかな?『シャーク・スマッシュ・センター』と」
寝屋川:「あのサメフリーク集団のことですか!?そんな化学力を・・。ん!?知っていてそんな危険な集団を野放しに?」
エージェント・ヤモリ:「サメの以外のことには無害な連中だよ。明確な対処がある分だけリスク管理は簡単さ。財団もそれは把握している」
寝屋川:「そういうことなら・・ちょっと待ってください!じゃあ、今の攻撃は、東京ゲンガーを狙ったのではなく、ヤモさんの使役する綿津見を狙ったものですか?!」
エージェント・ヤモリ:「多分そうだろうね。長谷川博士が接触していたことはすでに把握済みだったから。今回の件も少なからず情報は持っていたことだと思うよ?」
寝屋川:「・・何を他人事に装っているのです?わざわざ鮫型の式神を使役していたのは、これも狙いだったからでしょう?」
エージェント・ヤモリ:「さあね」
寝屋川:「はあ・・それで?これからどうします?もう手持ちで何かできることは、失くなってしまいましたが・・」
エージェント・ヤモリ:「ああ。あとは成り行きを見守るだけだ。SSCのあの一撃でも、破壊は不可能だとすると、・・僕らは最前線で次の対処方法を見極めるとしよう。それに・・この最前線でもしかしたら、ヒト科の文明の最後の瞬間に立ち会うことだろう」
寝屋川:「ヤモリと足を撃たれた少女が、ですか・・、どちらにせよこの騒動も終わりですかね・・」
エージェント・ヤモリ:「ああ、クライマックスはもう、まもなくさ」

@@@#深津

俺が語る話はここで終わる。思えば俺の奇妙な死後の冒険譚は、共感しがたいものだったが、ここまで付き合ってもらえたのなら・・妖怪冥利に尽きるってことだ。
・・もう勘のいいことなら察していることだろう。俺はもう間もなく終わる。最初の直感通り、東京ゲンガーと俺はつながっていて、その主格たる本体は、あいつだったようだ。
今、ヨシトモが撮影器を東京ゲンガーに向けた。それと同時に・・俺の身体が消えていくのがわかる。痛みもなにもない。ただ薄れていく・・そういった気持ちだ。
・・別に悲しくはない。予想していたことだし、そもそもこの半年は俺の人生におけるおまけのようなものだったからな。
ゆっくりとぼんやりとした天上で、俺が最後に思い出したのは、美しい思い出ではない、今だ。
摩天楼と化した東京がある。
噂では本土空襲も始まり、焼け死んだと聞いていたが。
その奥に、皇居が見える。
今もそこに住まわれて君が代を子供らが歌っているとのことだ。
東京オリンピックもやったそうだ。それも2回目が来年に控えていると。

ここは俺が想像した以上に復興して見せた。これはまるで夢物語じゃないか。俺の想像も及ばない夢物語だ。蹂躙されて穢多非人、チョンのごとき扱いを想像していたよ。国際法の何たるかも知らない欧米かぶれのアメ公に負けたのだからな。だがどうもそうじゃない。神国たる誇りがあったのかは・・少し分からないが、命を懸けて守ったものにいまだ輝く価値が俺には見えたんだ。それに殉ずる。

もう?・・そうか。分かった。
台湾より南下したところではスコールを避けるために、うんと高く飛ぶんだ。そこは白と青だけの世界で他には何もない。遮光鏡を付けて飛ぶんだが、それでも光が俺の眼を焼く。何人もがそれで飛行機を辞めたのを知っている。南の島々だが、極寒の世界だよ。焼酎が無ければ、とにかくすぐに凍えて死んじまう。そうじゃなくても凍傷で墜落した奴のことを何度も話で聞く。だが、それは公然と語る言い訳だ。実際の原因は、俺たちにとって本当に恐ろしかったのは、その孤独な時間だ。
何時間何十時間と空を飛び、無窮の蒼天は無意識に俺たちを狂わせ、そして生きる考え・・胆力というのか?それを奪う。そうなった奴は・・本当に憐れな最後だった。
・・生き返って何度も思うのは、俺は俺の記憶を持った人格の木偶人形だということだ。死んだら何も残らない。その考えは今も変わらないし、そうだからだ。けど同時に俺は俺でしかない。そういう風に作られたのだ。その理由も考えるに東京ゲンガーは知りたかったのかもな。世界が憎いという怨みつらみじゃなくて、世界が何たるかについて、別の考えを持つ人間に今の世界はどうかを見て、教えてほしかったのかもしれない。・・俺の眼を通して見たかったのかもしれない。だとしたら、最後に会ってそのことを伝えてやるべきだったかもな。

・・ああ、世界は美しい。そう言い切れるほどにこの世界は絶望していない。
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