本編5_2019.2.2

文字数 7,252文字

後処理。1つ目の事件で動き出すたくさんの思惑たち
2019.02.02_(083)(005)(3=5,3)

視点#長谷川

その報告を聞いたときに私は空を見上げた。
まだ暗くなってすぐのことだった。田町駅周辺で起きた消失事件のことで届いた第一報は凄惨なものだったからだ。
スーサイドの面々はロスト。その中には久慈君も含まれている。さらに正体不明な2体の怪異が新たに出現し、発生するP係数(フェノメノン係数。現象力場のことで、簡単に言うと霊気とかの非科学的な物理現象の測定値)が、この研究室でも測定された。何が起きたかは専門外だ。私から語ることでなないだろう。しかし、その結果で起きたことは知っている。

私たち研究者というのは、たとえ専門外でも興味本位で中央ラウンジに集まって観測結果と数値的な事実に意見を言い合いたいものなのだ。
すでにそこには、何人か顔見知りの同僚の姿があって、その方面の専門家と討論をしている。何かできることなどないと知っていてもそういうものだ。特にここは倫理面で欠如した方も多いからな。
私はそこの末席で話し合われている回答を聞いていた。ほとんどはやはり門外のために理解できなかったが、共通していることは、その観測点に居合わせた当事者たちの安否について、否定的な感想だった。

そうして私は空を見上げたのだ。次の報が飛び込んでくるのはすぐのことだったが、それにはほとんど誰も興味がない。東京で起きている事件は少なくとも、これ以上にないほどにセンセーションをもって科学者たちの興味を引き、また自身の携わる怪異の関連性の確認のために1人また1人と、中央ラウンジを後にしていく。残されたのは私だけだったと思う。私は祈った。あまり財団らしくないと言われるが、たった今まで語り合った人物の生存が絶望だという事実は十分に私の心をかき乱した。そして席を立ったのは第一報から20分後だったと思う。私はコーヒーだけを手にして、自身の研究室に向かう。今日が土曜日ということで、研究室にはほかに人がいないはずだった。
・・だった、というのはそうじゃなかったからだ。
部屋に入ると、私はすぐに何か違和感のようなものを感じた。本当に些細な誤差の範囲だと思うが、はやりこういう仕事柄、そういう変化には敏感になるものだろう。私はすぐに室内灯を探すより胸ポケットの緊急スイッチに手を伸ばしていた。

???:「止めていただきたい。博士」
長谷川:「そこにいるのは誰だ?」
???:「今、私たちはあなたに銃火器を突きつけています」
長谷川:「それは脅しということか?何が目的だ?」
???:「このような形での面会となったことを大変に申し訳ないと思っていますが、こういう方法でないと会えないと思いましてね。私の名前は『中嶋』。気軽にキャップと呼んでくれたまえ。それと横で拳銃を突きつけているのは『ヨシトモ』隊員とさらに横に控えているのが『小林』隊員。まあ我々は『東京防衛』という怪異専門のしがない警備会社ですよ」
長谷川:「・・もしかして久慈君の言っていた協力者か?」
中嶋:「ほおほお!!これはずいぶん話が分かりやすい。その通りです。先日久慈さんと共に怪異事件に遭遇したものですよ」
長谷川:「それで私に何の用だ?」
ヨシトモ:「まずは・・手を見えるように胸ポケットから出してください」
中嶋:「我々の正当性のためにもご協力をお願いします。それに博士なら理解できているのではないでしょうか?ここまで侵入できるというのに一介の研究職員を篭絡するメリットなど、さして多くはないでしょう?」
長谷川:「ああ、分かった。従おう、だからその銃をおろしてくれないか?」
中嶋:「ヨシトモ隊員。その銃をおろしなさい」

@@@

ここには具体的な危険を示す怪異は存在しない。危険度がないと判断されたオブジェクトの保管庫であり、私たちのような職員のための研究棟があるだけである。いくらここがただの研究機関の一端でしかなくとも、それでも財団はその仕事柄たくさんの敵性組織があり、そのための研究資材の防衛のための兵器が駐在している。
今目の前に鎮座している彼らは財団の誇るあらゆるセキュリティチェックをかいくぐり、ここにいるのである。それがこうして対話を求めている。何かの対策をしていることは十分に考えられる・・というのは建前だ。まあ、実際には私もこの対面に少なからず現状の打開策を持っていると思ったからだ。研究者というのはとても好奇心の塊なのだから。

中嶋:「まず結論から言おう。今東京で起きている一連の大規模な怪異事件はすべてつながっている」
長谷川:「その証拠はあるのか?」
中嶋:「ふむ。そうだな・・ゴーストカウンター、君たちのいうところのP係数について、これは我々が調べたリストだ。まあ、見てくれたまえ。気になるのなら、調べてもらっても構わない。そうすれば我々に対する信頼となることだろう。この測定値はプレゼントだ。受け取っておきたまえ」
長谷川:「・・しかし、どうやって調べた?」
小林:「おいおい!あんた!俺たちを舐めてんのか?!」
ヨシトモ:「小林隊員!落ち着け」
小林:「でもよ!ヨシトモ隊員!こいつがまるで俺たちのことを馬鹿にしてやがって、俺はこういうのが許せねえっすよ!」
中嶋:「まあまあ。小林隊員は少し血の気が多いのでね。許してほしい。しかし、我々の技術力も侮らないでいただきたい」
ヨシトモ:「財団というのは、総合的なカルト的事件の監視機関だろ?心霊現象でかつ都内で起きているなら僕らの方が絶対に多くの情報を持っているよ」
長谷川:「なるほど・・であれば、なお私への用とは?こちらから提出できる情報なんてものはほとんどないと思いますが?」
中嶋:「やはり話が早くてとても助かる。情報交換だ。そのためにあなたを尋ねた」
長谷川:「情報交換?なるほど。今回の事件についての協力願いということか。しかし、やはり私にはよくわからないな。私の専門は超心理学で、心霊現象は専門外だ。力になれるかどうか・・」
中嶋:「半分正解だ。そして訂正しよう。情報面での協力というより、博士が管理しているある怪異について知りたいのだよ」
ヨシトモ:「博士は『東京ゲンガー』という言葉をどこで知りましたか?」
長谷川:「なぜ、その名を!?・・そうかそれも・・久慈君からか・・」
小林:「そうだ。俺たちはすでにその出現パターンまで、掴んでいる。だがまだ正体まで至っていない」
中嶋:「まあ、つまりそういうことだ。我々が求めているピースについて何か財団が持っていると判断し、こうして協力を仰ぎ出たということだ。さあ、博士の回答をお聞かせ願おうか」
長谷川:「・・確かに。だが―――」
米山:「博士~~!今日はもう帰りますね。帰りがてらに行灯さんを確認してきますけど、もしいたら何か伝言あります~?」
米山:「え~と、そちらの方々は・・確か今日って休日だから入棟許可なんてないですよね~」

米山君は一瞬でそれが規律違反であると理解したらしい。もしかしたら東京防衛の面々も想定外だったのか、口封じも何か発言するよりも先に米山君の判断は早かった。首からぶら下げていた緊急スイッチを押して、そして一目散にダッシュで走って逃げていく。仮に私が人質であったのならば、私の命とか自身の安否とか危うくなることだろうが、関係なく規則通りに通報したのだ。米山君はやはりこういう人間なのだ。マニュアル通りの完璧な対応。少し人間味のない機械的な行動だと私も少し驚いていた。中嶋というのもそうだったのだろう。廊下を走って行ってしまうのを、ずっと見送っていた。小林という隊員だけが何やら騒いでいたが、状況はとても落ち着いたものだった。そうなることも織り込み済みだったように。

中嶋:「まあ、それでは今回はここで失礼させてもらいます。」
中嶋:「もし私どもの提案に賛同いただけるなら、この名刺のところにご訪問下さい。楽しみにしていますよ」
ヨシトモ:「キャップ!小林隊員!どうやら悠長にはしていられないみたいだ」

そう言い残し、彼らはあわただしく走っていった。私はそれを見ていた。そうしていると、正面ゲートの方から人のやいやいと音が聞こえて来た。どんな特殊な手段かと思っていたが、そんなことははく。単純な力技による侵入であったようだ。遠くでバンが急発進する音がする。逃げおおせたのだろうか。私がそう考えていると、米山君がそ~と顔をのぞかせた。
そして私は優しくほほ笑むことだろう。怒りも何も湧いてこない。・・きっと私はもう今日は帰ることなどできないだろうと理解していたから。尋問官の足音が聞こえて来こえてくる。

@@@#久慈

久慈の上司:「やあ、元気そうだね」
久慈:「・・お久しぶりです。寝屋川さん」

最悪だと思った。今一番会いたくない奴が、いの一番に俺に会いに来たのだ。寝屋川は俺の直接の上司で調査部のトップにいる。人を人と思わない悪の極みの人物だ。俺も直接の姿を見たことなどない。いつも影武者(精神支配した使い捨ての人間)に対応させている。今回もそうだが、それよりも何もよりも会いたくないと思ったのは、今回の田町駅の消失事件に関しても俺たちを派遣した張本人だからだ。作戦は失敗して情報も何もなく、事実上の失敗だったから。

寝屋川:「お見舞いに来たよ。これ、メロン」
久慈:「今日は少女ですか・・怪しまれたでしょう」
寝屋川:「まあね。でも無事入室できたから、問題ない」
久慈:「そうですか・・まだ面会とかはできないですよ?」
寝屋川:「ふ~ん。大丈夫だよ。さっき、主治医さんから許可出ているからね。そう思ったらいてもたってもいられなくなって、来ちゃった」

その口調は明るくわざと子供っぽさを強調しているが、全く表情は動いていない。寝屋川は、今回はおさげ姿のアジアの少女だった。どうやって入手したかは怖くて聞けない。絶対に人道的な手段じゃない。だから俺はこの人のことが心底恐ろしいと思っているんだ。

久慈:「そうですか・・それは初耳でした」
寝屋川:「じゃあ、教えてよ。あの日、あそこで起こったことをさ!話してもらおうかな」

あれから4日経ったのだった。俺は浜松駅の交差点のそばの古民家の入り口で倒れていたところを助けられたらしい。ここからは聞いた話だ。俺もよくは覚えていない。
あの日、発生した巨大な怪異現象は、突然きれいさっぱり消えたそうだ。全く怪異の痕跡もなく、P係数も完全に通常値にまで引き下がったのだ。だから後援の部隊が俺を救出できたのだが。
俺は今日まで精神汚染とかの検査で、軟禁状態にあったのだ。そしてカウンセリングを終えて戻ってきたところで、寝屋川が病室に待っていたのだ。しかも俺より先に病状を聞いている。やはり財団に人権とかはないようだと改めて思い知ったよ。そしてベッドに座ると、少女の姿の寝屋川さんに向かって語るのだ。あの日の出来事を。

寝屋川:「ゼロ戦の男に、人の形をしたスピリチュアル体の存在か・・なるほどね。よくわかったよ。とりあえずお疲れ様」
久慈:「俺が言えるのはこれぐらいですね」
寝屋川:「そうだね・・明日、明後日と休んでいていいよ。それからは・・まあ急ぎの仕事もないから、自宅待機で」
久慈:「・・何もない?」
寝屋川:「あっ!そうか!君は今日まで余計なバイアスが入らないように情報隔絶されていたのだっけ!?しょうがないな。教えてあげるよ、今の状況を。とりあえずテレビが見える場所に移動しようか」

俺は今日退院する。従うほかない。寝屋川は俺を連れて閉鎖病棟を出ていく。表には車が一台止まっていて、そこにはいかにもな男がドアを開けて待っている。そして乗り込むと車は目的地を告げることなく走り出す。たどり着いのは、雰囲気のある喫茶店だ。

今日は平日の午前中だ。テレビのワイドショーはどれも田町駅で起きた怪異事件について、憶測だらけのニュースを流している。死にかけたその場所の映像を繰り返し、繰り返し話し合っている。テロだの災害だの陰謀だの中にはオカルト的な意見まで飛び出している。

寝屋川:「残念だけど・・ことはもう封じ込めることができる規模じゃなかった。今事態はカテゴリー・・A’くらいかな?」
寝屋川:「この新聞を見てよ。情報統制なんてもう無理だね。政府も理屈の通らない説明を繰り返しているからね」
久慈:「よくわかりました。・・上はなんて言っているのですか?」
寝屋川:「まあ、君が眠っている間に次のステップに進んだんだよ」
寝屋川:「あの日、すべての怪異が消失したわけじゃない。君の言うゼロ戦の物の怪だけは今も追跡できている」
久慈:「本当ですか・・」
寝屋川:「うん。そして政府はその討伐のための準備を始めた。今回は・・財団抜きの作戦だそうだ」
久慈:「それは・・無謀ですよ!?」
寝屋川:「そうだね。私もそう思うよ。無駄死を出すだけだね。でも君のせいでもあるんだよ。作戦を失敗して、なんの情報も持ち帰れなかったから」
久慈:「それで、これからどうするつもりですか?」
寝屋川:「特に何も考えてないけど・・まあ静観すると思うよ。事態を正しく認識できていないのはゼロ室だけだからね。どうせまたすぐに援助を要請されるだろうから、その時までは少なくとも表だって動くことはないよ」
久慈:「いつも通りってことですか?しかし今回に関してはかなりやばい状況だと俺は思います」
寝屋川:「かなり入れ込んでいるみたいだね。そんなにやばいの?あのゼロ戦?」
久慈:「いや・・。忘れてください。それより薬師・・ゼロ室の監視官の男は無事でしたか?」
寝屋川:「そうだね・・はっきり言おう。君以外に無事だったのはいない。星海はその一部が見つかっただけだし、薬師も生きてはいる」
久慈:「生きてはいる?・・というのは」
寝屋川:「ああ。発見された時にはすでに正気は失っていたよ。・・あれは私も見てきたけどもう元には戻らないな」
久慈:「そうですか・・」
寝屋川:「まあ、そう消沈しないでよ。いいニュースもある。行灯だっけ?ホテルの怪異は無事だったみたいだから、これからそっちも本格的な調査を進めていくし、楽観視はできないけども、順調だと思うね」
久慈:「・・・」
寝屋川:「まあ、休んでいてよ。ここからはしばらく静観になると思うしね」

久慈:「寝屋川さん・・星海さんの件、絡んでいますよね?」
寝屋川:「いや・・、なぜそう思うのかい?」
久慈:「星海さんの発言だ。ずっと引っかかっていたんだが・・、土地神の出現はあまりに不自然だ。フェイズとしてはもっと後半だ。あの段階での出現・・おかしいだろ?星海さんは俺たちと別れた直後に乗っ取られていた。そんなことができるのは何か条件をそろったってことだが・・偶然の一致のせいにしてしまうには、・・気持ち悪いくらい絶好のタイミングだった。誰かが裏で糸を引いていたって考えるのが普通だ。そして・・そんなことができるのは・・寝屋川さんだけだ」
寝屋川:「そうだよ。その通りだよ。・・じゃあ特別に教えてあげようかな。この嘘を貫くのも疑われたままになってしまうしね。それに君を窮地に貶めてしまったという責任も多少は感じていることだし」

俺はそうすべて告げて、コーヒーを飲む。これまで病院では変なサプリや味のない食事だったから、すごくおいしく感じる。だが、こういう状況ではなかったらもっとうまかっただろうな。俺は寝屋川の操り人形の少女の前で、純喫茶のコーヒーをたしなんでいる。いつの間にかマスターはいなくなっていて、ここには完全に二人きりだ。だから寝屋川のその行動も全部よく見えていた。彼女?はいびつに口元をゆがませて年に似合わない邪悪な笑顔を見せたんだ。

寝屋川:「先に言っておくけど、星海はね、組織に対してかねてから背信的な行動の疑惑があったんだ。だから僕はその確認が必要だったんだ」
久慈:「裏切り者だったから始末した・・ということですか?」
寝屋川:「あいつに私は正体を見せて、同じように反逆者のふりをしたら、簡単にすべて白状したよ。全くおめでたい奴だった。だから私がスーサイドに割り振っても全く気付いてさえいなかったんじゃないかな」
久慈:「それじゃあ、あの時には処分が決まっていたってことですか?」
寝屋川:「そ!そしてついでだから、廃棄が決定していたオブジェクトを使ったんだけど、これが失敗。部分的に欠損しているから、大丈夫だと思ったんだけどね」
久慈:「使ったオブジェクトって?」
寝屋川:「うん。元々ゼロ室の前身の旧陸の研究室から回収したクラス4相当の霊能者の聖骸布だ。顕在化しないよう十分な処理は施したつもりだったけど、どうやら想像以上にあの時のあの空間はイレギュラーだったということか」
久慈:「そういうことか・・あの場で居合わせた怪異は三者三様の思惑で行動していたということか。でもなぜ俺を追って来たんだ?」
寝屋川:「その答えはもう分からないね。たぶんだけど、肉体を欲していたんじゃないかな。僕らがそのオブジェクトを手に入れたときには旧陸の方でいろいろと、いじっていた痕跡もあったから」

寝屋川:「じゃあ、私はもう行くけど、送ろうか?」
久慈:「いや、大丈夫です」
寝屋川:「まあ、とりあえず退院おめでとう。ゆっくり休みなよ。君が正しければ本番はこれからだ」

寝屋川が出ていく。残ったのは俺だけになった。少し冷め始めたコーヒーは苦味が増していた。この物語はやっとスタート地点につく。
俺たちがやっと全貌が見え始めたこと、そして次に必要なのは確かな力だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み