第3章 エジソン

文字数 2,080文字

3 エジソン
 42歳のエジソンは巻いた35mmフィルムを一定速度で進め、連続撮影が可能な写真機を考え出す。エジソン研究所の助手ウィリアム・ディクソン(William Dickson)が中心となってこの改良に取り組み、1889年10月6日、彼らはエジソンを前に最初の映写実験を行う。画面には、ディクソンが歩いて登場し、帽子を高く掲げるシーンが映し出され、蓄音機の音声がそれに合わせて、”Good morning, Mr. Edison, glad to see you back. I hope you are satisfied with the kineto-phonograph”と稀代の発明家に話しかけている。

 1890年前後に、イギリスのウィリアム・フリーズ=グリーン(William Friese-Greene)など撮影機や映写機の特許を取得した発明家は少なからずいたが、商業的な成功には恵まれていない。発明のセンスはともかく、ビジネスの才覚という点では、彼らと比べて、エジソンは抜きん出ている。

 1891年、エジソンは活動写真の撮影機を「キネトグラフ(Kinetograph)」、映写機を「キネトスコープ(Kinetoscope)」として特許を申請する。キネトスコープは、ゾートロープのように、機械の中に映し出される映像を一人で覗きこんで見る装置である。高さ122cm・幅61cmのキネトスコープは、フィルムが内部の拡大鏡と光源の間を動き、回転シャッターによって各コマが瞬間的に見える仕組みになっている。フィルムの長さは50フィートで、画像は毎秒四八コマの速度で覗き穴の前を流れ、一三秒ほどで終わる。後に、フィルムの速度は秒速一六コマに減らされ、これがサイレント映画の標準となる。

 1880年代まで、科学者の関心は主として映画撮影技術よりも写真の開発に向いていたが、エジソンはその先を見据えている。この装置の特許申請と同時に、彼はメンロパークにある研究所の敷地内に撮影スタジオ「ブラック・マリア(The Black Maria)」を建設し、短い活動写真を作製する。『床屋の風景(Barber Shop)』や『くしゃみの記録(Record of a Sneeze)』、『怪力男サンドゥ(Sandow)』といった作品を撮影したり、動物の生態、闘鶏、ボクシング、舞踊などを記録したりしている。

 実際には、エジソンではなく、ディクソンが映画に関する実験のほとんどを担当している。彼は今でも使用されている「スプロケット(Sprocket)」も考案している。これはフィルムのパーフォレーションと噛み合ってフィルムを動かす歯車である。現在では、スプロケットは「チェーンホイール」とも呼ばれ、自転車やオートバイのチェーンと組み合わせて動力を伝える歯車として知られている。

 また、ディクソンは、1889年に、初期のトーキーの製造にも成功している。自己顕示欲旺盛なエジソンは、ビジネスの世界ではありがちなことではあるが、この優秀な助手のアイデアを搾取したと言っても過言ではない。

 1894年4月14日、エジソンからキネトスコープを購入した「ホランド兄弟のキネトスコープ館(The Holland Brother’s Kinetoscope Parlor)」がニューヨーク市ブロードウェイ一一五番地にオープンする。上映時間わずか一五秒程度であるが、人間や動物などの動く映像を硬貨一枚で見ることができる。

 中でも、1894年11月17日に公開された『コルベット対コートニーのボクシング(Corbett and Courtney Before the Kinetograph: The Corbett-Courtney Fight)』は人気を博し、これを見たさに、覗き箱の前に長蛇の列ができたと伝えられている。

 さらに、エジソンの助手のディクソン、ウッドヴィ・レーサム(Major Woodville Latham)、ジャン・リロイ(Jean-Aimé LeRoy)やユージン・ロースト(Eugene Augustin Lauste)などがカメラや映写機の一層の発展を試みるが、現在にまでつながる映写機の原理に最も寄与したのはトーマス・アーマット(Thomas I. Armot)である。彼は、1895年、連続する映像を停止させると、その間は映像が動いている時よりも多くの光線があたるマルタ十字型のコマ送りの装置を発明する。これには、フィルムに穴を開け、映写機の中を通過する際の負担を軽減する仕組みがとられている。

 大西洋を渡ったヨーロッパでも、キネトスコープに刺激を受けた発明が生まれる。イギリスのロバート・W・ポール(Robert William Paul)がポータブル・カメラを考案し、ドイツでは、マックス(Max Skladanowsky)とエーミール(Emil Skladanowsky)のスクラダノフスキー兄弟が「ビオスコープ(Bioskop)」を開発している。
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