2022年2月20日

文字数 5,723文字

2022年2月20日
 5時50分に起きる。寝汗をかいたが、下着を替えるほどではない。換気のために窓を開けると、雨音が聞こえる。昨夜咳は出たものの、のどの痛みはなく、熱もないように思える。とは言うものの、声は依然としてかすれて、『地獄の黙示録』のロバート・デュヴァルだ。

 朝食で、汁に口をつけると、しょっぱいと感じる。食後のヨーグルトは酸っぱく、カゴメの野菜生活は甘すぎる。味覚過敏がまだ残っている。

 歯磨きの後、いつもの計測を行う。体温は37度、SPO2は99%を示す。初めて97%を超える。やはり数値がそこで止まっていたのは感染症の影響だろう。それを超えたのは改善したからに違いない。年齢のせいではなかったというわけだ。もしかすると、111日の前に感染していた可能性もある。それはともかく、おそらくもう悪化することはない。

 『TBSチャンネル2』で落語を聞きながら、30分ほどストレッチをする。

 小学生の頃、落語が好きで、テレビやラジオでその放送をよく聞いたり、本を読んだりしたものだ。落語家になったらいいと言われるほど話し上手だったことなど誰も信じないだろう。中学生になると、内向し、落語への興味がなくなる。あれほど覚えた落語もほとんど忘れている。もちろん、6代目三遊亭圓生や立川談志を始め好きな落語家はいる。今こうして落語を聞くのは楽しむためではない。その歴史性などを批評するためだ。すべては批評によって認識される。

 好きな噺に、あまり演じられることはないが、『紫檀楼古木(したんろう・ふるき)』がある。このチャンネルでも、以前、入船亭扇辰の高座を扱ったことがある。

 紫檀楼古木という狂歌師の号をもつ男が主人公である。元々は大店の旦那だったが、狂歌にのめりこみ、とうとう店を潰してしまう。 今ではキセルの羅宇(らお)をすげ替える行商の羅宇屋となり、日銭を稼いで妻子を養っている。

 紫檀楼(1767〜1832)は実在の人物である。狂歌三大家の一人である朱楽管江(あけら・かんこう)(1740〜1799)に師事、は格式のある棟梁の家柄だったが、風流三昧の結果、財産をなくし、羅宇屋になったと伝えられている。

 「煙管(きせる)」はカンボジア語の「管」を意味する "Khsier"に由来する。タバコを詰める部分を「雁首 《がんくび)》」、煙を吸う部分を「吸い口」と言う。雁首と吸い口の間の部分を「羅宇(らお)」と呼び、「ラオス(Lao)」に由来する。日本語には外国の地名に語源を持つ名詞がいくつかある。「ジャガイモ」は「ジャカルタ」、「カボチャ」は「カンボジア」、「カステラ」は「カステーリヤ」などがよく知られている。

 冬の夕暮れ、「羅宇屋〜、キセル〜」と言って歩く紫檀楼がさる屋敷の前で女中に呼びとめられ、キセルのラオのすげ替えを依頼される。屋敷の出窓の下で作業する彼は手際よく交感、仕上げにゴミが入っていないか、フッと吹いた上で、女中にキセルを渡す。

 今日では、キセルと言われても、なじみがない人が少なくないだろう。ましてラオ屋を見たことがある人ほとんどいないに違いない。この噺は、ラオ交換の作業の様子を史料のごとく伝えている。

 背負っている連雀(れんじゃく)の中から炭団(たどん)の入った金火鉢を出して、湿らせた紙を被せたキセルの雁首を温灰(ぬくばい)に入れ、それが温まる間に自分の手もあぶる。炭団は炭の粉末を団子状に固めたものである。

  頃合いを見計らって火鉢からキセルを取り出す。荷から万力を出してキセルの雁首を抜く。吸い口も同様に温め、その間に雁首の掃除をする。それから、吸い口も万力で引き抜いてヤニなどを取り除く。なお、この万力は、現在一般的なバイスではなく、クランプの一種である。

  羅宇は竹製が一般的で、消耗品である。荷の中から手頃な羅宇竹を取り出し、小さなのこぎりで長さを調整、その先を火であぶる。羅宇殺しという湿板に開けられた穴の一つへ押しこみ、竹の先を圧縮する。雁首を竹に差しこみ、布を巻いて才槌で軽く叩いて整える。最後に吸い口をつけたら、完成である。仕上がりを確認するため、吸い口から何度か吹く。

 女中から薄汚い老いた羅宇屋によるこのテストを聞いたキセルの持ち主のご御新造(ごしんぞう)が汚いと不満をたらたらとこぼす。御新造は裕福な町家の若妻のことである。それは出窓の下にいる古木の耳にも届いている。お題を支払いに戻ってきた女中に彼は、矢立てを取り出して、書をしたため、それを御新造へ渡すようにと頼む。

 御新造が見ると、そこには「牛若のご子孫なるかご新造の 我を汚穢(むさ)しと(とが)(たま)うは」と記されているそれは「汚穢し」と「武蔵坊弁慶」を掛けて、牛若丸と弁慶になぞらえた皮肉をこめた狂歌である。

 この御新造も風流を解するので、負けじと狂歌をしたためて女中に届けさせる。それは「弁慶と見たは僻目(ひがめ)か すげ替えの 才槌(さいづち)もあり(のこぎり)もあり」というものだ。「僻目」は見誤り、「才槌」や「鋸」は羅宇屋の商売道具である。

その返歌に感心した紫檀楼は「弁慶にあらねど腕の万力は キセルの首を抜くばかりなり 古木」と応える。

 その名前を見た御新造は、その羅宇屋がかの紫檀楼だと気づく。彼女の旦那は彼の孫弟子にあたり、すっかり恐縮してしまう。御新造はお詫びも兼ねて、旦那の綿の羽織を彼に渡すようにと女中に託す。

 女中が言付けを伝えて、紫檀楼に羽織を手渡そうとするが、彼はこう言ってそれを断る。「いや、その心配にはおよびません。あたしはこの荷さえしょっていれば、ほれ、『羽織(はおり)ゃ〜、着てる〜』」。

このような噺である。羅宇屋が馴染みのないものになったせいか今日ではマイナーな演目になっている。しかし、これはかつての風俗を伝えていて非常に参考になる。馴染みのない世界だからこそ聞きたくなるものだ。知ったつもりになっていた自分を反省させてくれる。知ることは楽しいものだ。

 屋内を5000歩ほど行道に励む。その際、時々、iPhoneでニュースを確認する。『NHK』が2022年2月20日 6時53分 更新「情報漏えいのパスワード最多は『123456』 設定に注意を」において次のように警告している。

メールやSNSなど、さまざまなアカウントのパスワードがインターネット上に漏えいした事案をセキュリティー会社が分析したところ、数字の羅列やキーボードの配列など、単純で推測されやすいパスワードが頻繁に使われていることが分かりました。調査した会社は、改めてパスワードの設定に注意するよう呼びかけています。
セキュリティー会社の「ソリトンシステムズ」によりますと、去年ネット上で、不正アクセスなどによって情報漏えいが確認された事案209件を分析したところ、日本人が使っているとみられるパスワードがおよそ183万種類含まれていました。
このうち最も多かったのが「123456」で、続いて「password」、さらに「000000」などとなっていて、数字の羅列や推測されやすい単語が使われていました。
また「1qaz2wsx」や「zxcvbnm」など、キーボードの配列をそのまま使ったものも多く見られたほか、「takahiro」や「doraemon」などといった人の名前やキャラクターに由来するものも多かったということです。
調査、分析を行ったソリトンシステムズの長谷部泰幸執行役員は「単純なパスワードは、さまざまな数字や文字を繰り返して入力して不正アクセスを試みるサイバー攻撃などによってアカウントを乗っ取られるなどのリスクも高い」としたうえで「できるだけ複雑なパスワードにするとともに、複数のサービスで使い回さないこと。長く使っているパスワードは漏れている可能性もあるので定期的に変更することが重要だ」と話しています。

 言いたいことはわかる。しかし、人間の記憶力には限界がある。アメリカの心理学者ジョージ・ミラーが研究した通り、マジカルナンバー、すなわち瞬間的に人間の記憶できる数字の数は7±2だ。だから、忘れないようにする工夫は、同じく間なのだから、さほど違いはない。だからこそ、指紋を始め記憶に依存しない認証システムが実用化されてきたが、定着していない。実際、試してみると、登録がうまくいかず、途中でやめてしまうこともある。

 人間は自身の記憶力に自信が持てないから、忘れないようにさまざまに工夫を施している。韻を踏んだり、語呂合わせをしたり、節をつけたりするなど古代より利用されてきた記憶術である。それは叙事詩や創世神話が口承によって伝えられてきたことからも明らかである。こうしたパターン利用は見抜かれやすいと言われれば、その通りだ。しかし、その知恵を使えば、1000年を超えて記憶を保存・伝承することができる。従って、その工夫自体も文化である。

 藤原学思記者は、『朝日新聞』2022年2月20 日13時08分更新「陰謀論牽引の『Q』、正体は2人の男性か 欧州の研究チームが名指し」において、次のように述べている。

 日本にも広がる陰謀論集団「Qアノン」が信奉する謎の人物「Q」について、欧州の二つの科学者チームは19日、最近まで札幌に暮らしていたロン・ワトキンス氏(34)ら2人の男性だった可能性が高いとの分析結果を発表した。2人はこれまでの朝日新聞の取材に、Qであることを否定している。
 Q名義の謎めいた投稿は2017年10月から20年12月まで、複数の匿名掲示板で5千件近くに上る。投稿は信奉者によって「解釈」が進められ、「世界は影の政府に操られている」「トランプ(前大統領)は救世主だ」といった主張が広がった。
 Qは17年10月、英語圏最大規模の掲示板「4chan(ちゃん)」に投稿し、同年11月にワトキンス氏が管理人を務めていた「8chan(ちゃん)」に移動。そこで、南アフリカ在住のポール・ファーバー氏(55)が運営する「ボード」(議論するトピックの場)に投稿していたが、18年1月には8ちゃん内の別のボードに移った。
 二つの科学者チームは、Qの投稿を時系列で分析。スイスのチームは「当初はファーバー氏だけ、その後はファーバー氏とワトキンス氏の両方、その後はワトキンス氏だけと文章が似ている」と指摘した。それぞれの期間は、Qの移行のタイミングと重なっている。

 陰謀論に惹かれやすい人とそうでない人がいる。しかも、中には何度もはまる人がいる。これを考えるには、陰謀論に惹かれない人を調べるとよい。

 現代において出来事を単純な因果関係で説明することは困難である。それはおそらく直接的・間接的要因が絡み合う原因のネットワークだろう。考察すべきは関連構造と発生メカニズムである。しかし、陰謀論は単純な原因結果の図式を提供する。

 2016年5月21日放送のNスペ『そしてテレビは“戦争”を煽った ~ロシアvsウクライナ 2年の記録~』 は、プロパガンダ映像を見た際に、それを信じる人と信じない人がいることを伝えている。ロシアとウクライナが武力衝突、両国のテレビは扇動的映像を流す。そこに映し出された映像に事実と違う説明が付け加えられ、いかに相手が非人道的であるかを煽る。

 その映像を信じて戦場に向かった人もいる。しかし、そうした人は必ずしも以前より相手国に敵意を抱いていたり、狂信的な愛国心を持っていたりしているわけではない。また、映像を信じた人だけでなく、信じない人もいる。リタイヤ生活の父が信じ、ジャーナリストの息子は信じないために、親子間で亀裂が生じたケースもある。番組は心が満たされていないと感じている人が信じる傾向があると示している。

 親しく交流している人をステロタイプなカテゴリーに括ったり、差別的デマを通して見たりすることなどしない。また、社会的・人間的関係によって心に空虚感がない人は、政治・経済・社会に健康な批判を抱いても、極端な情報に左右されないことも少ないに違いない。接した情報を本当だと思っても、それを話した家族や友人から反論されたら、鵜呑みにしないものだ。信頼できる人の疑問が無批判的に信じることを思いとどまらせる。少なくとも、いきなり銃を持って噂の場所に殴りこみをかけることはしない。

 社会が分断されれば、関係が偏ったり、狭くなったりするから、コミュニケーションの多様性が減少する。それは人々が情報の真偽を精査する機会を減らす。分断の社会において人々の間に相互不信が増す。疑心暗鬼になれば、人は単純な因果論の陰謀論を信じやすくなる。直観的に考えても、分断化された社会はデマに弱くなる。と同時に、デマがさらに社会の分断を促す。

 美紀は自宅療養解除になってから抑うつ感があるという。後遺症かどうかはわからない。発熱もないなど、症状は軽度だったのに、咳と共にこういう不快感が続いている。

 午後2時半頃にセンターから電話がある。若い男性の声で、これまでにないほど質問が多い。従来のものに加えて、顔色や唇の色、筋肉痛や下痢の有無など矢継ぎ早に尋ねられるので、面食らう。

 夕食はグリーンカレーラーメン、野菜サラダ、タイ風冷奴、さつまいものヨーグルトサラダ、食後は緑茶、デコポンをとる。屋内ウォーキングは10233歩を達成する。都内の新規陽性者数は12935人である。

 靴下を履いて床に入り、YouTubeで6代目圓生の『鰻のたいこ』を聞きながら眠る。

参照文献
「情報漏えいのパスワード最多は『123456』 設定に注意を」、『NHK』、2022年02月20日0 6時53分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220220/k10013493051000.html?fbclid=IwAR19xyfVxYI4KXOtLB6dB57s4e5tp5w4SbZmDHr7Dhlfa8Iq3oe9Xt4rJN4
藤原学思、「陰謀論牽引の『Q』、正体は2人の男性か 欧州の研究チームが名指し』、『朝日新聞』、2022年2月20日13時08分更新
https://www.asahi.com/articles/ASQ2N4558Q2NUHBI009.html

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