第12話 むかし話

文字数 1,727文字

【ネコに聞きたいことがあった】

 悟志の嘘が気になる僕はネコの事件の犯人とつながりがあるのではないかと疑いだしている。なんとか話を聞きだしたい。

「ネコ、なぜ手紙が戻って来たの?」
「手紙?」
「僕が出した手紙が戻って来て、僕はネコが僕を忘れたと思った」
「八月頃から手紙は受け取ってないよ。九月から入院していたけど私は手紙を出していた」

 父が話をしていたように、ネコのお父さんがすべて送り返してしまっていたのか?

「七月の投函が最後でその後は来てないよ。僕が出したものは、全部僕の元に戻って来ていた。カズヨから中学を卒業するとともに、ネコの五月の誕生日に結婚する事になったという手紙をもらった」
「その話は…」
「わかっている。そんな話はなかったのだよね。カズヨは、悟志さんに聞いたと言っていたな」


【ネコは少し考えていたが】

「ふーん」といいながら、僕の後ろに回った。わざと、無視して黙って、そのまま窓へ歩きはじめると、ネコは僕の腕の中をスルッと潜って後ろにしがみついた。

 そして「ただ、恋しかった」声がした。再会してから初めてだった。ネコが昔のように滑り込んできたのだ。嬉しかった、僕の全細胞が熱をもって震えた。

 しっとりと柔らかな肌が僕をとらえて離さない。マイペースのこの人から、重要な情報を聞き出すのは、どうやら、僕にとっては、とても難しい事のようだ。


【お前は可愛いな。本当に可愛いな】

 僕の片手に入ってしまう小さいネコの頭と髪を手先で遊びながら僕の想いが伝われと祈った。

「民さんの気持ちがよく分かった。きっと、民さんはこんな気持ちでいたのだろうと思う」とネコは涙を僕の洋服で拭いた。

「民さん?野菊の墓の民さん?」
「憶えていたの?」
「うん、小説も読んだ」

「へー、小説なんか読むの」と意外そうな顔をした。
「小説くらい読む」と僕は少しムッとした。ネコは、はにかむように笑うと
「民さんがどれくらい思い焦がれていたかよくわかった。サンがいなかったら、恋煩いで死ぬところだった」

 僕は最後の日のネコとの会話を思い出していた。ベッドの横に置いてある小説と自分を重ね合わせる事になることも知らぬまま、大好きな小説を一生懸命に僕に解説していたネコ。ネコはあの時間から止まったままなのだ。

「ネコは一歩も動かなかったのね。僕は、あちこちとやたらと歩き回って、戻っては、また歩き回る事を繰り返していたよ」僕は、目頭が熱くなり愛おしさが込み上げて来る。

「うん?どこに行ったの?」とネコが聞き返した。

「いや、なんでもないよ、たださ、ネコがいるから嬉しい!」
「なにか怪しいなあ」
「僕が戻る場所を残してくれてありがとう」
「どういたしまして」

 今日はご機嫌がよさそうだから、恐怖の記憶の塗り替えに挑戦してみようか?ネコは上から覆いかぶさるような、体制を嫌う。だから目線が同じなら、落ち着くはずだ。


【ネコ、ちょっとおいで】

 捕まえようとすると、離れようとするネコ。やみくもに力任せに無意識に手でよける。

「おい、痛いよ」ネコはまだ治ってない。ネコには僕が必要だと思うと、何度もパンチを受けながら嬉しかった。
 
 捕まえたネコをやっと椅子に立たせると、背丈が同じになって向き合うことが出来た。

「ネコ、顔をみせて、これでやっと見える?」ネコは力が入って体が硬い。それでも、さきほどまで、逃れようと暴れていたが、同じ位置で目線があった瞬間に落ち着いた。

 やっぱりだ。

「怖いか?でもネコの顔が見たい。また今度にするか?」僕が力を緩めようとすると、ネコは僕の言葉に首を横に振って「ウテの顔もみたい」じっと僕を見る。するとネコが「同じ目線はいいな、久しぶり」そっとネコの顔を両手で包むとすっぽり収まってしまう。


【今はまだ】
 
 力が入って歯を食いしばっているのがわかる。いつか僕の手の中がネコの安心できる場所になればいい。

「ウテヤ、大きくなった」ネコが笑った。
「ネコは小さくなった」僕が手を離すとそのまま、ひとりでたって、僕をみていた。
「ネコ、こうやって、少しずつ、怖い事を減らしていこうな」
「うん」とネコが笑顔で答えた。

 恐怖の記憶の塗り替え方法がわかれば、あとは、記憶を反復する何かを探し出して、排除するだけだ。
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登場人物紹介

■僕/ウテ■…韓国名:김우태  金 佑泰(キム・ウテ)|名前の由来:おおらかに助ける

日本名:金高 佑泰(カネタカ ユウダイ)33才 身長185cm


韓国からやって来たウテ(僕)が日本に馴染めなかった中学2年生の時に、横須賀駅で喜生が起こした事故がきっかけで喜生と出会う。中学卒業と同時に帰国し、17年ぶりに喜生と再会する。

■喜生(きお)/ネコ■…晴川 喜生(はるかわ きお)32才 身長152cm

 

10才の時に犯罪に巻き込まれ、強度の対人(男性)恐怖症 PTSD。キジ猫のように敏感で怖がり人を信用しない。キム・ウテにネコと呼ばれる。オレンジアイは母方譲り

■咲枝ママ■…晴川 咲枝(はるかわ さきえ)喜生の母親。身長160cm


障害のある娘を力強く援護する。

■美宇■…韓国名:김미우|金 美宇(キム・ミウ)|名前の由来:愛くるしく正しい人

日本名:金高 美宇(かねたか みう)ウテの妹 26才 身長168cm 


ウテと共に日本人の喜生と過ごし開放的になる。

■愛理姉さん■…韓国名:김애리 金 愛理(キム・エリ)

日本名:金高 愛理(かねたか えり)身長164cm ウテの6才離れた従姉。


国籍の違う恋に悩む。

■カズヨ■…松谷 和代(まつたに かずよ)32才 身長158cm


喜生の小学校からの友人。ウテが初恋。サンを可愛がっている。

■母■…韓国名:남복자 南 匐子(ナム・ボクジャ) 

日本名:金高 福子(かねたか ふくこ)ウテの母親 身長165cm


病気の喜生に暖かい気持ちで接する。

■父■…韓国名:김종우 金 鐘佑(キム・ジョンウン)

日本名:金高 鐘佑(かねたか かねすけ) ウテの父親 身長178cm


息子を大きな包容力で暖かく根気よく見守る。大きな人

■小介先生■…月田 小介(つきだ こすけ)身長167cm 代々地元の開業医。


咲枝ママの幼馴染。喜生の主治医。

■玄馬さん■…月田 玄馬(つきだ はるま)身長170cm


小介先生の息子、愛理姉さんの同級生で彼氏。

■悟志さん■…大園 悟志 (おおぞの さとし)喜生の数軒先に住む。16才 身長173cm

■悟志の兄■…喜生の数軒先に住む。19才 身長172cm 


喜生に付きまとっている。喜生の父親の晴川幸治と同じ勤務先

■叔父さん■…韓国名:김종하:金 鐘河(キム・ジョンハ)

日本名:金高 鐘河(かねたかしょうか)愛理の父 ウテの叔父 身長177㎝


日本で苦労して事業を立ち上げた。日本人が嫌い。玄馬との交際を認めない。

■叔母さん■ …韓国名:오미숙:吳 味叔(オ・ミスク)

日本名:金高 叔子(かねたか としこ)愛理の母 ウテの叔母 身長166㎝


■喜生の父さん■…晴川 幸治(はるかわ こうじ)喜生の父親。身長175cm


事件に巻き込まれた娘に複雑な思いを持っている。

■シルク■…ルア(rua)。17才 身長170cm


アルバイト先がサンと一緒のベトナム国籍 日本に滞在中

■サン■…きおと同棲している若い男。身長 178cm


父親に無視されていると思っている。人生は半端ではなく、突き抜けるのが一番と考えるクールを装う高校生。

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