第8話 三回目の除夜の汽笛

文字数 1,503文字



【僕は階段を登りながら】

 海を見みると除夜の汽笛のために、自衛隊の船が集まって暗い海に輝きを与えている。

「除夜の汽笛だな」

 ネコ達とトランプをしながら、初めて聞いた除夜の汽笛の大きさに驚いて、持札をまき散らして、負けになった僕をネコはさんざん笑った。当時は怒っていた僕も、思わず微笑みが出るくらい、気分の良い思い出になっている。

 ネコとの思い出は、どれもこれも優しくて嬉しく感じた。新年があける前に僕にメールが届いた。

「あなたに逢えてよかった。良いお年をお迎えください。ネコ」その言葉が僕らの関係のすべてのような気がして携帯電話を強く握りしめた。


【そのとき、除夜の汽笛が一斉に響き始めた】

 三回目の除夜の汽笛だ。
 一度目はネコ達と楽しく
 二度目はネコに会うことが出来ずに、ひとり臨海公園で…。

 今回は…。

 深い霧のようないくつかの音質が低く高く長く、山間に浸透して響く。その音に包まれて階段の先を見上げるとネコの家の灯だ。心が躍り小走りに階段を駈け上がった。


【いつものように鍵でドアを開け入った】

ウッチャンズの部屋からネコの部屋をのぞくと、本棚の隙間から気配がする。今日は起きているのだな。

 僕は「僕も」と返事をした。すると、本棚の隙間から泣き顔でぐちゃぐちゃになったネコが顔を出した。驚いて「おい、どうした?」と声をかけると、小さな子供みたいに嗚咽しながらやっと「どうしたの?」とネコが僕の瞳の奥を覗いた。

「二千十年のお正月を一緒に過ごすために、大晦日に成田国際空港着の最終の飛行機で来たよ。おい、泣くなって…」
「もう会えないと、思っていた」
「どうして?」
「重たい女を受け入れる男は世界中どこを探してもいないって」
「誰が?」
「さっき、悟志さんが父の使いで来て、ウテがそう言っていたから、あきらめろと言われた」

「お父さんとは連絡をとっていないけど、僕はそんな話を誰にもしていないよ。信じたのか?」と否定しながら、愛理姉さんと玄馬さんに怒られた言葉を思い出していた。


【腐った泥水のような女】

 僕の最大限の罵りの言葉、拒絶の言葉を吐いてしまった事を思い出し落ち着かなかったし、恥ずかしかった。そのことは知られたくないと思った。

「男性の事はよくわからないし、メールの返事も帰って来なかったから」

「メールの返事って?いつ送ったの?まさか今のメール?」

 ネコはコクッとうなずいてそっぽを向いた。僕は噴き出した。

「早すぎるでしょ、メールが来てから五分でしょ。せっかちだな、メールじゃないけど、直接ボイスメッセージで返信します」

「ネコ、ほら、こっちを見て僕の顔を見て」と指を鳴らした。涙でぐちゃぐちゃな顔をしたネコが、覗く顔が可愛かった。

 簡単に触ることも出来ないネコに「僕も」と心を込めて目を見つめて伝えた。きょとんとしている「ネコ、わかる?ネコと同じ気持ちだよ」と言うと、ネコは甘声とともに小さく足踏みをした。

 僕はネコを驚かさないように、そっとネコのベットにゆっくり座ると、黙って両手を広げた。ネコは本棚の隙間からゆっくりと恐る恐るそっと出て来た。


【片手は本棚をしっかり握りながら】

 僕の胸に顔を埋めて、片腕を僕の後ろに回して、抱き着いてきた。僕は両手を広げたまま「十七年ぶりかな?僕はいつも、ネコを待つだけだな。独りにしてごめん」

 僕の胸に突き刺さった言葉を口にしたとたん、長く閉じ込めていたネコへの想いが抑えきれず噴き出し思わず、ネコを抱きしめた。ネコはピックっと緊張が走り体を硬くした。

 僕は「無理か…」そっと静かに抱きしめた腕を外すと、両手を上にあげた。ネコはその場に力なく座り込んだ。

「おい」僕は慌てた。
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登場人物紹介

■僕/ウテ■…韓国名:김우태  金 佑泰(キム・ウテ)|名前の由来:おおらかに助ける

日本名:金高 佑泰(カネタカ ユウダイ)33才 身長185cm


韓国からやって来たウテ(僕)が日本に馴染めなかった中学2年生の時に、横須賀駅で喜生が起こした事故がきっかけで喜生と出会う。中学卒業と同時に帰国し、17年ぶりに喜生と再会する。

■喜生(きお)/ネコ■…晴川 喜生(はるかわ きお)32才 身長152cm

 

10才の時に犯罪に巻き込まれ、強度の対人(男性)恐怖症 PTSD。キジ猫のように敏感で怖がり人を信用しない。キム・ウテにネコと呼ばれる。オレンジアイは母方譲り

■咲枝ママ■…晴川 咲枝(はるかわ さきえ)喜生の母親。身長160cm


障害のある娘を力強く援護する。

■美宇■…韓国名:김미우|金 美宇(キム・ミウ)|名前の由来:愛くるしく正しい人

日本名:金高 美宇(かねたか みう)ウテの妹 26才 身長168cm 


ウテと共に日本人の喜生と過ごし開放的になる。

■愛理姉さん■…韓国名:김애리 金 愛理(キム・エリ)

日本名:金高 愛理(かねたか えり)身長164cm ウテの6才離れた従姉。


国籍の違う恋に悩む。

■カズヨ■…松谷 和代(まつたに かずよ)32才 身長158cm


喜生の小学校からの友人。ウテが初恋。サンを可愛がっている。

■母■…韓国名:남복자 南 匐子(ナム・ボクジャ) 

日本名:金高 福子(かねたか ふくこ)ウテの母親 身長165cm


病気の喜生に暖かい気持ちで接する。

■父■…韓国名:김종우 金 鐘佑(キム・ジョンウン)

日本名:金高 鐘佑(かねたか かねすけ) ウテの父親 身長178cm


息子を大きな包容力で暖かく根気よく見守る。大きな人

■小介先生■…月田 小介(つきだ こすけ)身長167cm 代々地元の開業医。


咲枝ママの幼馴染。喜生の主治医。

■玄馬さん■…月田 玄馬(つきだ はるま)身長170cm


小介先生の息子、愛理姉さんの同級生で彼氏。

■悟志さん■…大園 悟志 (おおぞの さとし)喜生の数軒先に住む。16才 身長173cm

■悟志の兄■…喜生の数軒先に住む。19才 身長172cm 


喜生に付きまとっている。喜生の父親の晴川幸治と同じ勤務先

■叔父さん■…韓国名:김종하:金 鐘河(キム・ジョンハ)

日本名:金高 鐘河(かねたかしょうか)愛理の父 ウテの叔父 身長177㎝


日本で苦労して事業を立ち上げた。日本人が嫌い。玄馬との交際を認めない。

■叔母さん■ …韓国名:오미숙:吳 味叔(オ・ミスク)

日本名:金高 叔子(かねたか としこ)愛理の母 ウテの叔母 身長166㎝


■喜生の父さん■…晴川 幸治(はるかわ こうじ)喜生の父親。身長175cm


事件に巻き込まれた娘に複雑な思いを持っている。

■シルク■…ルア(rua)。17才 身長170cm


アルバイト先がサンと一緒のベトナム国籍 日本に滞在中

■サン■…きおと同棲している若い男。身長 178cm


父親に無視されていると思っている。人生は半端ではなく、突き抜けるのが一番と考えるクールを装う高校生。

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