第4話 もっと近づけ!

文字数 1,651文字

【そうやって悪いと思って意地を張っているのでしょ?】

「何も気にすることはないの、ウテは韓国人の素敵な奥様をもらって、ウテの人生を幸せに過ごせばいいでしょ。無理を押し通すのは普通じゃないわよ」

 怒ったネコは布団から這い出して来て、リビングの入り口まで来た。

 僕は、驚いた。

 どうやら、僕からの新たな刺激は、ネコが抱えるからだと心の恐怖を打ち負かすのか?それとも、以前のように僕に抱きつきたいのか?どちらにしても、やはり、ネコにとって自分は特別なのだ。と嬉しくなった。

 それがわかれば、僕は手を緩める必要はない。もっと近づけ!と声に出さずに叫んでいた。

「普通ってなに?意地を張っているのは、どっち?高校にもいかないで、命懸けで子供を産み育てるのは普通なの?」僕も力が入る。


【フツー】

 ぷいっとネコは横を向いた。

「普通じゃないでしょ。ネコこそなんでそんな無謀なことしたの?」呆れたように力なくネコをみた。
「別に私にはフツーだもん、わかってもらおうなんて思わない」小さく震え悔しそうに下を向いた。

「そうか、わかった。ネコには普通だ。韓国人の僕には理解ができないよ。韓国人の僕のせいで人より何十倍も苦労するのがネコのいう普通の人生だな」
「違う。ウテのせいじゃない。韓国人のせいじゃない。国が違う事が問題なんじゃない。責任なんかない。そうじゃない。そんな風に言わないで」

 緊張した体は言葉を途切れさせ悲鳴に近い叫び声をあげた。


【突然】

 ネコは呼吸ができない酸素不足の金魚のように口をパクパクあけ、眼球がぐるぐる回り言葉を詰まらせた。僕は慌ててネコに駆け寄って「ネコ話すな。無理をするな。話さなくていい」と叫んだが、ネコは首を横に振って何かしゃべろうとする。

 伝えたい言葉があるのに、ネコの心は言葉にすることを拒否していた。ネコはそんな自分と戦いながら必死に言葉にしようと、もがいている。ネコは僕のシャツをものすごく強い力で掴んだ。

 それでも言葉は出てこない。僕は慌てた「やめて、ネコやめるんだ、何も思い出さないでいい」ネコには僕の言葉は届いていないようだった。

「私の…。体…は…。ボロボロ…。で…。し…。き…ゅう…。も…。な…。い…。ぞう…。まで…。こ…。わされ…。て…。いて。」

 絞り出されるネコの言葉はとぎれとぎれでわからない。

 ただひとつ僕にわかったのは、ネコが受け入れられない過去の出来事を、体全部を使って拒否していると言う事だった。


【原因のすべてがそこにあって】

 そのことを言葉にすることさえ、ネコの体は拒絶しているのだ。

「ああ、ネコ。シー。もういい、わかったから、もういいんだ。僕が韓国人だからじゃないのだな」という言葉に、何度も何度も頷くネコ。

「わかった、わかった、お願いだからやめて!」

 僕は悲鳴に近い言葉をネコに投げかけていた。そして、僕はこんな状態のネコを抱きしめられない苦痛でいっぱいになった。

 忘れたい記憶を戻す作業なんてしなくていいと僕は強く願っているが、ネコはどうしても僕に伝えたいらしい。


【自分の命をかけて伝える言葉なんか僕はいらないのに】

 ネコは僕が話を理解してくれた事に安堵し呼吸が少しだけ穏やかになった。

「大好きな人にも…。さわれ…。ない…。妊娠も…。ダメって、産み…。育…。て…。る…。ことは…。考えちゃ…ダメ。し…。あ…。わせは、何も…。何も…。望ん…。じゃ…。いけ…。ないって…。」

「うん、妊娠もダメって言われていたのか?幸せは望んじゃいけないって?僕が知ったら反対すると思ったのだな?」

 ありったけの力を振り絞って心の傷を僕にさらけ出したネコは、僕の言葉に何度も頷きながら、スーッと力が抜け倒れ、意識を失った。

「ネコ? ネコ?」と声をかけるが意識は戻らない。
「おい、サン、ネコが倒れた」と母屋にいるサンに向かって、叫びながら僕はネコを抱きかかえて表に走り出した。

 玄関を出て階段を走り下った。

 小さなネコは、僕の腕の中で小さく、あまりにも小さく、その小ささに驚いていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

■僕/ウテ■…韓国名:김우태  金 佑泰(キム・ウテ)|名前の由来:おおらかに助ける

日本名:金高 佑泰(カネタカ ユウダイ)33才 身長185cm


韓国からやって来たウテ(僕)が日本に馴染めなかった中学2年生の時に、横須賀駅で喜生が起こした事故がきっかけで喜生と出会う。中学卒業と同時に帰国し、17年ぶりに喜生と再会する。

■喜生(きお)/ネコ■…晴川 喜生(はるかわ きお)32才 身長152cm

 

10才の時に犯罪に巻き込まれ、強度の対人(男性)恐怖症 PTSD。キジ猫のように敏感で怖がり人を信用しない。キム・ウテにネコと呼ばれる。オレンジアイは母方譲り

■咲枝ママ■…晴川 咲枝(はるかわ さきえ)喜生の母親。身長160cm


障害のある娘を力強く援護する。

■美宇■…韓国名:김미우|金 美宇(キム・ミウ)|名前の由来:愛くるしく正しい人

日本名:金高 美宇(かねたか みう)ウテの妹 26才 身長168cm 


ウテと共に日本人の喜生と過ごし開放的になる。

■愛理姉さん■…韓国名:김애리 金 愛理(キム・エリ)

日本名:金高 愛理(かねたか えり)身長164cm ウテの6才離れた従姉。


国籍の違う恋に悩む。

■カズヨ■…松谷 和代(まつたに かずよ)32才 身長158cm


喜生の小学校からの友人。ウテが初恋。サンを可愛がっている。

■母■…韓国名:남복자 南 匐子(ナム・ボクジャ) 

日本名:金高 福子(かねたか ふくこ)ウテの母親 身長165cm


病気の喜生に暖かい気持ちで接する。

■父■…韓国名:김종우 金 鐘佑(キム・ジョンウン)

日本名:金高 鐘佑(かねたか かねすけ) ウテの父親 身長178cm


息子を大きな包容力で暖かく根気よく見守る。大きな人

■小介先生■…月田 小介(つきだ こすけ)身長167cm 代々地元の開業医。


咲枝ママの幼馴染。喜生の主治医。

■玄馬さん■…月田 玄馬(つきだ はるま)身長170cm


小介先生の息子、愛理姉さんの同級生で彼氏。

■悟志さん■…大園 悟志 (おおぞの さとし)喜生の数軒先に住む。16才 身長173cm

■悟志の兄■…喜生の数軒先に住む。19才 身長172cm 


喜生に付きまとっている。喜生の父親の晴川幸治と同じ勤務先

■叔父さん■…韓国名:김종하:金 鐘河(キム・ジョンハ)

日本名:金高 鐘河(かねたかしょうか)愛理の父 ウテの叔父 身長177㎝


日本で苦労して事業を立ち上げた。日本人が嫌い。玄馬との交際を認めない。

■叔母さん■ …韓国名:오미숙:吳 味叔(オ・ミスク)

日本名:金高 叔子(かねたか としこ)愛理の母 ウテの叔母 身長166㎝


■喜生の父さん■…晴川 幸治(はるかわ こうじ)喜生の父親。身長175cm


事件に巻き込まれた娘に複雑な思いを持っている。

■シルク■…ルア(rua)。17才 身長170cm


アルバイト先がサンと一緒のベトナム国籍 日本に滞在中

■サン■…きおと同棲している若い男。身長 178cm


父親に無視されていると思っている。人生は半端ではなく、突き抜けるのが一番と考えるクールを装う高校生。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み