第２６話　　群雲の光芒（むらくものこうぼう）

【軍港が見える】

　按針塚の展望台に到着すると、群雲の光芒が差し込んでいる。サンと僕の後ろにネコがいる。いつかは親子三人で並んで座りたいと僕は願う。両腕を広げると、瑞々しい新緑が腕の中に落ちて来る。満たされた爽やかな五月風は海風と混ざり柔らかさを増す。

「雨が上がったね」ネコがまぶしそうに空をみた。

「うん」
「雲の間から光が差してキラキラ。綺麗」
「この景色が好きだ。韓国でもこの夢を見たよ」

「僕はさ、大好きだからって母さんにたくさん付き合わされた」サンは面倒くさい様子だった。「へえ～、そうか」と答えながら小さな美宇が僕の傍らで「喜生ちゃん、神様からの誕生日プレゼントだね」と笑ったことを思い出していた。

　すると、後ろからそっと近寄って来たネコが、僕の背中にはりついて「ねえ、雲の間から海面に向かって日がキラキラとさすと、まるで神様がいるみたいだって言ったよね」

「うん、ネコ、本当はね。内緒だけど…。実はあの光は、海から伝言を運ぶ光なのだ。だから気持ちを海に流せば、光となってどんなに遠く離れても届くよ」と背中にしなだれて甘えてくるネコに話した。

　僕はくすぐったい気分になり「ひょっとしたら、サンが伝言を運ぶ光だったのか？」とたわいのない言葉に意味をみつけて「サンは群雲の光芒が見せる海光だな」と言いながら後ろのネコを見ると、ネコは僕を見ながら嬉しそうにうなずく。

　きっと、ネコもその言葉を思いだしていたに違いない。

　僕らはサンがいなかったら二度と会うことは出来なかった…。そのことをネコも十分すぎるほど知っている。その言葉も意味も理解していないサンは「なにそれ、オヤジ達も相当に面倒だよ」と笑っていた。

　背中のネコは体から力が抜け、ほんわかとした雰囲気を醸し出している。そんなネコを見るのは久しぶりなのだろうか？嬉しそうに見ていたサンが勇気を振り絞るように僕らに訊ねた。

「ねえ、僕さ、高校を卒業したら韓国のおじいちゃんのところに行っていいか？」

　僕は急なサンの提案に驚いた。僕はネコを振り返った。ネコは僕の背中から、ただサンを見つめている。

「オヤジが帰って来て、僕のモヤモヤが少なくなったというか、無くなったというか…」

　サンは照れ臭そうに落ち着きなく言った。


【僕は思わず】

　微笑んでしまうような嬉しさがこみあげて来る。不思議な感覚だ。息子の力になれた、息子に必要とされている。自信と力強さと励ましを一度にもらったような気分だ。恋愛の時やネコに対する気持ちとはまた違う大きな満足感に包まれた。

「うん、それで？」僕はその嬉しさを隠すように下を向いた。
「僕さ、韓国と日本と、どうせどっちつかずだから、それを逆手にとってさ、折角ある僕の二つのルーツはマスターしておきたいかなって思う」とチラチラと不安そうに遠慮がちに僕らの様子を伺いながら、それでも目が輝いているサンは話し続けた。

「急に沢山の選択肢が出来て、色々考え中なのだ。まだ何も決めてないけど大学も日本か韓国どっちかにしようか迷っているし、おじいちゃん達もオヤジが日本にいたら寂しいだろ？おいでコールが頻繁にあるし人気者はつらいよ」

「そうか」僕は嬉しかった。親の事であんなに切羽詰まって、僕に訴えていたサンが、目を輝かせ自分の将来の選択肢について語っている。

　ネコは、涙ぐみながらこくりこくりと頷きサンの話を聞いていた。僕は声を出さずに『サン、つらかったよな。よく頑張った』と話を聞きながら思っていた。

　ネコはふわふわの髪の毛が風で涙にまとわりついて、僕の背中で顔をこすっている。ネコの気持ちも十分に伝わって来る。