どんな世界でもこんな奴が一人くらいはいるもんだ

文字数 2,912文字

◇◇
 『死をもたらす龍』は暗闇の中では行動しない――
 
 カタリーナからもたらされたその情報だけが今は頼りだった。
 つまり奴は『視覚』を頼りに狩りを行うに違いない。
 そうふんだ俺は、エルフたちをとある場所に移すことにした。
 
 それは地図を作った時に訪れた『レヴェーン洞窟』だ。
 洞窟の中は闇に覆われており、隠れていればそう簡単には見つからないだろうと考えたのだ。
 そして夜のうちに得意の『採取』で、出来る限りの食料を確保した。
 さらに寝床を確保するために、わらや柔らかな草などを大量に運び込んだのだった。
 もちろん動けるエルフたちも手伝ってくれた。
 
「うん、これだけあればしばらくは持ちそうだな」

 集まった大量の木の実やらキノコを見て、笑みを浮かべる。
 するとクリスティナが笑顔になり、つられるように他のエルフたちも皆、笑顔になった。
 
――基本は『笑顔』だ。希望ってやつは『笑顔』に集まるもんさ、って大家のばあちゃんが言ってた。

 クリスティナだけには、そう伝えておいた。
 彼女は今、その言葉にしたがって必死に恐怖と戦い、人々に『笑顔』をもたらそうと努力しているのだろう。
 
 小さな体に、大きな勇気……。
 
 たいしたもんだぜ。
 思わず頭をなでたくなる衝動にかられたが、そんなことをしようものなら、どんな罵声を浴びせられるか知れたものではない。
 そこで、ただ笑みを向けて、小さくうなずくだけにとどめた。
 
 ふと洞窟の中から外を見れば、空が白みはじめている。
 
「よし、みんな。悪りいが昼間は寝てくれねえか。また夜になったら採取に出なきゃなんねえからよ」

 俺の言葉にエルフたちは各々寝る場所を決めて、次々と横になり始めた。
 これから『死をもたらす龍』による狩りが始まるのを考えれば、恐怖で胸が押し潰されそうなのは確かだろうが、それ以上に体の疲れが彼らの熟睡を誘っていたのだろう。
 
 一方の俺は洞窟の入り口近くに腰をかけると、目と耳を洞窟の外に集中させた。
 万が一、リーパー・リントヴルムがこちらに気付いた気配を察知しようものなら、すぐに逃亡の指示が出せるようにするためだ。
 
 恐怖や絶望というものは、どうやら五感だけでなく六感も研ぎ澄ませてくれるようだ。
 まだドラゴンは動き出す様子は感じられない。
 もしかしたら産卵している頃なのかもしれないな。
 
 ……と、その時。
 
「フィトは寝ないの?」

 と、隣でささやく声が聞こえてきた。
 それはクリスティナだった。
 目がとろんとしており、かなり眠たそうだ。
 俺は口元にかすかな笑みを浮かべると小声で答えた。
 
「俺の心配はしなくていい。安全だと分かったら、しっかりと睡眠をとるから」
「そう……ならいいけど……無理をしないでね」
「ああ、ありがとな。クリスティナ。おやすみ」
「おやすみなさい」

 淡々とした会話を終えると彼女は洞窟の奥へと消えていった。
 その様子を見届けたところで、再び意識を外へと集中させる。
 
――今日は寝る暇なんてなさそうだな。

 そう心に決めながら、まぶたが落ちそうになるたびに手の甲をつねって意識を保っていたのだった――
 
◇◇

 一方、王国内――

――リーパー・リントヴルムが、エクホルム島に出現! 冒険者フィトより救出要請!

 という一報は、ギルドを管轄している王国の管理部門だけでなく、冒険者たちにも瞬く間に広がった。
 もちろん『死をもたらす龍』とあだ名されたリーパー・リントヴルムというドラゴンがなんなのか分からない者も少なくなかった。
 しかしその恐怖と絶望を知るわずかな冒険者たちの口によって語られると、ギルド内の全員が顔を真っ青にしたのである。
 
 ただし、『死をもたらす龍』の出現に懐疑的な冒険者たちがいたのも確かだ。
 
――どうせ『落ちこぼれフィト』がギブアップするための口実に使っただけだろ。
――『落ちこぼれフィト』の言うことなんて信じられるか。

 と、彼らは酒に酔った勢いで吹聴していた。
 しかしそんな彼らであっても、『国王に次ぐナンバー2』である執政官長のフリッツ・トゥルンヴァルトがギルドに現れた時点で、自分の考えが間違っていたと認めざるを得なかったのだった。
 
 フリッツはまだ二十五歳。しかしその秀才ぶりは、わずか十歳の頃から国内に轟いており、仕官するなり飛ぶ鳥を落とす勢いで出世していった。
 言わばエリート中のエリートだ。
 ただ一方で彼は『冷血の死神』とあだ名されるほどに、時には冷酷とも言える判断をくだすため、多くの国民から畏れられていたのも事実であった。
 
 彼はギルドの一番奥にあるギルド長室に入ると、ギルド長であるヨアヒムから現状報告を受けた。
 目をつむったまま無表情でヨアヒムの言葉に耳を傾けていた彼だったが、報告が終わるなり、重い口を開いた。
 
「急ぎ冒険者を救出するために船を出せ」

 温度のない声が部屋に響き渡る。
 しかし、中にいることを許されていたカタリーナの口元は、熱を帯びてかすかに緩んだ。
 もちろん妹のリーサのように手をたたいて飛び跳ねたりなどしないが、もし誰の目もなければ喜びのあまりに踊り出してしまいそうな心地だった。
 
「では、さっそく手配いたしましょう」

 ヨアヒムがだみ声で返事をすると、すぐさま部屋を出ていこうとした。
 だがフリッツの言葉は終わらなかった。
 
「船は小さく速いものにしろ。3日かかるところを2日で島につくようにするのだ。以上」

 そう言い終えるなり素早く席を立ったフリッツは、次の瞬間にはドアノブに手をかけている。
 その背中に向かってカタリーナが慌てて声をかけた。
 
「エルフたち! 彼らは100人ほどいるとうかがっております! 小さな船では彼らが乗ることができません」

 フリッツはちらりと彼女を見る。
 その瞳があまりにも冷ややかなもので、彼女は思わずたじろいでしまった。
 そして彼は、瞳と同様の冷たい口調で問いかけた。
 
「だからどうした?」
「どうした……と申しますと……」
「エルフも救出せよとは命令していないはずだ。なぜ貴様は『命令違反』を進言する?」
「そんな……わたしは『命令違反』を進言したつもりはございません……」
「ならば愚問を口にするな。俺は貴様とおしゃべりしているほど暇ではないのだ」

 フリッツはそう言い残して部屋を出ていった。

 カタリーナは、己の無力さに愕然として、思わず両膝を地面につけて座り込んでしまった。
 自然と涙が頬を伝い、心の中で何度もフィトに向かって「ごめんなさい」と謝り続ける。

 しかし……。
 次の瞬間、耳に入ってきた声に彼女の顔がぱっと上がった。

「なんだ貴様? そこをどけ」
「あら、これは失礼。ただ、まだお姉さまとのお話し合いが終わっていないように聞こえたのですが」

 それはカタリーナの妹、『真紅の戦乙女』リーサ・ルーベンソンの声だった――

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