くぐってきた修羅場の数がてめえとは違うんだよ

文字数 3,135文字

◇◇

 モンスターも人間と同様に知能が発達しているものが多い。
 特に大型で凶暴な奴であるほど、それが顕著だ。
 しかし知能が発達しすぎているがゆえに、それがかえって『弱点』となってしまうこともある。
 それが『意表をつかれる』というものだ。
 
 『弱い敵は背を向けて逃げる』というのが『常識』である以上、リーパー・リントヴルムは俺が南に向かって逃げると想定していたに違いない。
 それが奴と俺の距離が最も離れる方向だからだ。
 
 しかし俺は違った。
 
 逃げるどころか奴に向かって走っていったのだから――
 
「うおぉぉぉぉ!!」

 奴の樹齢千年くらいの巨木のような太い足に向かって駆けていく。
 足だけでも10mはゆうにある。
 そして全長は30mはあるだろう。羽を広げれば横幅は100mというのが俺の目測だ。
 俺が今まで見てきたモンスターの中でも大きな方の部類。
 しかし世の中にはもっと化け物じみた巨大モンスターもいるのは事実だし、実際に対峙したこともある。
 
 さらに言えばこれら巨大モンスターに共通して言えるのは、攻撃パターンが決まっており、小回りがきかない。
 つまりある程度攻撃を見切ってしまえば、接近しても問題ないはず。
 
 俺はリーパー・リントヴルムが村を破壊している間、奴の攻撃パターンをつぶさに観察していた。
 その結果、奴は『尻尾』『爪』『突進』による攻撃だけしかない、と判断したのだ。
 さらに『尻尾』と『爪』の攻撃を一回ずつ行った後は、数秒の隙間ができることも知っていた。
 
――その数秒が勝負だ!

 疾風のように奴の足元までたどり着くと、そこにはりつく。
 ここなら近過ぎて『爪』も『尻尾』も届かないはずだ。
 
「ギャオオオオ!」

 完全に意表をつかれたリーパー・リントヴルムであったが、ようやく我に返ると、足元にいる俺を睨みつける。

「さあ、どうする? 爪も尻尾も使えねえぜ」

 こうなれば奴がすることはただ一つ――
 
――バサッ!!

 と大きな翼をはばたかせると、少しだけ俺と距離をとり始めた。
 それは俺が待ち望んでいた瞬間だった。
 
「ここだぁぁぁ!!」

――ドンッ!!

 『逃げ足』ってのは極めると、一瞬のうちにトップスピードまでもっていくことができるってもんだ。
 俺は奴が『南』へと距離を取った瞬間に、『北』に向かって一直線に駆け出した。
 こうなれば奴が次にとる行動は決まってくる。
 
――ブウゥゥゥゥン!!

 と、背中のすぐ側を凶悪な攻撃が通過していった。
 それはリーパー・リントヴルムが尻尾をぶん回し、それが空振りに終わったことを示していた。
 
「やったぜ! さあ、これからだぜ!」

 これで奴の攻撃の射程からは一旦離れた。
 その上、尻尾の攻撃の後の隙が生じて、動きが一瞬だけ止まっているはずだ。
 
 ここで次にすべきこと……。
 それは、出来る限り相手からの距離を離すことではない。
 なぜならそれでは直線的となり、相手に行動を予測されやすくしてしまうからだ。
 
 俺はちらちらと周囲を見回す。
 そこには破壊し尽くされた村の残骸が痛々しく転がっていた。
 だがその中の一点に目が注がれた。
 
「ここだ!」

 そこは硬い岩石に囲まれた祠(ほこら)のような場所。
 つまり奴が暴れ放題暴れても原型をとどめていた『絶好の隠れ場』だ。
 
――ザザァァァッ!!

 小さな穴の中に滑りこむと、すっぽりと体が岩石に覆われた。
 そして次の瞬間には、目の前に太い足が落ちてきた。
 
「へへ……。やっぱり馬鹿じゃねえよな……」

 それはリーパー・リントヴルムが短い距離ながら飛んできて追いついてきたことを意味していた。
 そして……。
 
――ビタァァァァン!!

 と、岩石に尻尾の一撃が直撃する。
 だが俺の読み通りに、岩石はその一撃に耐えた。
 
――バッ!!

 俺は飛び出すと、再び奴の足元にはりつく。
 一見すると全く同じことを繰り返しているだけのように見えるが、この時点で一つの確信が芽生え始めていた。
 
――奴の足は俺よりも遅い可能性が高い……!

 ということだ。
 ちらりと『北』の方へ目を向けると、ずらりと巨木が生い茂っている。
 俺はそれを見てニヤリと笑った。
 それは一筋の希望の光が胸の中にさしこんだからであった。
 
 ちなみに、ここに舞いおりてきた後、奴がまず行ったのは周囲の木々をなぎ倒すことからだった。
 それは奴がいつでも自由に飛び降りできるように、足場を作っていたからに違いない。
 となれば巨木のある『北』に逃げ込めば、それは奴にとって追いかけるのに不利な場所。
 つまり逃げ切れるチャンスが『ゼロ』ではなくなるはずだ。
 
「確かに逃げてばかりの人生だったが……。それでも、くぐってきた修羅場の数がてめえとは違うんだよ」
 
 そうつぶやいた直後にリーパー・リントヴルムは再び距離を取り始める。
 その隙をついてもう一度『北』へと駆けていった。
 
 そして、くるはずの『尻尾攻撃』がこなかった瞬間に、俺は『勝利』を確信した。
 足を止めずに猛然と北へと駆けていく。
 後は夜になるまで逃げ切れれば、奴は一旦山へ帰っていくはずだ。
 
 逃げ切れる!
 
 そう確信し、ちらりと後方を見た瞬間だった――
 芽生えたばかりの『希望』が再び『絶望』に変わったのは……。
 
「おいおい……。どこ見てやがる……?」

 つい足を止めて、少し離れたリーパー・リントヴルムを見つめてしまった。
 なぜなら奴はとある方向をじっと見つめたまま動かなかったからだ……。
 
 俺は奴の視線を追う。
 
 するとその先にいたのは……。
 逃げたはずのクリスティナだった――
 
「馬鹿やろう!! なんで戻ってきたぁぁぁ!!?」

 自分でも驚くほどに大きな声で彼女に罵声を浴びせる。
 彼女は顔を真っ赤にして叫び返してきた。

「いやなの!! わたしは……わたしはこれ以上、大切な人を失いたくないの!!」

 ズンと胸を打つ『大切な人』という言葉。
 だが今、その言葉の意味することに頭を巡らせている場合ではない。
 
 ゆっくりとドラゴンの体の向きが彼女の方へと変わっていく。
 
「くそっ! 俺だけに集中しやがれ!!」

――バシュッ!

 一筋の矢を放つが、リーパー・リントヴルムは振り返りもせずに、背中の硬い鱗で矢を弾き飛ばす。
 まったく攻撃が通じていない。しかもそれを相手は熟知しており、あえて無視したのだろう。
 
「こいつはまいったな……。もうこれしかねえのかよ……」

 俺は腰に差した短剣を抜くと、それをぐっと強く握った。
 弓が通じないなら、もはやこの剣に全てをかけるしかない。
 今までの経験上、『自分にとって脅威となる存在から攻撃をしかけていく』のがあらゆるモンスターに共通していることだ。
 ならば俺がこの剣で少しでもダメージが与えられたならば……。
 
 しかし、逆に攻撃がとおらなかった場合は『弱い者から攻撃をしかける』という鉄則によって、クリスティナが餌食となってしまうのは目に見えている。
 
「奴の目はわたしに向いているわ! だからフィト! 逃げて!!」
「泣かせてくれるじゃねえか! だがよぉ。もし俺のことを『大切』って思ってくれてるんだったら、もっと俺って人間を知った方がいい」

 そう返した次の瞬間には、俺はリーパー・リントヴルムの背中に向かって斬り込んでいったのだった――
 
 
 
 
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