男ってやつはよぉ。『英雄』を夢見ちまうもんなだよ。

文字数 2,562文字

◇◇

 きっかけは些細なものだった――
 
 エルフたちが隠れていた洞窟内には、いくつかの燭台が点々と置かれており、昼夜を問わずにほのかな明かりが保たれていた。
 その燭台のうちの一つを、ふざけあっていた子供のエルフたちが、あやまって倒してしまったのだ。
 さらに運が悪く、その日はたまたま『わら』がその燭台の近くに置かれていた。
 火が上がると、またたく間に洞窟内に煙が広がっていく。
 そこで、いち早く異変に気付いた長老のカーサは、消火よりも避難を優先させた。
 どうにか全員無事に洞窟を出たものの、中の炎を消すことはかなわず、溢れ出した煙はもくもくと上がり続けていた。
 そしてそのまま朝を迎えたのである。
 
 もちろんそんな事情など、つゆとも知らない俺は、今後取るべき行動を考えることに、頭をフル回転させていた。
 
 まずはリーパー・リントヴルムが動き始める時刻の確認だ。
 いつもと変わらないとすればこれから一時間後といったところか……。
 そしてここから洞窟までの距離は、一直線に進んでも一時間はかかる。
 つまり奴が動き出す頃にエルフたちとようやく合流できる計算となる。
 しかし仮に合流できたとしても、三十分もしないでやってくるリーパー・リントヴルムによって無慈悲な殺戮が繰り広げられるのは目に見えている。
 
「完全に手詰まりじゃねえかよ……」
「フィト……」

 思わず愚痴が口をつくと、クリスティナが心配そうに俺を見つめる。
 頼むから、そんな顔して見ないでくれよ……。
 そんなことを口にできるはずもなく、俺は引き続き頭をぐるぐると巡らせていた。
 
「どこかに『希望』が残されているはずなんだ……。探せ! 探せ! 探せ!」

 俺はブツブツとつぶやきながら、今までの出来事を思い起こす。
 そのどこかに隠されているはずなんだ。
 じゃなきゃ、不公平すぎるじゃねえか……。
 降ってわいた『絶望』に何もかも奪われちまうなんてよぉ。
 
 ……と、次の瞬間だった――
 
 たった一つだけ『可能性』が浮かんできたのは……。
 それは俺とクリスティナが奇跡的に助かったあの時のこと。
 山頂に野鳥が現れた瞬間に、奴が山へ戻っていった光景だ。
 もし俺があの『野鳥』になることができれば……。
 
 迷っている暇はない。
 もうこれしか残ってねえんだ。
 俺は強い決意を映した瞳で、目の前にいるクリスティナに語りかけた。
 
「よく聞け、クリスティナ。お前さんに一つ頼みがある」

 クリスティナは既に俺が何を考えているのか察知したのだろう。
 
「いや……どうせまた一人で危険に飛び込もうとしているのでしょう?」

 と、瞳に涙を浮かべて、首を小さく横に振り続けている。
 しかし今回ばかりは、彼女の涙に負けるわけにはいかない。
 俺はぐっと腹に力をこめて続けた。
 
「エルフたちを安全な場所へ誘導して欲しい。そうだな……。奴の習性からして、一度襲った場所をもう一度襲うってのはあまりねえ。だから村に戻って、昼間は身を隠せる場所を探してくれればいい」
「いや……わたしにはできない」

 涙を流しながら声を震わせている彼女に、俺は微笑みを浮かべたまま、そっと手を彼女の頭に乗せた。
 
「なにを言ってやがるんだ。こんな出来損ないのおっさんに地図を完成させたのは、他でもない、クリスティナじゃねえか。そんなお前さんがやれねえことなんてねえさ」
「違う! フィトは何も分かってない! わたしはフィトと離れたくないの!」
「離れる? 俺もお前さんも島にいるってことには変わりねえじゃねえか」
「詭弁よ! こうしてずっと側にいたいの!」

 と、彼女が俺の胸に飛び込んで、わんわんと泣き出した。
 俺はただ彼女の背中を優しくさすりながら続けた。
 
「思うんだが、たとえ離れ離れになってしまっても、その相手と同じ夢に向かって動いていると感じられれば、それって側にいるのと変わらねえんじゃねえか。同じ太陽の下で、頑張ってるんだって思えれば、自然と相手のことを近くに感じるもんだと信じてる」

 俺はゆっくりと彼女を離すと、噛み砕くように諭した。
 
「これはお前さんしかできねえことなんだ。そして俺は俺しかできねえことをしに行く。だが、目的はただ一つ。エルフたち全員を助けるってことだ。頼む、俺と一緒に戦ってくれねえか。お前さんの力が必要なんだ」

 それでもなかなか首を縦に振ろうとしないクリスティナ。
 一時でも時間が欲しい状況で、もはやなりふりかまっている場合ではない。
 俺は最後の手段とばかりに、『条件』を出したのだった。
 
「これは俺からお前さんに依頼する『クエスト』だ。成功条件は、さっき言ったとおり。報酬は……そうだな。『なんでも一つ言うことを聞いてやる』ってのじゃだめか?」
「馬鹿にしないで……」
「やはりそうだよな……。俺なんかに『何でも言うことを聞いてやる』なんて言われてもな……」
「……一つだけ約束して……」

 どこか諦めたかのように彼女の肩の力が抜けていく。
 俺は穏やかな声で言った。
 
「ああ、俺のできることなら」
「絶対に死なないで……」
「ふんっ。クエストの途中で死ぬような奴だったら、今頃こうしてお前さんの前にいることはなかったろうよ」
「本気で約束して。お願い」

 いつになく真剣な表情のクリスティナに対し、俺もまたぐっと瞳に力を入れて答えた。
 
「ああ、約束だ」
「それに『なんでも一つ言うことを聞く』ってのもね!」
「えっ!?」

――チュッ。

 昨晩と同じように彼女は俺にキスをすると、次の瞬間には洞窟の方へ向かって一直線に飛んでいってしまった。
 俺はそっと彼女が触れた唇に手をあてる。
 ほのかに熱を帯びているのは、彼女が残したぬくもりか、それとも……。
 
「すまねえな、クリスティナ。男ってやつはよぉ。『英雄』を夢見ちまうもんなだよ。だから『絶望』に立ち向かっていってしまうもんさ。たとえ『嘘』をついてもな……」

 このとき俺は『死』を覚悟していた。
 それでも大切なものを守れるなら、それでもいいと思っていたんだ……。
 


 

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