勘が鋭いといろいろと困るな

文字数 2,849文字

◇◇

 カイサと二人きりになり、周囲から人の気配が消えると、意外にも彼女の方から切り出してきた。
 
「クリスティナの父親……つまり、わしの息子の行方の手掛かりはつかめたのかい?」

 いつになく重い口調に、彼女が自分の息子のことをどれだけ心配しているのかが、よく伝わってくる。
 俺は静かに首を横に振った。
 その様子を見たカイサは、はぁと大きなため息をつくと、ゆっくりと続けた。
 
「……息子フレイが姿を消してから、もうかれこれ五年もたつ」
「どうしてこんな良い村を出ていっちまったんだい?」
「あれの嫁が重い病にかかってしまってのう」
「クリスティナの母親ってことか?」
「うむ……まだ心臓は動いているのだがのう。いかんせん何をしても目を覚まさんのじゃ」

 いきなり聞かされた重い話に言葉を失ってしまった。
 もちろんクリスティナの口からそんな事実が出たことはないし、明るい村人たちの様子からしても気付かなかった。
 思わず視線を落とした俺に対して、彼女は続けた。
 
「この村には昔から一つの言い伝えがあってのう。『なんでも病を治す水が湧く泉がこの島にはある』とな」
「つまりその泉を探しに、クリスティナの親父は村を出ていった……と」

 彼女は言葉で答える代わりに、コクリとうなずいた。
 
「はぁ……そんな大事なこと……もっと早く言ってくれよな」
「どういうことじゃ?」

 彼女の問いに顔を上げると、自分の胸を叩いた。
 
「まがいなりにも俺は冒険者なんだ。困ってる人を助けるために探検するってのが、『規則』ってもんさ」

 俺がニヤリと口角を上げると、カーサは目を丸くした。
 
「見ず知らずのお主に迷惑などかけられん」
「見ず知らずの俺に、こんなにも良くしてくれてるじゃねえか。今さら水くせえことをおっしゃってくれるな。それによぉ」
「それに?」

 そこで言葉を切ったあと、ぐっと腹に力を込めて言った。
 
「なによりクリスティナが喜ぶ姿が見てえのさ」

 その答えに、ようやくカーサの表情も和らいだ。
 そして次に『成功報酬』について、交渉をもちかけたのだった。
 
「もしその泉と親父さんを見つけたら、クリスティナは『とびきりの笑顔』を見せてくれるかね?」
「ああ、そりゃあ大喜びして、満開の花のような笑顔になるじゃろうて」
「そうか。なら『成功報酬』は、クリスティナのとびきり笑顔だ。それでいいか?」

 笑顔で右手をカーサに差し出すと、彼女は小さな両手で俺の人差し指を握った。
 気付けば彼女の両目からは、大粒の涙が流れ落ちている。
 
「これで契約完了だ。あんまり泣いてくれるな。俺は女の涙に慣れてねえんだよ」
「かかか……こんなわしでも『女』と言ってくれるのかい」
「当たりめえだろ。いくら年取っても、男は男だし女は女だ」

 そう告げると、腰にかけていた手拭を彼女の手元に、ふわりとかけたのだった。
 
◇◇

 少し早い夕食を済ませた後、先日寝泊まりした『わら』のベッドに横になった。
 外はまだ明るいが、これまでの旅の疲れがどっと出たのか、すぐに強い眠気に襲われた。
 熟睡する寸前の不思議な浮遊感に包まれる中、まぶたを閉じて真っ暗な景色の中に現れたのは、ギルドの受付嬢カタリーナだった。

――二つ以上のクエストを同時に受注したら『規則違反』ですよ。

 すごくリアリティのある夢だが、現実だとしても今の俺の状態を知ったら、絶対に彼女はそう言ってきたはずだ。
 
 もっとも今さらどんなペナルティを食っても、これ以上落ちるランクもねえんだ。

――堪忍してくれや。男にはどうしても引けない時ってのがあるもんなんだよ。

 そんな風に、心の中に現れた無表情のカタリーナに頭を下げた。
 すると彼女に代わって現れたのは、クリスティナだった。
 
 彼女は何も言わずに、ただ俺に微笑みかけている。
 彼女を『幻影』と知りながらも頭を下げた。
 
――すまねえな。勝手に秘密を知っちまって。

 すると彼女は微笑んだまま首を横に振った。
 その姿に、ほっと胸をなでおろすと、さらに深い眠りへと誘われていく。
 
 これでさらに島の探索に力が入りそうだ。
 今日はゆっくりと休んで、また明日一番にここを出よう。
 そう気合いを入れ直して、このまま意識を飛ばしてしまおうと考えたその時だった……。
 
 ふっと、目の前に現れたのは、知らない若い女性……。
 真紅の鎧に、同じ色のマント。背中には大型のドラゴンですら叩きつぶせそうな大剣。
 
 確かに知らない女性だが、彼女の名前だけは知っている。
 『真紅の戦乙女』リーサ・ルーベンソン。
 実際には会ったことも、見かけたことすらもない彼女が、どうして俺みたいな『落ちこぼれ』の前に姿を現したのだろうか……。
 
――まあ、夢の中だしな。そんなこともあるだろうよ。

 ひどく冷めた答えを出した俺だったが、目の前のリーサは険しい表情で俺に向かって叫んだ。
 
 
――逃げて! そして、今すぐに助けを呼んで!!


 と――
 
 
――ガバッ!!

 自分でも驚くほどに素早い動作で跳ね起きると、疾風のように走り始めていた。
 通り過ぎるカイサや村人たちが目を丸くして声をかけてきたが、彼らに返事もせずにとにかく前へと駆けていく。
 
「待って! なにがあったの!?」

 と、背中からクリスティナが叫ぶ声が耳に届いてきたが、彼女はおろかポチにさえ気を配っている余裕がなかったのである。
 
 ここまで俺を動かす原動力になったのは『勘』だった。
 『逃げ足』だけは速い俺だからこそ働く『勘』。
 それは誰よりも早く、危険を察知する能力だ。
 
 なにかとてつもない『脅威』が迫っている――
 
 そんな恐怖にかられた俺は、森の中ではなく、もっと見晴らしのいい場所で、自分の『勘』が正しいものなのか確かめたかった。
 
 そしてようやく森を出た。
 その瞬間、目に入ってきた光景に思わずつぶやいてしまった。
 
「まだ夢の中ってなら、もうそろそろ覚めてくれてもいいんだぜ……」

 それは灰色の雲の間から、一筋の光がペルガメント山にさしこんでいる光景だ。
 だがそれだけなら、こんなに額に脂汗が浮かぶはずもない。
 その光に包まれていたのは……。
 
 漆黒の龍……。
 
 今まで見たこともないほどに巨大な龍が、羽をたたんだまま山頂へとゆっくり下降していたのだった――
 
「なにあれ? ねえ、フィト! あれはなんなのよ!?」

 気付くと隣にクリスティナの姿がある。
 彼女もまた目にした光景がにわかに信じられないようだ。
 
 俺はかすかに残された理性を働かせて、タブレットを龍へと向けた。
 
――カシャッ!

 と、その姿を写真に収めると、画面の『受話器』ボタンを押していたのだった――
 
 

 

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