第2話

文字数 2,175文字

また、そわそわした時間を過ごすのか。押したエンターキーからなかなか指を離せなかったのは、別に返事待ってる訳じゃないし……という誰に向けたかわからない強がり。

「拓也ー!!」ポンッとモニターに母さんの姿が映る。
「なに?母さん」そっけなく答える。
「夕飯、一緒に食べない?」
「あぁ、構わないよ、ちょっと待ってて」
冷凍庫から適当なお弁当セットを取り出す。電子レンジにかける。
僕が産まれる前は各家庭で食材を買ってきて調理するのが主流で、冷凍食品やカップ麺などは手ぬきとして嫌われていたらしい。
それで、母は今でも時々「手づくりの物を食べさせてあげられなくてごめんね」と僕に謝ってくる。だけど、衛生面から見てナンセンスだと思うよ?手作りじゃないとダメな理由ってなんなの?運送コストを見ても冷凍食品やインスタントが劣る理由がわからないよ。
そう素直に答えた。母はただ複雑な顔をしただけだった。
どうやら生きてきた価値観というのは、そう簡単に変えられるものではないらしい。

湯気のたつパックをもってモニターの母と対面に座る。
「拓也、今日はなに食べるの?」
「ん?適当……わぁ……」
思わずゲンナリした声を出してしまう。
さばの味噌煮と五穀米、ほうれん草のおひたし、卵焼き、きんぴらごぼうのセット。
「メインが苦手なものに当たると、どうしていいか分からないよね」
母さんにセットが見えるように持ち上げて見せながら言う。
「母さんのと交換してあげようか?」
見ると母さんのはハンバーグだった。美味しそうだ。
「いや、どうやって交換するんだよ!」
僕がそうツッコむと、母さんはなにか言いたげな顔をして口を閉じ、
「モニターが汁だらけになるわね!」そう言って笑った。

「そういえば今日、外への扉が空いたログが残ってるけど、どっか行ったの?」
母さんの問いかけにどう答えようか迷ったのち、
「雪降ったじゃん?見てみたいと思って」
嘘じゃないけど本当でもない答えを返す。
「あら。拓也、天気に興味持つなんて珍しいのね」嬉そうに母さんが言う。
「いや、母さんみたいにラジオで聞いた情報で天気図書くみたいな、そんなことはしないよ?」
趣味に誘われる前に予防線をはる。
「なんだぁ、残念。どうして桜の季節に雪になったのか講義してあげようと思ってたのに」
心底残念そうな声をあげる母さん。天気図なんて、ただのデータをアナログで作る面白さは僕にはわからない。
(写真まで撮ってくださったのがうれしいです)
ふと春子さんのメール内容が思い出される。写真の出来じゃなくて行動を評価した彼女なら母さんのいってることもわかるのだろうか?
食事が終わり、すぐにでも返事をチェックしたい衝動に駆られた。
しかし、来てなかった場合のあの落ち着かない気持ちをまた味わうのだ。返信が届くまで。それが嫌だったのでそのままベッドに倒れこむ。

「友達ロボット、電気消して、明日は7時に起こして」
電気が消えたのを確認してそのまま眠った。

「おはよう。7時だよ。ニュースを持ってきたよ」
友達ロボットが僕に声をかける。あと5分……。
「本日の連絡件数は12件です差出人は……」
ガバッ!と体を起こす。2桁!?こんな時間に?何か仕事のミスだろうか?仕様の変更?急ぎの追加の仕事?どれにしてもろくなことじゃない。

「読み上げて」
着替えながら友達ロボットに頼む。
「1件目、株式会社 ○○様より。
先日の取引ありがとうございました……」
半分までは予想通り仕事の依頼。
「7件目、春子様より……」
「スキップ」
その名前を聞いたときに反射的にそう言っていた。この返信はしっかり時間がとれるときに読みたい。

予定表にメールの内容を反映させるとそのままキッチンに向かう。
シリアルにヨーグルトをかけ、音楽をかける。
トントントン指でリズムをとりながら、見てもない春子さんへの返信を考える。

「おはよう」
モニターがついて父さんが写し出される。
シリアルの入った皿をもって移動し、挨拶する。
「よく眠れたかい?」
よれてるスーツを着た父親が言う。
「あぁ、父さんは残業明け?」
着替えておいでよ。と付け足す。
「これはうっかり、ちょっと着替えてくるね」
自分の服装を見て、父親が着替えに画面の外に出る。最近こういうことが時々ある。
「やぁ、またせたね」
お疲れ様、適度に休んでね。言葉にするのは照れ臭くて「ん」とだけ返事をする。
お互い無言で食事をする。父親の方はコーヒーとパン。
おしゃべりな母親と違って父親はあまりしゃべらない。
母さんとの食事も楽しいけど、僕は父さんと黙々と食べる食事の時間が好きだ。
手を合わせてご馳走さまをする。
父が「今日もよい一日を!」と手を振りスイッチを切る。

残しておいた連絡を読もうとパソコンの前に座った時。
「速報。」
友達ロボットが言う。写し出された内容は
「ライフライン完全オート化」
あれ?まだオートできてなかったんだっけ?詳細を読む。
電気、ガス、水道の修繕をロボットができるようになったらしい。
直接これらの修繕を担っていた人々はこれからは「修繕ロボットの維持」が仕事になると。これで「現場仕事」はすべて消えたことになるとニュースは締めくくった。
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