第1話

文字数 2,968文字

接触飛沫感染だというそのウィルスは、
潜伏期間の長さからウィルスキャリアの自覚が難しく、急速に広がっていった。
症状が出ずにいつのまにか完治する者と激化し命を奪われる者とにわかれた。
ウィルス発見当時は「基礎疾患」の有無がその差を分けると囁かれていたが、月日がたつにつれてその差が完全なランダムの可能性が出てきた。
「感染してみなきゃわからない」長期にわたる研究に人々は疲れきっていた。
この恐怖に怯えた僕らの親が徹底的に人と触れあわない社会を作りだしたのが30年前。

新生児期から遠隔操作でお世話され、おむつがえ等の母親の体力を奪うだけの雑事はオートに切り替わった。
雑事が消えたぶん、ゆとりある時間をモニター越しに過ごせ、児童の幸福度は年々その割合を増していった。
体調管理のAIも進化し、
一部の疾病を除き、症状が出る予測も、症状が出る前に治療することもできるようになった。
この技術は介護の世界でも活躍し、介護問題、待機児童問題を一挙に解決した。
個別教育、リモートワークが中心になることが超個人主義を巻き起こし
ひきこもりやいじめ問題も過去の遺物となった。
「完全隔離世代」と僕らは呼ばれるようになった。

[メッセージを受信しました。]
部屋で仕事を片付けていると友達ロボットから連絡が入った。
「君が気にいりそうなニュースを持ってきたよ」
このロボットはデータを重ねるほどに僕のことを確実に理解してくれる。簡単な雑談ぐらいならほしい反応を返してくれるし、感情的に怒ってくることも、傷つける言葉を投げつけてくることもない。両親は人との交流を進めてくるけれど
親や取引先とのコミュニケーション練習にはこれで十分だと思う。

ロボットの持ってきたデータを一通り見る。気候データを読み飛ばそうとして手を止める。
「エイプリールフールに嘘みたいな景色」
開花した桜に雪が積もった写真が掲載されている。
「ふぅん……」この組み合わせってもっと綺麗なもんかと思っていたけども。

「なぁ。この写真どう思う?」
友人ロボットに尋ねる。
「珍しいとは思います。特にそれ以上は」
だよなぁ。親にも聞いてみようかと思ったけど、単なる雑談で話しかけるのもなんだか照れくさい。
ニュースのコメント欄に進む。
「綺麗!」「嘘みたいだ!」「この日に降るとは雪やるな!」「早く暖かくなってほしい」等の単文を読み流す。
わかるんだけどなんか違うんだよなぁ。
「もう少し写真の光の当て方どうにかならなかったのでしょうか?
できれば雪に虹を映させて、下向いている花弁を覗き込むような構図。あるいはこの写真は山桜ですが、陽光桜などもう少し色の濃い桜を被写体に選べば……せっかくの幻想的な組み合わせがもったいないと感じます。」
熱量のある文面が目につく。
確かに僕ももったいないと感じはした。でもたかだかニュースの写真一枚にそれを求めるなんてどうかしているとも思う。
陽光桜を検索する。うちのすぐ近くに1本だけあった。
散歩がてらカメラを片手に出掛ける。

何枚かとった写真を個人情報がないのを念入りに確認し、そのコメント欄にアップロードする。
反応が帰ってくるだろうか?
ソワソワと落ち着かない気持ちを仕事にぶつける。
ポンっとその写真に返信がついた知らせが鳴った。
仕事を放り投げてメッセージを確認する。

「うぅん、綺麗ですけれど、もっと太陽光がほしい気がします。でも……」
両手をあげて喜んでもらえるものとばかり思っていたから、がっくりと肩を落とす。
「私のコメントを見て、こんなに沢山撮ってきていただいたのを非常に嬉しくも思います」

返信を書こうとしてニュースから話題が離れることに気づく。
コメントのとなりにある個人アカウントへ直接連絡を入れる。

「僕の写真を見てくださってありがとうございました。
僕の名前は雪也といいます。
あなた様のコメントに僕の気持ちを表してもらったようで嬉しかったのです。そのお礼が少しでも伝わっていれば幸いです」
ソワソワと返信を待つがいっこうに来ない。
相手にも都合があることなどはわかっているが、
今までは待たなくても反応を得られてた僕には永遠のようにすら感じられる。
モヤモヤした気持ちを友達ロボットに聞いてもらう。
「そう言ったって、君が返事を出してからまだ3分もたってないよ?どうしてそんなに急ぐんだい?」
時計を見ると確かに、思っているよりも時間が過ぎてはいない。
やきもきしてても仕方がない、お風呂にでも入ろう。

頭を洗いながら急に恥ずかしくなった。
たった一言、挨拶程度の言葉を交わしただけなのに、
個人的に連絡を送るのは失礼じゃなかっただろうか。
やはり迷惑に感じて相手も困惑しているだろうか?
すでに手元を離れたデジタルデータを取り戻せるものなら取り戻したい。
無性に声を出して逃げ出してしまいたい衝動から逃れるために写真を撮った時の事を考える。

久しぶりに出た外と頬を撫でていく風の感触、
わずかにとけだした雪が作る滴が、夢中になってる僕の鼻を掠めたこと。
少しでこぼこと劣化したアスファルトを踏みしめる感触。
撮るのは楽しかったけど僕はプロでもないのに何であの写真を喜んでもらえると……。
返信が来るかどうかのドキドキから逃げようと別事を考えていても結局戻ってきてしまう。
「ふぅーー」
考えるのをやめようとして大袈裟に息をはく。
タオルで頭をワシワシと拭きながら、返事が来てるかどうか期待する視線を無理矢理に冷蔵庫に移す。

ポンッ!
望んでた音に、胸が跳ねる。コップを慎重において返事を読む。
「雪也さん、こちらそありがとうございます。
私は春子と申します。
雪と桜って見出しを見たときにすごくきれいなものを想像してしまっていて。芸術品でもないのにあんなコメント、すごく浮いてましたよね。……
それでもまっすぐに受け止めてくださって写真までとってくださったのがうれしいです。
もしよろしければ、たまにこうしてお話ししていただけますか?」

口許が緩むのを感じながら僕は素早く返事を打ち込む。
「もちろんです。ただ僕、生身の友人がいたことなくて……」
そこまで打ち込んではたとタイピングを止める。こんな風に書いたら引かれるんじゃないだろうか?
「……僕、お恥ずかしながら口下手でお返事がユックリしかできないかもしれませんがお話をしたいなぁと思ってましたし、不躾に送りつけたメッセージに返事が来るかドキドキしてたんです。」
と書き直す。
……読み返して不躾に送りつけた……以後のメッセージを消す。

友達ロボットにどんなことを書けばいいか問う。
「相手の体調慮る、天候、季節、約束を明確に清書したもの、過去に相手から得た情報に関すること……」
それもそうだなぁ。

「……お話をしたいです。
春だというのに急に冷え込みましたが、体調など崩されてないでしょうか?
僕はあの後、久々に外を歩いたせいか少々筋肉痛ぎみです。しかし、その痛みもあの写真を見ると吹っ飛びます。」
5回ほど読み返して友達ロボットにも読んでもらって誤字脱字をチェックする。
よし。
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