第3話

文字数 2,916文字

「筋肉痛とのこと、なんだか申し訳ないです。お風呂でゆっくりマッサージすると痛みが和らぐときいたことがあります。もしよければ。
写真……そうですね。私もあれを見ると私は、私のままで表現していいんだ、って気持ちになって心強いです。

あぁ、お風呂で思い出したんですけれど入浴剤を入れられたりしますか?
私、入浴剤が好きでいろいろ試すんですけど先日、「春子」って入浴剤を見つけて思わず買っちゃいました。自分の名前の入浴剤ってなんだか専用品!って感じで気持ちが踊ります。

体調はですね……先日、解熱鎮痛剤を体調管理AIから処方されました。
症状がないのにお薬を飲む感覚になかなか慣れません。
でも、この技術のお陰で仕事に穴開けなくて済むのでありがたい限りです。

あ!私ばかり話しててすみません。
えぇっと、雪也さんの好きなことってなんですか?」

よりにもよってピンポイントで苦手な質問を向けてこられた。このまま返事を先送りにしておしまいにしてしまいたい気持ちになる。
学生の頃にもさんざん聞かれた「好きなものはなんですか?」
相手の求める範囲外のことを答えると途端に「ふぅん」としらける場。
特に自己紹介の1番目なんて苦行だ。
今だって、入浴剤の話の良さが僕にはわからない。それに、物心ついた頃から症状が出る前に薬を飲む習慣の僕はそれに慣れないといわれても共感のしようもない。
ただ、僕の写真を評価してくれた部分と体調を慮る発言にだけは答えねば失礼だろう。

「共感できない話を当たり障りなく反応するには?」
友達ロボットにたずねる。
「もう少し具体的にお尋ねください」
そう帰ってきた。まぁ、そんなマニュアルがあったとして。そのマニュアルが周知されていたなら、それはもう当たり障りあることになってしまう。

「お風呂ですか、僕はシャワーで済ませてしまうことが多いので盲点でした。」
とりあえずは、事実を書く。
「今日はお風呂に入ってみることにします、ありがとうございます。」
これは礼儀的につけても問題ないはずだ。
「お写真が、お力になれてるのを聞いてさらに嬉しくなりました。」
いい調子だ、ここまではなにも問題ないはず。そこから先が書けなくて一度入力画面を最小化する。

ウェブショッピングに繋いで「雪也」とかかれた入浴剤がないのか検索する。
「ないか……お??」入浴剤の代わりに雪也とかかれたお酒のページにたどり着く。
「日本酒か……」飲んだことはないが……とポチりと注文してみる。
春子さんへのメールに「話を聞いて雪也という日本酒を買ってみた」旨を書き添えて返信ボタンを押した。

「いや、これはまずった。どうしよ」
雪也という名の日本酒が届き、栓を開けてみる。
嫌いな匂いじゃないけれど、これを飲むか?と聞かれると遠慮したい。
それでも、一応飲み物だし、飲みもせずに捨てるわけにもいかない。
試しにぐいっとおちょこ一杯だけ飲んでみた。後味がなんとも言えず気持ち悪い。日本酒が通った喉から胃、全身がポッと温かくなったのはお酒の効果なんだろう。でもこんなすぐに効果出るものなのか?
「友達ロボット、飲めない日本酒活用検索して」
検索結果にざっと目を通す。
「あー、料理ねぇ……はいはい」
米だの、煮魚だの、煮物だのを作るのに良いと書かれていた。料理、自分がつくって食べる分には禁止されていないし、親しい間柄なら衛生面に気を付けて提供もしても良い。
ただ、それによって食中毒になったときが困ったことになる。体調管理システムによって、ハッキリと○月×日の●時に食べた食事による体調不良って表示されるのだ。アレルギーの場合はその原因物質も表示される。
システムに慣れない頃はこの表示で喧嘩する人も多かったらしい。
[後は、入浴剤にもなるらしい]
友達ロボットがそう言いった。
「それにしよう」
元々は入浴剤の延長で探したのだったと思いだして、ロボットにそう応えた。

[メールが3件、お母様からの着信が2件、新着ニュースもあります]
友達ロボットの報告を受ける。
「母さんに連絡して」
「拓也、元気ー?」
妙にハイテンションの母親が顔の横で手をヒラヒラと振る。
「なに、母さん?」
頭がふわふわする。あんな少量でもけっこうくるものがあるな。
「あれ?あんた顔赤いけどどうした?」
「ちょっと、味見しただけ」
370ミリリットルの雪也と書かれた瓶を顔の横につけて見せる。
「日本酒じゃない。好きだっけ?」
驚いた顔でそう言われた。
「別に、気が向いたから。それで?何か用なの?」
理由を説明するのが面倒でそっけなくそう答えた。
「あぁ!そうそう!あのね!今朝のニュース見た?゛関係性による連絡回数の上限変更゛ってやつ」
「あぁ、なんだっけ。親密度が上がると人との接触リスクが上がるからってやつだっけ?」
学生の頃に習ったことを思い出して言う。
「そうそう。で、これまで親子間は無制限だったじゃない?それが、子が成人している場合には週3回程度までに留めるようにって話になったの」
「別に母さんと話すのってそれより少ないくらいだよね?」
とくに自分の生活に不都合はないなと思いながら返事した。
「まぁね。そこは良いんだけど恋人とか友人とかそういう関係の場合、上限が一気に少なくなったとかで、ニュースで騒いでるから」
「……へぇ」
ご苦労なことだ。連絡上限が気になるほど他の人は連絡取り合っているのか。
「拓也も、念のためにニュース見ときなさいよ?」
「分かったよ」
仕事で出ても恥をかかない程度には知っておこう。
「そして、もうそろそろ夏になるんだから布団や衣類の入れ換えするのよ?」
「まだ4月なったばかりだよ」
視界の端にうつる冬グッズを見ないようにして答えた。
「そんなこと言ってるとあっという間に5月、6月過ぎちゃうんだから。ギリギリになって準備しようと思っても好みの物は売り切れてたりするのよ?」
「はいはい、あっ。じゃあ、ニュース見るから、またね」
小言が始まる気配を察知して通信を切った。

「関係性による連絡頻度の上限変更、検索して」
友達ロボットにそう言い、表示された表を眺める。

親子間……未成年の場合は上限なし。成人の場合は週3回程度が望ましい。
仕事関係……就業時間内は上限なし。就業時間を越えての連絡は週1以下が望ましい。
友人関係……未成年者の場合は夜22時までは無制限。成人の場合は週2以下に抑えるのが望ましい。年の差がある場合は低い方の基準に沿う。
恋人……就業時間外は上限なし。双方あるいは片方が未成年の場合、22時以降の連絡は差し控える。
限定関係……永続的なものでなく、ある目的等が終われば関係性が消滅するものについては往復20回程度が望ましい。

「ふぅん」
先程飲んだ酒のせいだろうか、なんだかモヤモヤする。
「連絡頻度の上限変更、口コミ検索」
友達ロボットにそう言ったところで、自分がまだ朝食をとっていないことに気づいた。
検索結果を見るのを後回しにして、朝食のシリアルを準備しに席を立った。
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