第7話

文字数 2,067文字

春子はバイクの留め具をはずすと
「後ろにのってくれますか?」
と座席を指差した。拓也は恐る恐るバイクに乗る。太ももの内側に金属のひんやりした感触がした。ドキドキしながら辺りを見回す。何も変わっていないはずの景色が輝いて見えた。
「これ、足、ここにのせたら良いですか?」
拓也が確認すると、春子は右手の人差し指と親指で丸をつくって大丈夫と言った。
「……さてと、行きますか」
髪を邪魔にならないように束ね、ヘルメットを被った春子がバイクにまたがる。キーを回してエンジンをかけた。
「はい!」
拓也は自分が座っている座席の少し前の出っ張りを握って答える。
「ここ」
そんな拓也の手を春子がとって自らの腰に回す。手のひらに伝わる春子の腰のラインにどぎまぎしながら、前へ習えの格好で腕を伸ばしたまま両手で掴まる。
「大丈夫です」
「……えっとね、こう!!」
そんな拓也の腕を焦れたようにつかんで引き寄せる。拓也の胸が春子さんの背中にくっつき、甘い香りが鼻腔をくすぐった。後ろから抱き締めるような格好に心臓がドキドキする。春子さんにこの鼓動が伝わってしまわないように少し胸の辺りを離した。
「重心なるべく私の方へギュッともっててくださいね」
春子はそういうとバイクを発進させた。
急に後ろに引っ張られるようにかかった力に拓也は慌てて春子にしがみつく。面白がっているように春子が笑ったのがしがみついた腕から伝わってきた。

「見てください」
しばらく走って、たどり着いた景色に拓也は目を疑った。
劣化したアスファルトの割れ目から雑草が生えている。
古びたビルやコンビニの入り口のガラスが曇っている様子から随分と人がここで活動していないのがわかった。何か商品でも残っているかと好奇心でコンビニのなかを覗きこんだが、空っぽな商品棚がただ並ぶだけ。
「これは?」
拓也がふりかえって、春子に説明を求めた。
「今、この国は直径47㎞の範囲だけで人が生活しているの」
「だって、そんなはずは……」
総人口は何人だっただろうか?たったの47㎞程度の土地で収まるとはとても思えなかった。
「最初はね、1人につきワンルームって提案から始まりました。それまで家族の人数に合わせて家の間取りを変えるのが主流だったんですけれど……」
その提案は歴史で習った。家族単位での感染リスクを避けるため、国民1人につき1ルームを格安提供するというもの。拓也の住んでいるところがまさしくそうだった。
「居住費が安くなる上に余った土地を売りに出せれば手持ちの財産も増えますよね。当時の経済不安も後押しして1人また1人と提案に乗りました。もちろん私の親も例外ではありません」
「今考えると、密を避けようと言ってるのに同じ建物に集合するってなんか変ですよね」
拓也が言う。春子が大きく頷いてそれを肯定する。
「そうですよね。ただ、当時は人が集まって過ごすことで得られるメリットが大きく感じられました。宅配の範囲が狭まることで宅配料金は下がり、、整備、管理するべき公共物が減り、ライフラインの割引があったりだとか……」
春子さんがあげていくメリットを拓也が続ける。
「仕事にしろ、娯楽にしろ、人が集まっている場所の方が栄えますし」
「そう、反対する人ももちろんいました。居住を移すことは強制ではなかったんです。けれども、数年もたつと生活の利便性の格差が明らかになっていきましてね。最終的には国民全体が1人1ルームを受け入れたのです」
「それだけじゃ、47㎞の範囲に収まる程度まで人口がへる理由にはなりませんよね?」
拓也は疑っていることを隠さずに尋ねた。
「隔離に関係する提案が出始める前から元々、出生率が下がっていたのは知っていますか?」
春子の問いに拓也は黙ってうなずいた。それを確認した春子さんは言葉を続ける。
「拓也さん、子供、ほしいですか?」
「はっ?何を突然……考えたこともなかったです」
友達さえいないのに、もっとめんどくさそうな恋人を作ろうとは思わなかった。恋人がいないのに子供がほしいかどうかなど、考える必要もなかった。
「そうでしょう?みんなそうなんです」
春子さんは頷いて息を吐いた。続ける言葉を迷うように視線を動かしている。拓也をじっと見つめて様子を伺っているようだ。
「みんなってことはないでしょう。誰かは子供がほしいと考えてもおかしくない」
「そう、誰かが産むだろうと、誰もが思っていたんです。その結果、25年前から出生率はずっと0を記録し続けています」

2人の目の前を小型ロボットが通りすぎた。
そのロボットは2人に目もくれず淡々と建物の様子をチェックしていく。

「あのロボット、何しているんでしょう?」
拓也が聞いた。
「倒壊の危険がないか調べてるんでしょうね。一定基準を越えたら建物の持ち主に解体のお願い連絡がいくはずです。周辺住民への危険配慮って名目で」
春子はそう答え、
「周辺住民なんてどこにいるんでしょうね」
そう言って辺りを見回して見せた。
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