第8話

文字数 2,116文字

続く言葉を待ったが春子は何も言わず、拓也は何も言えなかった。建物の状態をチェックしているロボットのタイヤが動く音だけを2人で聞く。その静寂に耐えかねて拓也が口を開いた。
「でも、まだ、ニュースのコメント欄とか賑わっていますよ」
もっとまだ、人口はたくさんいるはずだとの思いを込めてそう言葉にする。他に人が活動していることを表すのにコメント欄しか根拠に出せないのをもどかしく思いながら。
「半数以上がロボットなのよ」
春子は悲しそうに目を伏せ首を振った。
「なぜわかるんですか?」
思い出してみる限り、コメント欄で変なやり取りを見かけたことはない。
「発信情報元を見てみればわかるわ。今やロボットで情報を管理するのは珍しくないし、サイト運営側もそれを隠してないですから」
どきりとした。発信情報元なんて気にしたことがなかった。ただ発言の内容だけを切り取って読んで、わかった気になっていた。せいぜい情報を複数のサイトでチェックして間違っていないかチェックするくらいで……実を言うとそれすらも、違和感のない情報は怠っている。

「春子さんは、なんでこれを僕に見せたんですか?」
拓也は尋ねる。これから人口を増やすために、立ち上がるのを協力してくれとでも言うのだろうか?しかし返ってきた言葉は、そんな話ではなかった。
「独りで、この現状を抱えるのが辛かったから、誰かに聞いてほしかっただけなんです。」
すまなさそうに春子が言う。
「私だって、子供がほしい……とは思わないままでここまで来ましたから。正直、この今目の前に広がる光景を寂しいとは思うけれどじゃあ、人類という種がこの先も生存し続けるために子供を産みたいか?と聞かれても困ってしまいます」
「なんで僕なんですか?」
拓也は、他にも友達がいそうなものなのにという言葉をのみこんだ。
「写真がね、嬉しくて。拓也さんなら私の気持ちに共感してくれるんじゃないかと期待してしまったんです」
風邪が吹き抜けて腰まである春子の髪が流れるようにさらりとその風にのった。
「今さら、ドラマか何かのように昔に戻る手立ても思い付かないですし」
春子さんは迷うように言葉を重ねていく。
「寂しくはあるけれどまぁいいかなって。今の技術のお陰で、人と人は支え合わなくても生きられるようになりました」
拓也が思うままに春子に伝える。
「でも、やっぱりなにか、寂しいというか、本当にこれで良かったんだろうかという気持ちになりますね」
春子はうなずいてそしてまた2人で誰もいない街を見た。道をロボットだけが歩く様子を夕日が照らしていた。
「暗くなる前に帰りましょうか」
春子はそういってヘルメットを拓也に渡した。
前へ前へと進むバイク。風を切る感覚が拓也と春子が感じていた寂しさを少しずつ剥がしていく。

「今日はありがとうございました」
2人の自宅の前で春子がそういって手を振った。
「こちらこそ、貴重な体験をありがとうございました」
では、また……とうっかり言いかけて自分がいつまで生きられるかわからないのを思い出す。あの場所に置いてきたはずの胸を締め付けられるような思いがよみがえった。僕が居なくなると知ったら。春子さんは僕が初めてあの街を見たときのような気持ちになるだろうか。

拓也は次回の約束がでないうちに手を振って自分の部屋に向かった。

「キミ、おかえり」
友達ロボットが拓也を出迎えてくれた。拓也は初めてロボットを抱き締めた。春子さんとは違うその固いボディに涙がでた。
「母さんに連絡して」
産まれてから画面越しに会うのが当たり前で、疑いもしなかった。
「どうしたの?」
当たり前のように写し出される母親に向かって拓也は、
「画面越しじゃなくて、一緒に食事がしたい」
と頼んだ。
「……分かったわ。今夜ね」
母親はなにか覚悟を決めたようにうなずいた。
父親にも連絡してみたが繋がらなかった。

母親の部屋の前で呼吸を整える。自分の親に会うのに緊張するなんておかしい気もする。画面越しにずっと話してきたのに。
ドアが開いて母親が拓也を手招きした。
「どうぞ」
聞きなれた声より少し高い声だ。母親も緊張しているのだろうか。拓也はそう思いながら自分の母親を観察する。
映像では分からなかった細かな目尻や口許のシワ、想像していたよりも小さな身長。どこか安心するような例えようのない匂い。くるりときびすを返した母親の髪に白髪をいくつか見つけた。
立ち止まったままの拓也に
「さっ、上がっておいで」
もう一度、自分の後をついてくるようにと母親が促した。

中にはいって部屋をぐるりと見回す。簡素な調理ができる一口コンロ、電子レンジ、ユニットバスにベッドとモニターつきの食卓机、作業机にラジオと書きかけの天気図がおいてある。
「シンプルな部屋だね」
辺りを見回して拓也が漏らした感想に母親が、
「拓也だって似たようなものでしょう?」
と言った。
「まぁ、大体のものはバーチャル上で事足りるからそれもそうだよね」
そう納得する拓也に母親が椅子を勧める。
「ありがとう」
拓也は椅子に腰掛け何からはなそうかと考える。
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