第10話

文字数 1,787文字

「何から話せばいいのか……まずこの病気は痛みや行動制限はない。他者に移す心配も、……まず、ない」
父親は一度言葉を切り言葉を選ぶようにつづけた。
「自分の子供以外には。発症確率は五分(ごぶ)
申し訳なさそうな、しかしそれを口にしたことでどこか肩の荷が下りたような表情で、父親は拓也をじっと見つめた。録画だからこちらが見えていないのを知りつつ、見つめ返す。
「主な症状は見た目の変化。数ヵ月から数年かけて肌の色が変化して……まぁいろんなところがガタが来る」
拓也を気遣っての事だろう、父親はそう簡素にまとめた。

「それでな拓也、私が撮るのが遅かったせいで気づいてると思うが……」
ため息をついて視線が拓也から外れる。
「うん、気付いてる」
届かない言葉をそれでも拓也は呟いた。

「今や便利な時代だろう?あぁ、この判断をした私を拓也はどう評価するのか恐いよ」
なかなか切り出さない、父親。もうすでに拓也にはその意味することがわかっているのに、何を躊躇うんだろうか。
「……幾つかの動画を撮ったんだ。データの保存場所は」
父親の言葉を拓也は素早くメモした。
データの保存場所を言い終わったあとしばらく、父親は口を開かなかった。

次に父親が口を開いたのは、たっぷり10分は経ったかという頃。実際は2分程度だったが、人の言葉をただ待つというのはこんなにも長く感じるものかと驚く。

「出来ることなら、拓也が私の年齢を追い越しても、ずっと拓也のなかで生きていたかった」
震える声でそう言った父親の目が涙で光る。
「いや、拓也が傷付くであろう事実を見せたくなかった。それでも、今この動画で言うのなら、私はただ親に欺かれていたと言う苦しみを追加しただけかもしれない」
次々に父親の心情が述べられるのを拓也は黙って聞く。
「私が最後に拓也と食事をしたのは拓也が28歳の夏だ」
1年と少しか、拓也は思った。そして、この映像は録画。父の死が知らぬ間に起きてそのまま時間が流れていた。拓也は何処か他人事のように情報を整理する。
それから父親は、拓也との思出話を始めた。自分の記憶にない事まで覚えている父親に驚くとともに大事にされていたんだと、ごく自然にその思いが沸き起こる。

「バイクの免許とるか」
録画を見終わって整理がつかない拓也がまず思い付いたことを言葉にする。実のところ、父の死の実感がわかない。いつもなら、゛父の死 感じ方゛とでも検索するのだけれどこれは、そういうアプローチをしても答えの得られない類いのものだ。
バイクで風を切る感覚が図鑑からは得られなかったみたいに。

拓也は母親に連絡を取った。
「はい」
母親がこちらの反応をうかがうような声を出した。
「バイクの免許とって、行きたいところがあるんだけど」
「バイク?」
母親は不思議そうな声をあげた。
「父さんの産まれたところ、どこ?」
続けた拓也の言葉に小さく、そう言うことねと呟いた母親は
「遠いから車にしなさい」
ときっぱりとした声で言った。

2カ月後。
「本当について来るの?」
免許をとったばかりの拓也は、銀色の新車の前で母親に再度聞いた旅行自体は禁じられてないとはいえ、今の隔離社会に沿っている行動とも思えなかった。
「勿論よ!旅は道連れ、世は情け!」
満面の笑顔で母親が答えた手には、旅行鞄。

「雨の日も安心ですね」
銀色の車の反対側からひょっこりと春子さんが顔を出す。
「なんで??」
あの日以来、メールが来ることもメールを送ることもしなかったのに。
「納車なんて珍しいと思って見に来てみれば!」
拓也の顔を見た春子さんの顔がパアッと明るくなる。
「お知り合い?」
不思議そうに拓也を見る母親に答えた。
「僕の友達」
「えっ!?拓也に!?」
「春子と申します」
母親は目を見開き、春子さんはペコリと頭を下げて同じタイミングで発言をした。

「これから、父の故郷にいってみるんです。その、時々連絡してもいいですか?」
春子に向けて拓也が聞く。
「車の乗り心地とか教えてね?」
親指をグッと天に向けて挙げて春子が笑顔で頷いた。

「いってきます」
母親を助手席に乗せて、拓也は春子をバックミラー越しに見た。
「いってらっしゃい」
ヒラヒラと春子さんが手を振るのを見て拓也は自身の口角が上がるのを感じた。
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