第4話

文字数 2,336文字

シリアルを食べ終えてニュースのコメント欄を読む。
「恋人との連絡が仕事時間外のみとか、勤務時間が合わない場合どうしたらいいんだ……俺、恋人いなかったわ」
「仕事時間外でのお誘いが週1より下になるなら有り難い限りだな」
「就業時間以外に今まで誘われてたんだ。お疲れ様。親子間とか大人になったらそうそう連絡しないしな」
「気を付けろ、上司のやつら下手すると僕たち友達だよね?とか言い出すぞ」
「24時間連絡取り合えるとか、ゾッとするわ。というかこういうコメント欄とかどうなるんだろう?」
「1記事につき同一アカウントからの書き込みが10回程度になるんじゃね?往復でだから、単純に半分にしてみただけで根拠ないけど」
「なるほど。というかよく考えたら、この上限に抵触するような生活してなかったわ」
「こんなところに俺がいたとは」
「あれ?俺が2人?」

盛り上がっているところを見ると、皆関心がないわけではないんだなぁと思う。ただ、最後にあったように拓也の生活もこの上限のせいで何かが変わるとも思えなかった。コメントするとしたら、あれ?俺が三人……。なのになんだろう。この不安な気持ちは。

メールを開く、書きかけのメールが目についた。
「お写真って、おってなんだ」
写真の頭文字を消す。
「入浴剤はどうでしたか?僕も雪也って名前の日本酒を見つけて買ってみたんですがこれがなかなか、癖があって飲みにくいんです。入浴剤にでもしてはどうかと友達ロボットから提案してもらいました。
最近なにか楽しいことをしましたか?」
自分の事をカタカタと文章にして打ち込んでみる。
入浴剤の使い心地なんて聞いてどうするんだろうって思いながら文字数のために載せておく。
なにか楽しいことをしましたか?だと、露骨に、俺が楽しい話題を振れ!ってことになるな。なにか心惹かれることがありましたか?これにしておこう。

ふと、 このやり取りが20往復分の1なのか……と思い至った。あるいは遡って数えるとしたら20往復分の5??写真と入浴剤の話で4分の1が過ぎたのか?友人関係になればそんなことは気にしなくていいのではあるけれど。
写真の話をし終わってからもうすでに返信する内容を悩むようなこのやり取りを継続させることに意味はない気がする。丁度いい、20を理由におしまいにしよう。
きっと世の中には他にも義理で連絡を取り合ってる人がいる。そういう人にとって上限は、自分が悪者にならずに使えるいい決まり事だと思う。
「20分の5の内容にしては薄いな」
なにか文章を追加したい……と散々悩んだが思い付かないのでそのまま送信した。まぁ、返信がなければそれはそれで構わないかな。

しかし、上限案が出始めた25年前頃はデモで人がごった返したと言う。今回それよりも厳しい上限に変わったはずなのにざっと見た口コミ内容は肯定的なものばかりだ。たった25年でこんなにも人って変わるものだろうか?
デモまでしていた熱意のあった人々はどこに消えたのだろう。デモ活動は濃厚接触になるぞ、と誰かが言い始めて場がネットに移ったのは知っている。その後はいつの間にか受け入れたとしか記載がないが、想像するに飽きたのだろう。ネットの興味関心の移り変わりは早い。事象に対して異を唱え続けるのは疲れる。まして、「もっと連絡取り合いたい!」などというふんわりした主張から論理的に展開して
「いずれ起きる、濃厚接触のリスク回避」という理屈を覆せるとは到底思えなかった。
「実際に会えない分、ツールによるコミュニケーションを深めていく必要がある。それを規制するとはナンセンスだ」
1番有名なデモ隊長の言葉だ。でもどこを探しても、コミュニケーションを深めていく必要がある根拠は見当たらない。親はこんな風に理屈を展開するのを寂しそうに見るけれど、教えてほしい。
「どの程度仲良くするのが適切なのか?」
人間と言う種は群れで生活する生き物だと習った。その遺伝子は今も残っているんだろう。接触を避けるために急速に発展したのはコミュニケーションツールだったから。じゃあなぜ今、それが制限されても文句がでないか。
昔はスイッチを切れば離脱ができる今と違い、何をするにも同じ場に居続けなければならなかった。だから、誰かの負の感情が他の人に伝播するのを嫌う傾向にあった。
誰だって不愉快な環境に身を置きたくない。そして今や、同じ場に居続ける環境を無理強いされることはないのだ。おかげで穏やかに暮らせているのに、不愉快な環境になるかもしれないリスクをとりたがる理由が、考えるほどにわからなかった。

[キミ、落ち着いて聞いてほしい]
友達ロボットが車輪を転がして近付いてきていった。
[キミ、遺伝性の疾病が発病したみたい]
どこか他人事のように聞こえるトーンで友達ロボットが言った。技術が進歩したとは言え、ロボットなんだから当然と言えば当然である。
「あぁ、そう」
長期治療になるなら仕事を同僚に割り振らなきゃなと考えた。
「完治まではどのくらい?」
ロボットは答えなかった。
「あぁ……」かつてネットで噂になったことがあった。友達ロボットが答えられない時は、その情報が存在しないときだと。人生の残り時間を尋ねれば秒単位でも答えられると聞いたことはあるが……。
「やめとこ」
聞いたところで、何が変わるわけでもないことはしなくて良い。
自分が消えることで仕事が滞らないように引き継ぎだけはしよう。
拓也はそう考えてパソコンに向かい取引先と職場に向けた丁寧な説明、引き継ぎの概要を作成する。
すべての仕事をデータでやり取りしているのでその作業もあっという間に終わってしまう。
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