第5話

文字数 2,064文字

「友達ロボット、なんか面白いのない?」
手持ちぶさたになると、考えるべきじゃないことを考えるから嫌だ。これから何をして生きていくべきか……とか。
[購入して未読の本が小説、漫画、雑誌合わせて39冊、あとで見る予定の動画が3時間分、作りかけのプラモデルが4体……]
友達ロボットが拓也の未完タスクを読み上げるが、そのどれも今魅力的には思えない。選べないでいると、タイミング良くメールが来た。
[メール着信、春子さまより]
「読み上げて」
先に並べ立てられた未完のタスクよりは返信を考える方がましに思えた。

「日本酒……雪也さん成人されてたんですね。日本酒風呂、お肌つるつるになりそうです。贅沢で素敵な使い方ですね。
入浴剤は期待はずれでした。ショッキングピンクのお湯に春の香りと言うには主張が激しい香りで……それとも春子の名前からイメージされるものが販売元と私では違っていたみたいです。
心惹かれる……関係性の上限のニュースでしょうか。私はあれ、少々いきすぎているのでないかと思うのです。笑われるかもしれないんですけれど、市民の繋がりを薄くしたい理由があるんじゃないかって……ダメですね完全隔離世代の少し上の世代のせいか、今の社会に馴染めなくって。雪也さんはどう思いますか?」

政治の話をしてくるなんて迂闊な人だなぁと拓也は思った。お金と政治と宗教の話は慎重にするべきってのは常識だと思っていたけれど。とはいえ、拓也もなぜかざわつく心の正体が春子さんと話せば分かるかもしれない。ここはひとつ、迂闊な春子さんの話題に乗ることにした。
「僕が幼い頃は反対するデモなんかもあったらしいですね。僕はちょうど完全隔離世代の走りなのでよく母と意見が食い違います。今回の上限も正直なところ僕の生活が変わるわけでもありませんから、そうなのか……といった感想ですね。ただ、インターネットを見ると今回の報道に同意ばかりなのは気になりますが。デモしてた人たち、飽きたんですかね?それとも、その当時の生活が変化する恐怖だけでデモしてはみたものの、いざ、生活が変わってみれば快適で特に騒ぐ必要がなかった事に気づいたとかでしょうか?」
先程考えていた内容を打ってみる。迂闊なこといってきたのは春子さんの方だし、そう神経質になって推敲しなくてもいいかな。軽く考えて送信した。
「さて、やることがなくなったな……」
友達ロボットに話しかけようとしたその瞬間に返信が来た。そこには一言、「会いませんか?」と書かれていた。
いやいや、迂闊すぎるでしょうよ。拓也は考える。お互いの事を信頼したと言うには7通のメールのやり取りはどう考えても少なかった。なんせ、性別さえお互い知らないのだ。わかるのは、春子さんが僕より年上だと自称してるだけ。素性を知らないもの同士が実際に会うリスクはウィルスだけじゃない。僕より年上ならその事ぐらい熟知していそうなのに政治の話といい、今回といい。危ない人だろうか。腕力には自信ないし、「万が一の時は助けてくれ」といえるような親しい友人もいない。安易に了承はできない。親の顔も直接は見た記憶がないくらいなのに。
「あぁそうか。」思い付いて返信を書く。
「ビデオチャットなら構いませんよ。実際に会うのと大差ないでしょう?」
そう、実の親とさえそれでコミュニケーションとれているのだから、ビデオチャットで何ら不足ない。
そこまで考えて、思い至る。春子さんは言葉が不足していただけでビデオチャットのお誘いをしていたのではないか。だとしたら最後の言葉は余計だ。そう気づいたタイミングで返信が来る。
「明日、陽光桜のところで待っています」
メールを開いて、いきなりの提案に困惑する。拓也が送ったメールが実際に会ってもいいと了承したような文面に読めたのだろうか。
「何時ごろですか?」
陽光桜と言ってもたくさんあるのだから、それだけの情報で会えるわけがない。あえてそこに触れずに意地悪な気持ちでそう返信した。
「13時頃でいかがでしょうか」
返信メールに少し恐ろしくなる。こちらのいる場所を分かっているのだろうか。だから、こんな提案するのか……だが、送ったメールのどれにも拓也が住んでいる場所がバレそうな記載はなかった。
まさか、送った桜の写真……そのプロパティだろうか。きっちり確認して送ったからそんなはずはないんだけどと思いながら、写真のデータ詳細を表示させる。緯度も経度も未設定のままであることに安堵した。
「本当にどうやって会えるつもりでいるんだか」
拓也は肩を竦めて呟いてから、
「わかりました。13時ですね」と返信する。
いつのまにか、春子さんとのやり取りが上限の半分を越えていた。
「友達ロボット、僕の遺伝性の病気は人に移る?」
会えるわけがなかったが念のためにそう尋ねた。
[人に感染するようなものではない]
そう、友達ロボットが答えたのをホッとして受け入れる。明日は試しにあの桜を見に行こうか。散歩にでも出るついでに……と考えた。
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