諦めることを、諦めた男

文字数 1,228文字

それがまたどうして……
こんなに変わってしまったんでしょう?

愛倫(アイリン)に昔の話を聞いた慎之介は、素直に疑問を口にした。

あたしもね

久しく会っていなかったから、はっきりはわからないんだけどね……

おそらく、諦念(ていねん)を諦めたんだろうね
諦めることを諦めた、ということですか

どうしようもなく、とても抗えないような運命に直面した時

じっと息を潜めて、苦痛に耐え、通り過ぎるのを待つ、やり過ごそうとするだろ?

特に人間は
ええ確かに

大規模な自然災害とか、人間の力がとても及ばないようなことには、そうやってやり過ごすのを待つしかありませんね

でもね、運命なんてのは、そんな生易しいもんじゃないんだよ

一度運命に翻弄されちまうとね

どんどんと悪い方に悪い方に流されて行っちまうものなのさ

激しい川の流れにのみ込まれたみたいにね

必死にもがいてもがいて、それでやっと元に居た位置

運が良ければ少しだけ前に進む

何もしなければただ流されるだけ
まぁそのことに気づいたんじゃないかね

どこか遠い目をして、そんなことを語る愛倫(アイリン)

慎之介が知らない世界で、一体何を見て来たのだろうか。

小さい頃からクソみたいな仕打ちにあって

クソみたいな人を呪い殺す一生を、諦めて全て受け入れたら

今度はもうじき世界が消滅しますと言われたんだから、そりゃね

もう馬鹿馬鹿し過ぎちまって、諦めることを諦めたんじゃあないかね

物憂げな表情をしていた愛倫(アイリン)は、言葉の最後に少しだけ笑った。

おいクソアマ

愛人とイチャついてるとこ悪いんだけどよ

愛倫(アイリン)と慎之介が話し込んでいる間に、石化解除の術を発動したサムエラであったが、被害者の石化が解除されることはなかった。

これは呪いには違いなさそうだが
俺の得意分野じゃあなさそうなんだがな

事態の異変を察したサムエラは、 石像の方を向きながら後ずさる。

これはどっちかと言えば、クソアマの得意な分野なんじゃねえのか?

アァァァァァァァァァッ

石像の後ろ、その空は、霊体のように透き通った、怨念が込められた女の巨大な顔で覆い隠されていた。

まさかこんなところで、生き霊が出て来るとはね

それまでの物憂げな表情は愛倫(アイリン)の顔からすっかり消え去って、女戦士としての凛々しさを取り戻す。

どうやらこの時間で正解だったみたいだね

だから早朝の方が良いって言ってたんだよ、あたしは

アァァァァァァァァァッ

空を覆う巨大な霊体、それはまさしく女の顔を形づくっている。

半透明でありながら、色濃く影を持つその輪郭、その顔付きは極めて険しく、禍々(まがまが)しく、まるでこの世のすべてを呪い殺そうとでもしているかのようだ。

この通常では有り得ないようなサイズも、女の怨念と憎悪、怒りが、今なお肥大化し続けていることの現われであろうか。

あんたは慎さんと一緒に後ろに下がっていな
お、おう
後ずさるサムエラに指示する愛倫(アイリン)

若い男の被害者と、若い女の生き霊かい……

まぁ、あらかた察しはつくんだけどね
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