危なっかしいメディッサ

文字数 2,291文字

繁華街として夜の顔を見せはじめる渋谷。

駅前は人の混み具合が激しく、交差点では大勢の人間達が歩道の信号が赤から青に変わるのを待っている。

……すごい

ニットキャップを頭に被り、夜だというのにサングラスのように濃いゴーグルを装着した少女もまた

駅前の交差点で信号待ちをして立ち止まっていた。

――夜なのに、こんなに人がいるんだ

異世界では見たこともないような人口密度の高さに不安を覚える少女。

他者との距離が近いことに慣れておらず、自分の周囲のテリトリー、パーソナルスペースを他人に侵されているようで、何となく落ち着かない。

信号が青に変わると、少女は人混みの波に流されるように同じ方向へと歩いて行く。

特に行く当てがある訳でもなく、目的がある訳でもなく、ただ彷徨っているだけに過ぎない。

今なら女性は、無料で食べ放題、飲み放題

お姉さん、どう?

街を徘徊している少女に、ビラ配りやキャッチの男どもが声を掛けて来る。

――そう言えば、お腹空いたなっ

この世界の貨幣を持っていない為、ここ数日何も食べていなかった少女は、男の言葉を信じて不用意に後をついて行く。

男の後に従って、雑居ビルの細い地下へと続く階段を降りると、重低音で響いて来る音。

室内は薄暗く、赤や青の照明がその場の人々を照り返し、浮かび上がらせる、どうやら小規模なクラブのようだ。

人間達に混じって、こちらの世界で暮らしているのであろう移民者達の姿も見える。

長らく地下に一人きりで暮らしていた少女にとっては、音量が大き過ぎて少し五月蝿かったが、この地下室内の退廃的な空気は居心地が悪いものではなかった。

……

食べ放題でお腹を満たした後は、片隅でじっとしている少女。

もう一人になりたくはないが、人間に話し掛けられたり関わったりしたくはない、目立たないでいたい、そんな相反する願望の中で揺れている少女の心。

自分の意に反して、いつ人間に害を成してしまうか、そんな自分自身に怯える気持ちと長いことずっと一人きりだった地下暮らしの感覚がそう思わせるのだろう。

ウェーイッ!
ウェーイッ!

酒で酔っ払っているのか、もしくはドラッグにでも手を出しているのか、奇声を上げ盛り上がっている人間達を、密入国者である少女は片隅でじっと眺めていた。

……
ねえ、ねえっ

そんなとこで地蔵してないで、俺達と一緒に遊ぼうぜっ

おっ、いいねえ
四人でオールでもしちゃう?

少女の揺れる心などお構いなしに、酒に酔った三人の男達が、少女にちょっかいを掛けて来る。

……だめっ
……絶対っ、だめっ

下を向き、俯いたまま震える声でそう応える少女。

こんなとこ来て、気取ってんじゃあねえよっ

まさか、箱入り娘ってワケでもねえだろうよ
むしろ、声掛けられんの、待ってたんじゃねえのっ?

ニットキャップにゴーグル、少女からすれば機能性を求めただけに過ぎないが、ファッションだけ見れば、ちょっとやんちゃな女子風に思われるのかもしれない。

まぁ、いいからさ
誰もいないところで、ゆっくり話そうぜ
そうそう、道玄坂のラブホ辺りで

酒の勢いもあって、頑なに拒絶する少女に腹を立てヒートアップする男達は、無理矢理少女を引っ張り連れて行こうとする。

ダメッ!
なんなんだよっ、こんなの掛けてよおっ

顔ぐらいちゃんと見せろってのっ

ちゃんと人の目見て話さねえとなっ

頭に血が上った男達は、少女のゴーグルとキャップを無理矢理剥ぎ取ろうとした。

男達からすれば、ちょっとからかったつもりなのかもしれなかったが、それは自らの命を危険に晒す愚行に他ならない。

キャッ

ゴーグルとキャップを同時に奪われた少女は、自らの両手で自分の目を咄嗟に覆い隠した。

な、なんだ、こいつはっ!
ば、化け物だっ!
ひぇぇぇぇぇっ

酔っていた三人の男達の顔が一瞬で青ざめて行く、間違いなく酔いも一気に醒めただろう。

シャァァァッ

目を両手で覆い隠した少女、その頭には髪の毛の代わりに、無数の白蛇の姿があった。

……

ニョロニョロ、クネクネと動き、赤い眼で舌をチロチロと震わせる白蛇。

それが少女の頭全面を覆っているのだから、こちらの世界の人間からすれば、不気味だと感じるのは無理もないこと。

それどころか、この場に居合わせた同郷の異世界人ですら恐れおののいている。

み、みんな逃げてっ! 
そ、そいつは、ヤベェヤツだっ!
石にされちまうぞっ!

店内にいた移民者のグループが、少女の真の姿がゴルゴンであることに気づき、矢継ぎ早に大声で叫ぶ。

店内に居た者達は、その言葉にパニックを起こし、我先へと入り口の先にある階段へと逃げて行く。

少女はこの騒ぎを他所に、これまで変形させて隠していた、自らの半身である蛇の下半身が元に戻ってしまったことを気にしていた。

――せっかくここまで、上手く隠せてたのになぁっ

人間達や同郷である筈の異世界人の反応に、少女が傷ついていない訳ではなかったが、誰かと関わった時は必ずいつもこうなるので、自分で自分の心を騙して、傷ついていないフリをする。

……だから、ダメって言ったのに

周囲に人間達の気配がないことを確認すると、少女は目を塞いでいた両手を外し、床に落ちているゴーグルとキャップ、そしてウィッグを拾う。

白蛇の髪を持ち、真っ赤な目をし、白蛇の下半身をした少女。

少女の名は『メディッサ』

遠い昔に異世界で、女神の怒りをかってゴルゴンにされてしまったメデューサの末裔であり、異世界でも稀少な白蛇のゴルゴン。

あーあ……
どうしよう……
きっと、大騒ぎになっちゃうだろうなぁ……
その呪いは、遠い子孫であるメディッサの世代になってもまだ解けてはいない。

そして少女は、この世界では、密入国者であり、不法侵入者でもある。

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