元呪術師の男(1)

文字数 1,708文字

おうっ、邪魔するぜっ

その男は乱暴に喫茶『カミスギ』のドアを開けて入店して来た。

……

背が高く痩身で、銀髪の坊主頭に顎髭(あごひげ)

金縁(きんぶち)のサングラスを掛け、ファーコート《毛皮》に、真っ赤な襟付きシャツ、そしてピチピチの黒い革パン。

大きな宝石が着いた指輪が両手の指全てにはめられており、存在感、アピールがただならない。

てめぇ、クソアマ

男は愛倫(アイリン)を見つけると、怒鳴るような声で喋りながら近寄って来た。

このクソ忙しいのに呼び出してんじゃねえぞっ

あんた、誰だいっ?

しかし愛倫(アイリン)は、その男に全く見覚えがない。

クソアマ、てめぇ

自分で呼び出しといて、なんてこと言いやがる

初対面のあんたなんかに、クソアマ呼ばわりされる筋合いはないんだよ、あたしゃ

クソ忙しいとこ来てやったってのによおっ

だからっ、あたしゃ

あんたみたいな、オラオラ系イキり成金なんかに知り合いはいないって言ってんだよっ

ちっ、仕方ねえなぁ……

オラオラ系男はそう言ってサングラスを外す。

まだ、わかんねえのか?
俺だよ、俺
呪術師だったサムエラだよ
はぁぁぁっ?

思わず素っ頓狂な声を上げる愛倫(アイリン)、彼女がこんな声を出すのも珍しい。

いやでも、まぁ……

しかしそう言われれば、確かにその魂は愛倫(アイリン)が先刻話していた、陰気で辛気臭い呪術師の魂に他ならない。

異世界に居た頃は、黒いローブを着てフードを深く被り常に猫背で俯き加減、いかにも人を呪いそうな、そんな恨めしそうな目をしていたというのに、どうしてこんなことになったのか、イメチェンなのか?それとも人間界デビューなのか。

あんた、どこでどう間違えたら、こんなに見た目が変わっちまうんだいっ?

間違えた前提で語ってんじゃねえぞ、このクソアマっ!

しかし、驚いたねぇ、まるで別人のようじゃあないかい

改めて元呪術師の変貌ぶりに驚きの溜め息を吐く愛倫(アイリン)

それに随分と羽振りもいいみたいだしね

おうっ、まあな

趣味が良いとは言えないが、それでも身に着けている貴金属等はすべて本物の純金や宝石類、値段にすれば相当な額になるであろう。

……あんた、まさか

こっちでも呪術を使って、裏稼業とか、闇の仕事をして稼いでるんじゃあないだろうね?

ふざけんじゃねえぞ、クソアマ

呪術師なんざ、もうとっくに廃業してんだよ

俺がこっちに移民する為に、契約書やら誓約書を何百枚書かされたと思ってんだっ

こっちじゃもう、呪術は一切使わないって契約しちまってんだよっ

じゃあ、何やったら、そんな悪趣味な成金みたいなことになるのさ

イチイチ、ディスるんじゃねえよ、このクソアマ

そこで、ドヤ顔で語り出す元呪術師のサムエラ。
今の俺はなぁ

青年実業家ってやつだよ

俺が霊力を込めてつくった開運グッズが、こっちの世界でバカ売れしてんのよ

はぁぁぁっ?

元呪術師サムエラの話に、再び素っ頓狂な声を上げる愛倫(アイリン)

まさか一日に二度もこんな声を出すことになるとは、本人も全く思っていなかっただろう。

呪術師で、人を呪うしか能がなかったあんたが

こっちの世界で、開運グッズを売ってるだなんて

こりゃまた随分と、笑えない冗談じゃあないかい

やれやれといった表情で首を横に振る元呪術師のサムエラ。

馬鹿野郎、分かってねえなあ……

人を呪って不幸にするのも、ちょっと祈って開運させるのも

ベクトルの向きが真逆に違うだけで、やってることはそんなに変わらねえ、大差ねえんだよ

あぁ、なるほど

そこへちょうど両手にコーヒーを持って運んで来た慎之介が相槌を打つ。

光と影、陰と陽は、表裏一体ということですかね

本来コーヒーを運ぶのは、ウエイトレスとして雇われている愛倫(アイリン)の役目なのだが。

こちらでも『呪い』と『祝い』の漢字は、よく似ていると言われますしね

コーヒーを出す慎之介を、斜に構えて一瞥するサムエラ。

誰だい?このあんちゃんは
うんっ?
あぁっ、あたしの愛人だよっ

愛倫(アイリン)は含み笑いでニヤニヤしながらそう言った。

あんちゃん、このクソアマの愛人やってんのかい?

そりゃまた、エライ度胸あんな
命がいくつあっても足りねえだろ
い、いえ、違いますって……
いつもの如く慎之介は苦笑するしかない。
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