今生の別れの挨拶

文字数 1,737文字

このような夜更けに押し掛け、姫の部屋に窓から侵入するなど

この破廉恥な私めを、どうか、お許しください…… 姫

塔の壁を登り切ったジュリアーノは開口一番、ロザーナに詫びる。

ジュリアーノ様っ!

ジュリアーノがそう言い終えない内に、我慢し切れなくなったロザーナは、愛しい人の胸の中に飛び込んでいた。

姫っ……

ジュリアーノもまた、これまでの思いの丈を発散させるかのように、彼女を強く優しく抱きしめる。

あぁ、ジュリアーノ様

そのようなもったいなきお言葉

ロザーナは大変嬉しゅうございます…… まさに天にも昇るような気分とはこのこと

その両腕に包まれ、胸に顔を埋め、頬ずりを繰り返すロザーナ。

ジュリアーノは抱きしめながら、ロザーナの頭を何度も撫で続ける。

ひとしきり再会の抱擁を堪能した後、吐息が互いの顔にかかるほど、おでこがくっつくぐらいまでに密着したまま見つめ合う二人。

もう二度と姫とお会いすることは叶わぬかもしれぬ…… 
そう思うといてもたってもいられなくなり…… 

もう一度だけ、一目だけでいいから、姫のお姿をこの目に焼きつけたい

そう思って、ついここまで来てしまったのです
ジュリアーノは悲壮な覚悟を告げる。

ロザーナ姫、これが今生の別れとなるやもしれませぬ

あぁ、ジュリアーノ様、どうか、どうか

そのようなことを、おっしゃらないでください……

いいえ……

いよいよ魔王軍と勇者軍の雌雄を決する戦いがはじまります

我がオガーナ家をはじめとする鬼の一族は、魔王の軍勢として、この戦いに臨むことになるでしょう

私とていつ戦場で命を落とすやもしれませぬ
いやっ!
そのようなことは、おっしゃらないで

この先、勇者軍に属するドラグーア家とは、単なる仇敵というだけではなく

名実ともに、真の敵同士……

こうして姫とお会いすることも、もう出来なくなるでしょう……

竜人族の名門ドラグーア家、鬼族の頂に君臨するオガーナ家、両家は遥か昔、何千年も前からいがみ合い、敵対心を剥き出しに、衝突して来た仇敵。

時には抗争を起こし、真向勝負の全面戦争、時には政略で蹴落とし合い、互いの足を引っ張る、そんなことを何千年にも渡り繰り返して来た、まさしく因縁の宿敵。

それがさらに、今度は勇者軍と魔王軍に分かれて、相見(あいま)みることになったのだ。
いやですっ!

ロザーナの大きくつぶらな瞳からは涙が溢れ出している。

あぁ、ジュリアーノ様……

どうかこのまま、このまま二人で、どこかへ逃げてしまいましょう?

そうだ……

戦いのない世界で、二人きりでひっそり暮らしましょう?

見栄もプライドも恥じることもなく、ロザーナは心の赴くまま、ありのままに愛しい君に懇願する。

姫……

それが出来たら、どんなによかったことでしょう……

しかし既に私は、魔王軍と盟約の身

今ここで魔王軍を裏切って、逃走などを試みようものなら

我がオガーナ家は、裏切り者を出した一族として汚名を着せられ

魔王によって一族郎党みな殺しにされてしまうでしょう

いくら我が愛しの、最愛の姫の願いとは言え

一族の者達、みなの命にはかえられません

目を閉じ深くため息をついて、いささか冷静さを取り戻すロザーナ。

……ごめんなさい

ジュリアーノ様を困らせるつもりではなかったのです……

ですが、あまりにも無体なこの運命の仕打ちが

恨めしく、忌々しく、どうにもやり切れないのです

姫、どうか、そのような暗い顔をせずに……

姫の美しい笑顔を私に見せてください
……ジュリアーノ様
それでは私からもひとつだけお願いがございます
どうか、どうか今宵だけでも
私のことをロザーナとお呼びください
……ロザーナ
あぁ、ジュリアーノ様……

夜空に浮かび上がる壮大な満月を背に、互いを求め合い、深く強く抱きしめあうロザーナとジュリアーノ。

まるでその腕の中にあるぬくもりと存在を確かめ合うかのごとく。

叶うことなら二度と手離したくはない、だがそれは決して許されぬこと。

夜空を浮かぶ雲が、風に流されて動き、地上に微かな光を届けていた満月を覆い隠して行く。

それはまるで、愛し合う二人の姿が誰にも気づかれぬように、わずかな明かりすら漏らさず、すべてを闇に呑み込んでしまったかのようでもある。

そして、これから真の悲劇がはじまる二人の、闇に遮られた行く末を暗示しているかのようでもあった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色