召喚されし者

文字数 3,138文字


「おお、この方がアーサー王の助けとなってくれる救世主なのか……ッ?!」

俺が、頭を抱えずには居られない理由がこの感極まり飛び交う歓迎ムード。

──俺の名前は、確かに一つの例外もなく“織田信長”で間違いない。
 
だがしかし、何故こうなった。いや、なんでこんな事になってしまったんだ……。

取り敢えず、事の発端から記憶を思い返していこう……。

確か俺は、学校から帰っていた途中。そう、途中だった。それから……えっと、車のミラーに反射した光が眩しくて、瞼を閉じて、次に開いた時には此処に居た。

駄目だ、記憶を辿った所で気持ちは落ち着かない。
ならばと、俺はその後の事を思い出す──。

****

***

**


「眩し……まぶ……ンッ!?」

信長が思わず、目玉が落ちそうな程に瞼を見開き口を“あんぐり”とさせながら驚いた。

それも当然ではある。何故なら先程、時間にしてホンの数秒前。詳しく云えば瞼を閉じて開く前までは高校二年の一日を終え単なる歩道に居たのだ。

それがどう言う訳か、聖人だと思わせる程に真っ白い法衣服の様な物を身にまとった数人に囲まれている。と言う、良く分からない理解し難い状況に立たされている。

正直、怖さと不安さと理解不能な出来事に脳内はパンク寸前。どうする事も出来ないで居る信長に野次馬の如く集まっていた一人が歩み寄り、
「貴方が、凄い騎士様ですか?」
その、透き通る風の様な優しい声を、フードから覗かせる潤んだ口から発した。

声を聞く限り、まだ若い女性にも思えるが、そんな疑問は一瞬の内に過ぎ去り。

──は?  へ?  なに?

信長の思考は、その女性が発した質問に振り回されていた。

その困惑した表情を見てだろうか、申し訳ないように頭を下げ、白く細い指をフードに引っ掛け外し、
「申し遅れました。私の名前は“マーリン”このブリテンの王に仕える者です」

深々ともう一度頭を下げる。流暢な言葉遣いも相まってか、信長がマーリンを目で追っていた。黒い瞳に写る彼女は、透き通った浅瀬のような蒼い瞳・白砂のようなきめ細かい白い肌・鼻が高く・“ダボッ”とした服からでも、それなりに出る所も出ていて・風に靡かれる髪は金木犀の様な優しい色をしていた。

そして、もう一つ目で追わずには居られなかった理由があった、
「今、マーリンってゆった?  いや、いいました??  それに、ブリテンの王?!」

信長は、その名前もブリテンと言う名所も知っていた。ヨーロッパ大陸の北西に位置する場所に浮かぶ島々をブリテン諸島と呼ぶ。今では、総てをひっくるめてイギリス諸島とも呼ばれている。そして、その王と呼ばれる存在。それは、“ユーサー・ペンドラゴン”の息子で、“岩に突き刺さった剣”を十五歳で抜いたと言われるイングランドの王“アーサー・ペンドラゴン”である。

「私達の事を知っておられるのですね??」

後に“アーサー王伝説”として語り継がれる物語を、アニメやゲームの事が好きな信長が知らないはずがない。だが、だからこそ信長は、尚のこと分からないでいた。

「そりゃあ、有名だし……知っているけども……」

マーリンと言う者が魔術や予知能力等を兼ね備えた人物だと言う事も知っていた為に、その名前を聞いた瞬間に“俺は召喚された”と悟るまでに時間は掛からなかった。だが、その理由がイマイチ分からないでい。

信長は、在り来りな男子高校生。詳しく言うならば、彼女も居なく、部活もやっていない。それどころか、学校に居る友達よりもネットに居る友達と親睦が深く、髪の毛も目にかかる程伸びていて見た目はパッとしない。

自分でも弁えているからこそ余計に受け入れきれずにいた。

「流石アーサー王。離れた国にも名を轟かせているとか感無量ですよ。私は……」

今にも泣きそうな程に喉を震わすマーリン。
その身勝手に高ぶらせる感情を、共感できる訳もない。
完璧に置いていかれ、頭を空白にしながらただ目で追っていると、

「しかし、騎士様も何処ぞの国で名を馳せていらっしゃる方なのでしょう?  どうか、お名前をお教え下さいませんか??」

その、何かと下手に出るものの言い方。気持ち良くすらなる丁寧な言葉も軽くヤケを起こしている信長には意味を成さずに鼻で軽く笑いながら、
「いや、有名な騎士って……。俺はしがない高校生の、織田信な──ふぁっ!」

「おお、この方がアーサー王の助けとなってくれる救世主なのか……ッ??」

──確かに俺の名前は“織田信長”

しかし、それはただ単に信長の父が“織田”と言うだけで付けてしまった名前。

“第六天魔王”でも“うつけ者”でも無い、ただの極普通。街ですれ違っても目で追ったり、気になる様な覇気もない高校生。

マーリンは間違いなく手違いを犯したのだ。と、悟ったのは自分の名前を口にしてようやっとの事だった。

この時ほど信長は実の父を恨んだ事はない。

深い溜息をついた後に、
「あの、マーリンさん?  ちょっと良いですか??」

手招きをして近づいてくるなり、期待に胸を踊らせているのか、騒ぎたてている彼等に背を向けて、

「あの、ですね??」

「はい??」

なんの事だか、分かっていないのか首を傾げながらじっと見つめる。

「実に言い難いんですが、完璧に手違いなんですよね」

その直後、メデューサの目を見たように微動だにしなくなり、髪の毛だけが甘い香りを漂わせながら揺れる。実に気まづい時間が数十秒続き、
「────へ!?  そ、そんな馬鹿な事あ、ありますか?!  私は、戦略に丈、神をも畏れぬ者を……」

──確かに戦略も好きだし、神に仇なすのも好きだよ。ゲームだよ!!

神をも畏れぬ点では、確実に織田信長と被り、若干認めてしまい、遂には項垂れる。

「いや、残念ながら実戦『リアル』なんかした事無いので、すいませんが日本に返してもらって良いですかね??」

何故か小刻みに震え初め、学ランの袖を掴み、
「かかかか返す事は出来ます……。ですが、今日の為に準備をしていて、それが失敗なんて事になれば私、どどーなるか……」

声を尚も震わせ、明らかに動揺を隠せないで居る。マーリンとは男と思っていた信長としては、泣き付かれて逆に動揺していた。何せ彼女が出来たこともない男の近くに美しい女性がいるのだ。それに加え布越しだが、確実に触れている。その緊張感が勝り、我を通すのを忘れ、
「んと、今日の為にッて……何かあるの??」

「ははい、円卓会議が……そこで騎士様を紹介する手はずでして……」

「円卓?!」

思わず声を荒らげる。興奮から出たその言葉はそれだけと効力があった。

“円卓の騎士”でも有名なソレは、皆が卓を囲い、文字通り会議をすると言う。ただ単にそれだけを聞けば何の変哲もないが、そうじゃない。
この場においては、“上座も下座も無い”皆が同じ位置で同じ目線で話すのだ。
そして、それにはこの様な意味が込められている“卓を囲う皆が対等”その言葉は、厨二が抜けきれていない信長には破壊力が抜群だった。

「はは、はい」

泣き付かれ、こみ上げる興奮と興味。

円卓の騎士を間近に見れる事。それどころか、アーサー王を見れる事。それは、誰しもの憧れ、少なくとも信長は一度は夢を見ていた時期もあった。
それが重なり、理不尽な召喚の事は何処吹く風、
「分かった。なら、俺が一肌脱ごう」

「脱ぐ!?」

「いや……顔を赤らめないでよ。そー言った事じゃないし。こんな人前で見せびらかせる様な性癖は兼ね備えてないよ……」
頭を掻きながら、呆れ混じりに口にすると、
「えへへ、でも、でもでも、良かったです……ありがとうございます……」

頬から流れた一滴の綺麗な宝石は、風に飛ばされ信長の手に触れ弾けた。
その生暖かい感情を感じ、笑顔で、
「気にする事はないさ。じゃあ、案内してくれるかなっ?」

「はいっ!」


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