悪夢の後

文字数 3,470文字

「開けた大地。暗い大地。俺はなんでこんな場所に??   静かだ。何も聞こえない」



大地だと分かるのも、踏み締めているから大地だと思っているだけ。実際は海かもしれない。が、そんなことある訳がない。だから、此処は大地で正解なのだろう。



ただ不自然なのは柔らかい。雪とは違う……まるで、そう、ソファーの上を歩いているような感じがする。これで本当にソファーを歩いていたら面白いな。

──まぁ、ある訳ないな。

それに不思議だ。寒さも暑さも感じない。死んだ後の世界……天国ってこんな感じなのだろうか。



俺は、此処に居る意味を探すため。脳みそを回転させる為に歩き回る事にした。



きっと意味があって居るんだと、そう思う他ない。



──あれは……光??



暫く歩き、目の前に見えたのは。目の前で光って見えたのは、今にも消えそうな光。間違えても一番星と呼べない弱々しい星の光みたいなもの。だが、暗い空間の為に良く見えて……そして綺麗。

俺は、光に釣れられる虫のようにタダタダその光を目指した。



確実に近づいている。そう感じながら、もう一つ確かに感じるものがある。それは此処に居る理由。それは光に近づくにつれ、パズルのピースがハマっていくかのように思い出してゆく。



急げ・急げと回る足は早くなる。



その答えを見たいがために。



──もうちょっとだ。もうちょっと。



疲れを忘れる。とは、この事をいうのだろうか?  全く息が上がっていないのを自分でも分かる。



やっと、着いた。と思った時には燦然足るものに俺は包まれた。



目の前には灰色の空。

実際、灰色の空なんか存在はしない。よって、厚い雲に覆われているか土埃や煙が空に舞ってそう見えるか……だ。そして今回のソレは間違いなく後者になる。



「思い出した。そうだ、俺は、俺達はサクソン人と戦って……」



徐々に視界が開け、目の前に広がるのは死屍累々。



精魂を感じられない死体の山々が俺を睨む。



止めてくれ、睨まないでくれと訴えても、赤い雨に打たれ濡れた彼等はその願いを断り。そして、睨み続けた。



目を背けようとしても三百六十度広がる山はそれを赦してはくれない。

次第に空は黒くなり始め、俺は徐に自分の震える手を瞳に写す。



その手には、俺がしてきた事が写ってそうで。でも、その手は余りにも綺麗だった。気味が悪い程に綺麗だった。



「俺は、自分の手も汚さ──うあぁぁぁぁぁあ!!」



「だ、大丈夫ですかあ?!   ご主人様ッ」



心配した様子で駆け寄るパーシヴァルを視野に入れ、それが夢だったと信長は息を付く。

だが、上がった動悸が余韻を残し頭の中に戦慄と言う恐怖とおぞましさを鮮明に焼き付けていた。



「あ、ああ、大丈夫。ちょっと嫌な夢を見てしまって……」



「ほ、本当ですかあ?  あ、今お紅茶お入れしますねえーッ」

──本当に夢なのか。



半信半疑になりつつも、そうであれと願った。



正夢で無いことを。



違う事に思考を働かす為に、机で何やら音を立てるパーシヴァルの方を褪せた瞳で写す。

信長は、自分の髪を櫛あげながら、

「俺、どれぐらい寝ていた??」



「んーとですねぇ……。二時間弱じゃないでしょうかあ?」



甘く優しい匂いを湯気と共に漂わせ、近寄りながら口にした。その二時間と言う睡眠時間がやたら長く感じ、

「いや、起こしてくれても良かったのに。ずっと目が覚めるの待っていたのか??」





「ハイですー。ご主人様は、お疲れだと思っていたのでぇ。寝ている間に出来る事もありますしいー」



──じゃあ、このタオルは寝ている時にパーシヴァルが……。



「その、なんか気ぃ使ってくれてありがとうな?  俺なんかの為に、さ?」



すると、何か気に召さなかったのかリスのように頬を膨らまし、正直変な顔をしながら、

「もおー、らめれすよお!  わはひのごひゅひんはまは」

「何言ってるか分かんねぇーよ」

と、両手で信長は柔らかい頬を挟むと冷たい体温を感じつつ溜め込んだ息を抜いた。が、また懲りずに空気を入れこもうとするパーシヴァル。

「駄目だ。空気を蓄えようとするな。フグかお前は!」



「ふぐ?   はて?  何の事ですかあ?   あ、お飲みくださいですー」



「あ、ありがとう。って、美味いな!!  何だこれ。飲んだ事ねぇよ今まで」



「ふぐー」



「あ、フグは、俺達が住む世界では高級な食べ物なんだよ。直ぐにプクーって膨らむんだよねー。それがまた可愛くてさあ、憎めないのよ──毒があるのに」



「……かわっ!!   わわわ私、あ!  こんな所によ汚れがッ!」



何を刺激したのか、口元を歪ませると立ち上がり壁の掃除をセカセカと始めた。



──いや、だから掃除道具が良く出てくるな。



しかし、そのマイペースに過ぎる彼女を見ていていつの間にか嫌な夢が薄れていた事に気がつく。

それを感謝しつつ喉を鳴らしながら美味しい紅茶を舌で味わうように溜飲した。



「って、この高そうなの使って大丈夫なの?」



「は、はいです?  あ、あのですねえ」



「いや、手作業をやめて話せよ……」



「──あ!  そうでしたあー。今日、たまたま見つけたんですがあ。中々良さそうなので預かってたのです。ですから、これをご主人様の専用にしたのですよお」



専用と言う言葉に特別たるものを感じて、若干いい気持ちになる信長。その解れた表情は、マヌケつらとしか言いようがない。



「そーやあ、パーシヴァルは飲まないのか?」



「あ、いえ、私は自室にありますですー」



「だって、ずっと居たんだろ?  喉渇くべ……だろ。これで飲めよ、ほれ」



何食わぬ顔で、目の前に正座するパーシヴァルに差し出すと、両手を前に出し激しく手のひらを左右に振るう。それはもう、とてつもない速度。

「だだだだだめですよ!  ご主人様のなんか頂けませんよっ!」



「あ、確かに間接になっちゃうもんな──ほれ」



先程、額の上に置かれていた白いタオルみたいなもので自分の唇が触れた部分を吹き。再度、顔の近くに持ってゆく。



それでも尚、否定される意味が分からず。宙に浮いたそれだけが行き場をなくしていると、小さい手でそっと触れる。そして、遅い速度でゆっくりと、信長の膝上へと戻した。

きっと中身が揺れて零れぬ為の配慮なのだろう。



「ご主人様のは頂けません。お気持ちは嬉しいですが……」



おっとりとした口調ではなく、流暢且つ丁寧に諭す。メイドやそこらへんに疎い為に疑問を解決するのに時間がかかり、数分後にやっと解に行き着いた。



申し訳なさそうに目を伏せるパーシヴァルの小さい頭に手を乗せて、



「あの、さ?  俺は、こーいう主従関係?  つーのに慣れねーンだよな。だからよ?  二人の時は肩の力抜いてくれて構わねーから。多分、それも難しいと思う。だけれど、俺はそっちのが嬉しいんだよな」



メイドとは、“萌え”でしかない信長にとって、メイドとしての決まりがわからない。分からない分、その遠慮や一線置く感じが堪らなく違和感でしかなかった。だが、それが彼女等の決まりなのだろうと、理解しつつも言わずにはいられなかった。



現日本の文化でメイドを雇っている場所なんかあったとしても、少ないだろう。

当然、一軒家に住まう織田信長宅にはメイドを雇う余裕も必要もない。



だからこそ、信長はメイドとしてではなく。友達としてと言うのをお願いしたかったのだ。



主従関係と言う、気を使う側。気を使わない側。では無く、双方共に気を使わない関係を。



「それわ……」



「難しいのは、分かる。だけど徐々にでいい。俺は友達が欲しい」



顔を赤らめ、目を泳がすパーシヴァルを見つめながら口にした。



「わわかりました……がんば──」



“ダンッ”

タイミング悪く鳴り響いた鈍い音は、扉が壁に当たり跳ね返る音。その音に二人は我に返ったように振り向く。そこには、



「信長あ!   居るかあ!  って、んだよ鍵もかけてないのかよ」



「いいえ、アーサー王。このような凄い勢いと力で開けられてわ、施錠されていてもこわれてしまいますよ」



「あ、それもそーだな。って……なんだ?  パーシヴァルの反省会か?」



そりゃ、そうなる。ベッドに座る信長。目の前に正座するパーシヴァル。

傍から見たらそうなるのは当たり前。だからこそ、そのニヤけたアーサー王に対して、

「ちげぇわ!!」
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