悪魔の子

文字数 3,402文字

しかし、流石マーリンと言うべきか。アーサー王の助言者でもある彼女の位が高いと言うのが、付き人の数から素人の信長ですら分かる。



その事に関しては、法衣服に囲まれた黒い学ランが場違いではないかと思いながらも感心と感動をしていた。



「んで、その……マーリン、さん?  その場所と言うのは遠いの??」

一応、“さん”を付けて呼ぶのは単『ひとえ』に位の差を感じていた。涙脆くはあったものの、付き人を従える凛とした佇まいは一般人には感じないオーラを醸し出していたからこそ。

だが、そんな遠慮がちで隣に居る信長を蒼い瞳に写すなり、

「私の名前は“マーリン”とお呼びください。騎士様は私がお呼びした、言わば客人様なのですからッ」

まるで、心情を見透かしているかのように優しい笑を浮かべる。その真っ直ぐなまでの笑顔に、

「……え?  いや、でも」



「気にしないでくださいよっ。──あ、そうそう、此処は宮殿の端に位置しているので、中央に位置する円卓までは、さほど時間はかかりませんよっ」



喉に言葉を詰まらせ吃ると、水を飲ますように軽く流し、横に広く縦に高い複雑な彫刻が施された木製の扉を付き人二人がかりで引き開いた。



気圧で起こった生温い風に髪を靡かせ、それでも扉が少し開くなり、その細い隙間に目を凝らす。信長の心は既にこの神秘的な場所に囚われつつあった。



何せ、マーリンが言った“宮殿”それは間違いなく“キャメロット宮殿”なのだから。



その心躍る心情を知ってか知らずか、黒い瞳に半歩前に出た小さい背中が写るなり振り返り、

「じゃあ、行きましょう騎士様。着くまでに少しは紹介しますよっ」



「え?  ぁあ、って良いのッ??」



「はい、良いですよ。それに、遠慮しながらもそんなに目をキラキラされては……ですよっ?」



「え、そんなに俺ッ!」



自分の感情が表に出てたのを知られた上に小悪魔的なウィンクを見せつけられ、余計に恥じらうかのように、コネタ粘土を構成し直すかのように、火照った顔を触りまくる。



「ふふふ、騎士様は愉快な御方ですね?  さ、行きましょうかッ」



「あ、ああ」



そんな行動を取ってる自分すら恥ずかしくて、頬を軽い痛みを感じる程度に“バチン”と叩いた。

響いた鈍い音に口を三角にさせたマーリンが、

「何をやっておられるのですか??」



「え?  いや、気合いを入れ直したんだよっ」



「はて?  騎士様は、頬を叩くと気合いが入るのですか??」



「いや、験担ぎ『げんかつぎ』と言うかなんと言うか……」



「そうなのですね。それならば、失礼ながら私もお手伝い致しましょうか?」



「え?  まじで?  おねが──ッてちがぁぁう!!」



──いや、確かにこんな美女に叩かれるとかご褒美だけど。



「──あれ、まて。俺はそんな性癖を??   いやいや、そんな……馬鹿な……」



突如として訪れた自分への恐ろしい疑問。

それは、自分の将来に関わる事だ。手を額に翳し、絶望した瞳で地を眺めずには居られなかった。

「──えいっです」



「ん?」



そんな時、頬から感じた冷たい体温と軽い痛み。頬を思わず摩る信長にマーリンはズイと顔を近づけ、



「ふふふ、どーですか?  いっぱい、いっぱい、気合い……はいり、ましたか??  騎士様」



──なんだ、このあざとい感じ……。可愛すぎるだろ……。





色っぽく何処かか弱い声で縋るように言われては、女性に対する耐久値が零に等しく知識に乏しい為に心臓は爆破寸前。



苦し紛れに深い息を吐き出し、

「あはははは、はは、あ、ありがとう!  もーめたんこ気合い入った!  さ、さあ、行こう!!」



「……騎士様ッ!!」



高い声が響く頃には既に頭を埋めていた。



「ングググ……まさか、扉の角に……」



「だ、大丈夫……ですか?」



「あ、ああ大丈夫大丈夫。じゃ、まあ、ね?  案内……イイかな?」



信長は、付き人に先導されながらも部屋を後にする。扉を抜け、左右を見渡し初めに思ったのは、

「全然端じゃねーじゃん!」



左右に広がる奥ゆかしい通路。それは間違いなく端とは言えないものに違いない。



大理石で出来てるであろう通路は常時美しく輝いていた。天井も高く、白い岩?  で出来た壁や柱もまた素晴らしい。



気温は季節が定かではない為に、何ともゆえないが。それでも、岩と言うだけあり信長の肌をヒンヤリと包み込む。



「そうですかねぇ?  あ、でも左手は、鍛錬所とかそういった施設なので。そんな立派なものではございませんよ」



──いや、この場所が物凄いのに、それから少しランクが下がったって変わらないと思うが……。



苦笑いをしながらも、神々しい空間に視点は定まらない。

見るもの全てが新鮮な信長にとっては、下手な博物館に行くよりも目の前にある現物は触りたくすらなる粒揃い。



そんな事は流石に恥ずかしい為に言えずに、物欲しそうなネットリとした視線だけを残し、足並みを揃えて進む。



「そう言えば騎士様が手に持っている物は何ですか?」



その問に、意識すらしていなかった腕を見ると、やっと見慣れた物が目に入る。それは“スクールバッグ”。軽く持ち手が解れたソレを顔の高さまで上げ、

「これは、俺等の世界では“パンドラの箱”と言われてる。その文字列を見るや否や、激しい眠りに誘われる恐ろしくおどろおどろしい書物よ……」



「そ、そんな、パンドラの箱……」



さすが、深くキリスト教と精通しているだけあって、マーリンは驚いた表情をわかりやすくして見せる。



「あ、そう言えば、俺の持ち物とかの語彙とかもちゃんと認識出来たり視認できるの??」



「はい、騎士様を召喚した時に全て変換される仕組みになっていますよ?」



「そうか。それなら良かったよッ」



「何かあったのですか??  と言うか、どうなされました??」



傍から見てもわかる程に思い悩む表情を、立ち止まりマーリンを、いや、マーリンの容姿をみつめながら作っていた。



それもその筈、目の前に居るのは揺ぐことない“女性”。

だが、信長が知っている、そして知れ渡っているのは……。

洞窟で魔術の修行をしただとか。色々あり、森の中へと狂ったように逃げ暮らし、そこで魔術師としての能力が向上したとか。駄目な異性に捕まり、最期は不甲斐ない死を迎えたとか言われているマーリンは“男性”。

それどころか、きっと老人をイメージしていたすらある。



それに、

「マーリンは、正真正銘のマーリンなんだよな??  その……」



「はい?    あ、ぁあ、そうですよ。悪魔……“インキュバス”と人との間に産まれたのが私、マーリンです」





少し気落ちしてしまったのか、目を伏せてしまったマーリンに罪悪感を感じ謝ろうとした時。再び蒼い瞳を輝かせると、

「それでも私は、悪しき心を清め。それでいてアーサー王に仕える事が出来る、この力には感謝しています」



忠義を誓うように、胸に手を当てまゆを緩めな穏やかな表情をする。



「そっか。ごめんな。何も変わっちゃいねぇーんだな。すげーよ。それにかっこいいな」



「かっこいい??」



「ぁあ、もうスゲェかっこいい。高名な魔術師であり、アーサー王を導いた。その名の通りだなってさ」



「ん?  導いた??  確かに私は」



「あ、いや。導いていくんだろーなって!!」



未来の話をしたり、そう言った話をするのは何かとマズイと思い、信長は下手くそなまでの逸らし方をする。きっとマーリンの事だ、そんな下手くそな演技は気づいているだろう。だからこそ“クスッ”と笑いながら、足を歩め始めたに違いない。



「その話は追々聞きますねっ」



訂正、完璧に気が付かれていたらしい。



「お、おう」



「大丈夫ですよ。私が騎士様を呼んだんですから。二人だけの秘密だとしても私は信じますよっ。ですから、そんな苦い薬を飲んだ様な気難しい表情をしないで下さいっ……ね?  信長様」



気を使い、明るい声に務めてくれた。言いたくもなかったであろう言葉“悪魔の子”。それを口にしても尚、その物柔らかさな対応に信長は心を穿たれていた。



そして、微かに、ほんの少し。忠義とまでは行かずも、彼女の為に。と、信長も胸に誓う。




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