知らない物語の理由

文字数 2,897文字

顔をクシャらせながら、訂正する。が、それは傍から見たら苦し紛れの弁解にしか見て取れないであろう必死ぶり。

まあ、ベッドの上に座り見下ろした感じと、小柄なパーシヴァルが相混ざり、ふと信長自身も認めてしまった節があったと言えばあったのだ。だから、無駄に必死になっていた。



そんな飛び出た唾を弾き返すように、大きく笑いながら、

「まあ、そんな必死になるなって。顔が元より酷くなっ──てなかったわ。すまんすまん」



「おまっ!  それは、元からひどい顔とか言う意味じゃないですよね!?   大丈夫ですよね!?」



「……え?  ぁあ──ぷぷ」



悪意を感じる蔑んだ笑に呆気を取られながらも、信長は思った。目の前の地べたに胡座をかいて座る彼女は何なのかと。王としてのプライドという物が無いのかと。



一応、自分一人だけベッドの上。と言うのも気が引けて、自身も冷たい床に尻を落ち着かせる。

そんな気遣いも気にしていないであろう、ブリテンの王アーサーはパーシヴァルの前に座りじゃれていた。じゃれていた、と言うよりも一方的に弄ばれて居るように写っているようだ。



「パーシヴァル、お前本当におっきぃーよなあ。羨ましい限りだぜー」



「ひゃあ、やあ、やめてくださいーぃ」

埋もれてみたいと一度は願うであろうその豊かな胸を遠慮せずに下から掬いあげて遊ぶアーサー王。目の行き場に困りつつも核がそこに有るが如く二つの視点は吸い込まれる。



「ほら、お前のご主人様はあんな瞳で見つめてるぞ?  いやあ、野獣の目だねありゃー。おりゃ、おりゃ」



「いやあ、見ないでくださいいー」

顔を赤らめ涙ぐむだけで、逃げようとせずなすがままのパーシヴァル。

──抵抗しようにも抵抗できないのだろ。ありがとう……アーサー。



「って!  あほか!!  何しに来たんだよっ!?」



因みに、『あほ』と言う台詞は自身に投げかけた言葉でもある。理性に訴えかけた哀れな男。

「ちぇー。だってよー?  マーリンなんか、これっぽっちだぜ?  これっぽっち。柔らかくもないし癒されねぇじゃん?  それよかパーシヴァルのがよ?」



残念な様子を見せながら、一生懸命両手を使い表現するソレは余りにも小さい。しかし、マーリンとて、そんな小さくは無い筈だと、それは言い過ぎだろ。と、彼女を思い訂正しようと口を開くと、割って入るかのように舌を三回鳴らしながら、

「ぁあ、なるほど。お前なあ、見た目に騙されちゃ駄目だぜ?  マーリンの胸はな?」

なんでも知ってる。と感じざるを得ないほど得意げな表情を浮かべるアーサーの後ろに立つ彼女の目は、一言では言い表すのが難しい程恐怖に満ち満ちていた。

「アーサー王。これ以上、羽目を外すなら私にも考えがありますよ?」



どっから沸いて来たのか、いつか見た付き人がいつの間にか二人アーサー王の背後に異彩を放ちながら立ち尽くす。



「あはは、はは、嫌だなあ。冗談じゃないかあ、マーリンちゃん……。彼女達は引っ込めようじゃないの。ね?」



あのアーサー王が両手を挙げながら顔を引き攣つらせている光景。それを見て、ここに来てまも無い時の事を思い出し身震いをした。あの時、余計な事を言わないで良かった、と。



「んで、二人は本当に何しに来たの?」



「それは、騎士様がお話があると言っていたので」



──あれ?  あの付き人は?  何処に??





気が付いたら居なくなっていたのがとても気になり、目を泳がし探していると、

「騎士様?  お話と言うのは??」



「あ、ああそうだ。んとさ??」



こんな事は聞いていいべきなのだろうか。寧ろ、聞いたことでややこしくなったりしないだろうか。いざ、その言葉を目の前にすると色々な事が脳裏をよぎる。

しかし、今か今かと待っているであろう彼女達をあしらう訳にも行かず、

「あの、さ?  俺って未来から呼ばれたんだよな?  つまり、俺からすれば今の時代は過去になるって事であってるよね??」



やはりか、と想像通りの沈黙が訪れた。全く状況が飲み込めていないであろうパーシヴァルは徐に、窓を開き。

アーサー王は、興味なさげに自分の手を見つめる。

要するに今の状況で、信長の状況が分かるマーリンが言葉に困ったのか、首を傾げながら信長を見つめていた。

「──いいえ?」



「ん!?  え?」



「私は、未来からなんて一言も言っていませんよ?  違う世界と言ったのです」



「んんんん!?  ちょ、ちょっとまって!」



回想しつつ思考を働かせる。



──確かに、違う世界って言っていたな。



自分が勝手に思いこんでいた事に気がつく。

確かに、あの状況なら未来から来たと言われる筈だ。それに、未来から来たとなればアーサー王伝説の事の顛末を聞いてくるに違いない。が、それが一つも無かった。一つ一つ手繰り寄せると、それは余りにも単純な答えだった。



「なるほど……だからか……」



信長が知っているアーサー王伝説とは、また違う彼女達。と言うのは、違う世界。詳しくゆうならば、本当に多元宇宙に存在する一つの物語か。はたまた、平行世界によるもう一つの可能性と言う事なのだ。と、深い疑問は呆気なく解決した。



「これは、過去でも未来でもない。現在進行形で俺達が住む世界と同じく時を進んでいるって事か──」





「なに訳分からねぇ事言ってんだ?  頭狂ったか?」

確かに、訳の分からないことかもしれないが。それでも事実ではある。時の流れと言う概念が存在する以上は、日本も此処も同様に一日を終えている。と言う事になる。そして、少なからず繋がっているんだ。と感じる事が出来た信長は知らないアーサー王伝説ではあるが心做し安堵できた。



そんな中、話の折り目を見計らってか、姿を見せなかったパーシヴァルが“カチャカチャ”と音を立てながら近づいてきては、

「お飲みくださいー」



「お、ありがとう。パーシヴァル!  やっぱりお前は一番きぃきくよなあ!」



「ありがとう。パーシヴァル」



「お、あんがとっ」



食器の音が心地よく鳴るなか、

「その、騎士様の疑問と繋がるかも定かじゃありませんが。来てくださった時から、なにやら知っているような口ぶりでしたが。何かあるのですか??」



聡いマーリンは急所を的確に付く。



黙っていても仕方が無いだろう。と、話す事を決意した。そう、自分の世界に存在した“アーサー王伝説”についてを。



喉を鳴らしなし、重い言葉を引き上げるように深く息を吸い吐き出し、



「俺の居た世界の過去にも存在したんだ。“アーサー王”が」



「ほー、俺が存在したのか?  そりゃあ、おもしれえ!  聞かせてみろよ!!」



少し長くなるぜ。と、口にする必要も無い。

アーサー王は既に、興味津々に赤い瞳を輝かせていた。貶されたり、相手にされなかったりを想像していた信長にとっては有難い反応。



きっとアーサー王は怖い話とかも好きに違いない。と今度話してやろうかな。なんて考えながら、信長は続きを話すべく口を開いた。
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