【新たな出会い】
文字数 2,290文字
城までの道のりは、目で見た感じより遠くではなかった。
城下で見上げたその城は、何かが違ってみえる。
ここは自分のいる場所ではない、そう直感できる何かを放っていた。
「では、ここはどこだというのか」
その疑問に答えてくれる者はいない。
ただ見上げていただけの四郎の背後から人の気配がする。
隠れる場所といえば、両際の草むら。
飛び込むようなかたちで、その草むら中に潜んだ。
人の流れが途切れたのは、日暮れ。
城に入っていく者たちは皆、血気盛んな感じに取って見える。
近いうちに何かが起こる。
四郎の得た知識が、そう信号を送っていた。
事実、四郎がここに来て数日後に事態が変わったのだった。
歴史に刻まれた『大阪の夏の陣』が、これにあたる。
西暦1615年のこと。
益田四郎は、1635年から1615年に時間を下ってしまったことになる。
「こんなことって――」
呆然と立ち尽くす。
何度も考え直す。
しかし、こう考えるのがとても自然に説明がつくのだった。
では何が原因だろうか。
考えられるのは、ロザリオと光秀の祠。
あの光は、このふたつが共鳴して出現した現象。
何の為に?
この戦い、光秀には関係なかったのではないか?
それとも、何かをさせたいのか――
考えを巡らせても結論は出ない。
ひとりなのだから、それは仕方がないことなのだと言い聞かせ、これからどうするかを四郎は考えることにした。
一旦城から離れ、城下町へと戻ると、どこか身を隠せる場所を探す。
しかしこういう華やかな場所に免疫のない四郎には、右も左もわからず、結果、更に町から離れて草むらに身を隠すことになった。
しかし、身体を休めることは出来ても眠りにつくことは出来ない。
考えなくてはならないことが、どうしても頭から離れなかったのだ。
自分が未来から来てしまったとして、これからどうするのがいいのだろうか。
ここで生きていくか、帰る方法を探すか。
突然変異で飛ばされたのであれば、帰るのは難しい。
それでは、この時代で生きていくか――
生き延びるのは可能だと、四郎は思った。
過去を学んでいる分、危機回避はできる。
しかし、歴史が変わってしまうようなことは出来ない。
極力人と関わらず、一生ひとりで生きていかなければならない。
まだ人生の半分も生きていない四郎には、過酷な選択となってしまった。
一晩考え、四郎はひとりにはなりたくないと、答えをだす。
出来るだけ多くの人が集まる場所で、必要以上に人と関わらずに生きていこう。
そう考えがまとまると、自然と力がわいてくる。
「悩むな、四郎。前へ進め、四郎」
言い聞かせ、四郎は再び大阪城へと向かった。
人が多く集まり、身分も関係なく雇ってくれるところ。
雑兵に紛れるのが一番いい。
命の危機回避は、自分の運次第だと。
名を益田四郎から天草四郎へと変え、ここでの新たな生活を始めたのだった。
天草――身体はこちらに来てしまったが、いつまでも生まれ育った故郷は忘れない、そういう意味を込めて、天草と名乗ることにした。
四郎が来た時は、新芽が顔を出し始めた頃。
それから数ヶ月、四郎の予測していたことが起きた。
戦――
豊臣と徳川が正面衝突したのだった。
雑兵としてここで生きていた四郎にも、出兵が命じられる。
そんな時、ひとりの男に声をかけられた。
「おまえ、そんな細い身体で、戦場を駆け巡れるのか?」
それほど細い体格ではない四郎だったが、つわものの中に入ってしまえば、子供よりも劣る。
「稼ぐ方法がこれしかありませんでしたので」
四郎はそう答えた。
嫌味ではなく、本当にそうなのだから、仕方がない。
「正直なヤツだな。気に入った。ついて来い」
声をかけた男はそう四郎に告げた。
断ることはこの時代では絶対にではない。
何を言われるのか、何をさせられるのか。
不安な思いを抱いて、四郎は男についていった。
雑兵が寝起きする部屋とは違い、広く綺麗な間に通される。
自分の身なりと、部屋の綺麗さが違いすぎて、入り口で佇んでしまっていると、男は四郎の腕を掴み、部屋の中へと引っ張り入れた。
「ひとつ、おまえに頼みがある」
「なんでしょう?」
「戦の間だけでいい、私の小姓のふりをしてくれないか?」
四郎の頭の中で、男の言葉を復唱する。
小姓とは、主の身の回りの世話から夜の相手までをする歳若い男がする仕事である。
「金は充分に出す。この戦いが終わったら、大阪を離れ戦に巻き込まれない土地へ行け。どうも、おまえに戦は似合わない」
その言葉で、男が四郎を助けてくれたのだと知る。
「そんなに白い肌で整った顔をしていれば、目立つし的になる。戦になれば雑兵とて容赦はないぞ?」
言われなくても、それくらいはわかっている。
しかし、この男の要求を飲めば命の危険度が下がるのも事実。
「なに、ふりだから、夜は別々の床で構わん」
気にするなというように、大笑いをしながら付け加えてくれた。
断る理由はない。
四郎はこの男と取引をすることにした。
「名はなんという? 私は豊臣秀頼と申す」
豊臣といえば、秀吉の子ということになる。
なんという好機。
だが、確か豊臣は徳川に負けるのだ。
「私は、天草四郎と、いいます」
「うむ、四郎か。短い期間か長くなるかはわからぬが、よろしく頼む」
この時より、四郎は豊臣の懐に入ったのだった。