【系図】

文字数 1,974文字


 そんなに広くない家。
 部屋の区切りもあるようでない。
 知り尽くした家ではあったけれど、暇を持て余していた四郎は、天井を仰ぐように寝そべっていた。
 なんとなしに眺めていた、見慣れた天井。
 天井といっても、藁葺き屋根の地盤板なのだが――
 妙な合わせ目がとても気になってしまった。
 暇つぶしにはちょうどいいと、四郎は柱を登り、その合わせ目に手を伸ばすと、パカッと開く。
 隠し箱のような感じになっていた。
 更に手を伸ばすと、指先に何かが触れる。
 その触れたものを指先で引き寄せ、しかっりと握り下へと降りた。

「なんだ、これ。書物? にしては、なんで隠す必要があるんだ?」
 薄っすらとかすれてほこりのついた巻物。
 息を吹きかけほこりを払い、留めてあった紐を解く。
 湿った匂いとほこりの匂いが混ざり合い、なんとも嫌な匂いが鼻についた。
 手の甲で鼻をこすって、出かけていたくしゃみを押し戻す。
 留守を預かる者の常識、余計な音は立てない。
 余計な仕事を増やさせない――である。
 そっと巻物を開いていくと、達筆な文字で何かが記されている。
 四郎は周りの同じ年頃の子より、知識が冴えているらしく、物覚えがいいし理解も早かった。
 達筆な文字であっても、読めないということはない。
 時々知らない字が出てくるが、飛ばして読んでもなんとなく意味が通じるような感じがして、ゆっくりと文字を追いかけ始めた。


 出だしはこうだった。
 1582年秋頃――
 この年と言えば、織田信長が本能寺で自害したとされている年。
 四郎くらいの子であれば、たいていの子は知っているくらいの大事件だった。
 1582年秋頃の冒頭の続ききこう記されていた。
 ――私、明智光秀が辿った経緯をここに記す。
 ただし、信長公に関することは、私が墓まで持っていく。
 真実は闇の中。
 私以外が知る必要はないのだ。
「明智、光秀? 嘘だろ。明智ってあの明智? じゃ、母上が話してくれていた寝物語の宣教師を装ったお侍さんって、明智軍残党――落武者?」
 誰に問いかけているわけでもない、ただ声にして自分に問いかけているだけ。
 四郎は再び巻物の文字を追いかける。

 ☆☆☆

 我々、なんとか生き延びた4名は、追っ手を振り切りなんとか未開の地、南へと辿り着くことができた。
 できるだけ人目につかない道なき道を進んで見つけた集落。
 山と木々に囲まれたこの村の、どこか隅でもいいから居させてもらえないだろうか。
 我々は様子を伺い、思考を巡らせたが、もう何日も食べ物を口にしていない。
 限界であった――
 そんな時、乾いた胸に優しい温もりを感じる。
 身ひとつと刀だけ、そしてどんな時も肌身離さず身に付けていた、ロザリオ。
 我主、織田信長を追い詰められたのも、この加護があったからだろう。
 魔王と呼ばれていた信長公。
 時を誤れば、落としていたのは我々かもしれない。
 手の平に握り、その加護に感謝。
 するとどうであろうか。
 身体の奥底から湧き上がる力。
 我々はその流れに乗ることにした。
 なるべく使徒に見えるよう、重い鎧を脱ぎ捨てた。

 怪訝そうな視線に晒されながらも、我々は神の素晴らしさを唱える。
 ――と、この村の長老だろうか。
 その老人に耳打ちする若者。
 なんとなしに唇の動きを観察。
 この村の危機だと知り、その退治を名乗り出た。
 成功すればよし、失敗しても所詮よそ者の流れ者。
 どうとでもなる――そんなものだろう。
 承諾を得て退治へと向かうが、いくつもの戦場(いくさば)をくぐり抜けて来た我々には造作もないこと。
 手応えなく、山賊と獣を退治してしまった。
 だが、このままでは――と、しばし時間を空けてから山を降りる。
 彼らにとっては死んだと思われていた者が戻る。
 最初とは違い、歓迎を受け、一軒のボロ家を貰い受けた。

 暫らくして、私は一人の村娘と恋に落ちた。
 もう、本国の妻は生きてはいまい。
 明智の名を捨て、ただの光秀となり、私は娘の婿となり、益田の姓を受け継ぐことになった。


 ☆☆☆

「益田って、私の家系?」
 四郎は更に巻物を解き、途中から差し込まれていた紙を見つけた。
 系図だとひと目でわかる。
 四郎という名がしっかりと記され、その上には父と母の名。
 その上には――光秀と、記されていた。
「私が、明智の血筋を受け継いでいる?」
 四郎の中に衝撃が走る。
 武者震いとでもいうのだろうか、この高ぶり。
 何か大きなことでもできそうな、そんな気持ちになっていく。
 明智光秀――実は少しだけ、彼の生き様に惚れ込んでいた節があった四郎にとっては、なんとも嬉しい事実の収穫だった。

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