【寝物語】

文字数 1,390文字


「母上、あの話をしてください」
 いくつになっても、四郎は母が話す寝物語が好きであった。
 特にあの話。
「また、あの話かい? 四郎はこの村に来た宣教師と名乗った武士の話が好きね」
 宣教師が本当か、武士が本当かはわからないが、今から50年ほど前、救世主が現れたと話す、母の話が大好きだった。
「だって、その武士のひとりが、私の先祖なのでしょう?」
「どうして?」
「なんとなく。だって、母上は見て知っているかのように話すから」
 とはいえ、母が実際に見ている歳でないことも、四郎はちゃんと知っている。
 それだけ母が話す話は臨場感があったのだ。


 ☆☆☆

 今からほんの少し昔の話。
 
 宣教師名乗る男が数人、なんの取り柄もない貧相なこの村に現れました。

 農民以外見たことのない、この村の村人は、この男たちを疑うことなく受けいれることに。

 それにはひとつだけ理由がありました。
 
 裏山に時々現れる山賊と獣。

 やっと実った野菜を横取りされ、女をさらわれ。

 傍若無人ぶりに、誰もが見て見ぬふり。

 それを幸いとした彼らの行動は、一層荒々しくなっていった、そんな時に現れたこの宣教師は、この村人にとってとても救世主に思えてならなかったからです。

 その中のひとり、一際品位ある男が言います。

 その退治、我々に任せてくれないだろうか――と。

 何を言っているのだ、この男。

 村人の誰もがそう思いました。

 手にしているもの、それは確かに日本刀ではあったけれど、刃は欠け、さび付き、はっきりいって稲の一本も切れない、お飾りのその刀で何ができるというのでしょう。

 だけれど男たちはどこか自信ありげだったので、村人たちはひとつだけ約束をさせました。

 何があっても自分たちは何もしないと、それを聞き入れてくれるのなら案内すると。

 宣教師たちはそれでいいと言うので、裏山へと案内することに。

 研ぎ石を借り、刃の部分を研いだところで、肉まで切れるようになったとは到底思えません。

 しかし男たちは村人を裏山奥に通じる道の入り口で待たせ、奥深くに入っていきました。

 それから半日、道のはるか遠くに人影が。

 村人たちは焦りました。

 やはり失敗したのだと。

 これでこの村は終わりだと。

 せめて、女子供だけでも逃がそうと。

 ところが、戻ってきた人影は半日前に送り出した男たちの姿でした。

 何倍もいた山賊、獰猛な獣。

 それらをたった数人で片付け、獣の肉を手土産に。

 宣教師と名乗った男たち、実は武術に長けたお侍さんだったのです。

 しかしお侍さんには行くあてがありません。

 村人はその理由を聞くことなく、好きなだけこの村にいればいいと、ボロ屋ではありましたが、一軒の空き家をあげました。

 しばらくすると、村の娘とお侍さんの一人が恋仲に。

 キリストの教えを唱え、翌年は豊作。

 村人の間でキリストの教えが広まりました。

 恋仲になったふたりに子供が産まれ、ほかのお侍さんにも妻と子供が出来、衰退しかけた村に活気が戻りました。


 ☆☆☆

「母上。私たちはそのお侍さんの血筋なのですよね?」
 四郎はそうであったなら、そんな願いを込めて訊く。
 だけど母は決まって困った顔をするのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み