【時を越えて】

文字数 1,445文字


 四郎はひとり、明智光秀が葬ってあるとされている山の中にいた。
 その昔、山賊と獣を退治したとされている山中である。
 もし我らの肉体が滅んだら――と、光秀自ら葬り方を指示していた。
 誰の目にも触れない場所。
 一族継承以外に公言しないことなど、いくつかの決まりもしっかりとあの巻物に記されていた。
 代々益田家はそれを忠実に守っていた。
 多分、このまま四郎が益田家に居続けたなら、間違いなくその意思を継承しただろう。
 だが、四郎はそれを待つことなく巻物を見つけてしまった。
 記憶に刻んだ光秀が眠る場所はこの辺りだと、念入りに草木を掻き分け探すのだった。

 頼りになるのは、時折雲から顔を出す月。
 月が照らす明かりだけだが、だいたいこういう隠すという行為、ある程度の鉄則がある。
 あまり深い位置でもなく、そうそう近い位置でもない。
 そして必ず目印になるものがある。
 少し掠れてはいるが、無造作に置かれた石には、明智の紋章に似た彫り物が。
 その場所から数歩中に入った場所に、小さな祠。
 本当に、ただこの道を通っただけでは気づかない場所に、ひっそりと存在していた。
 祠の前で四郎は何を話したのだろうか。
 もしかしたら祈ったのかもしれない、この時世の荒んだ有様の回復を。

 首から下げているロザリオを取り出し、手でかざす。
 祠とロザリオとの間に月明かり。
 それらが共鳴するかのように、夥(おびただ)しい光を放つ。
「なに?」
 手で目を覆っても眩しさは消えない。
 四郎の身体をも包むような大きな光は、遠く離れた場所でも確認できたと、後々の記述として残される。
 ただ、四郎を包んだ光とは知らず、見たものが都合よく解釈をしただが。
 もちろん、その光は四郎のいた村でも確認できている。
 まだ四郎の姿が消えたと知らずに見た彼らは、神の降臨。
 キリストからの使途が舞い降りたと思ったと、後公言している。
 それから2年後の西暦1637年、歴史に残る『島原の乱』が勃発。
 年の暮れを間近に控えた、12月11日のことだ。


 一方、四郎はというと。
 ひとり見知らぬ土地の真ん中に立っていた。
「ここはいったい――」
 自分がいたのは夜。
 周りは多い茂る草木に囲まれた場所。
 その中にひっそりと存在する祠の前にいた。
 月の明かりに照らされ、祠の姿かたちをしっかりと見た後、なぜが何もない場所にいる。
「これは、夢か?」
 頬を抓(つね)り、引っ叩き。
 痛みはしっかりと感じるし、目は覚めている。
 手にはしっかりとロザリオが握られていて、夢ではないことを知らせている。
 それではいったい、どうしてしまったのか。
 その謎はしばらくして判明する。
 信じがたい事実。
 信じがたい現象共に――

 遠方といっても、そんなに遠方ではないと思う、そんな先に城が見える。
 四郎のいた村から城を拝める場所はない。
 それだけで、村付近ではない場所にいることになる。
「飛ばされた?」
 四郎は咄嗟にそう考えた。
 飛ばされるという表現、間違ってはいないと思う。
 そう表現しなくては、この現状の説明がつかないからだ。
 問題は、ここがどこかということ。
 城が見える場所。
 荒野に近いこの場所に立って、城が見える場所――そんな場所、四郎にはまったく心当たりがない。
「仕方ない。あの城の近くまで行ってみよう」
 この判断がまた新たな方向へと動くことになる。
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