第2話

文字数 1,191文字

 しばらくしてえさが尽きてしまった。どうやら、俺は小型犬ではないようだ。大きな袋入りのえさがかなり早いペースでなくなっていった。燃費(ねんぴ)効率の悪いことったら、ありゃしない。すぐに腹が減りやがるし。けれど、目の見えない俺はずっとその場を動けずにいた。動き出そうにも動けねえ。うう、ひもじいなあ。
 などと思っていたある日、車の走行音にまぎれて近くで自転車が止まる音が聞こえた。しばらくして、まっすぐにこっちに近づいてくる人の気配を感じた。

誰か来た。

すでに目の前に人が立っているのが気配(けはい)で分かる。その誰かが俺の入れられた箱に書かれたメッセージを読み上げた。若い女の声だった。
「『クラッシュという名前です。オス犬です。どうか拾って飼ってあげてください』……?」
なんだそりゃ。ろくに世話もせずに放り出しといて、名付け親ではありたいんだな。つくづく勝手なやつらだ。それよりなぜ一緒に『この犬は目が見えません』ということを書いてないんだ。それだけで余計な誤解や手間が(はぶ)けるってのになあ。
俺は、あさっての方向を向いて(ほう)けたようにした。
とりあえず、目が見えてないってことに気づいてくれよ。
「あれ。なんか変……」
女の声がした。
お。
「この子、目が見えてないみたい……」
気づいたか。お前は、なかなかいい目をしているぜ。けど、分かったら俺のことはほっといていいんだ。目が見えない以上、拾ってもお荷物にしかならんぜ。
グーーーーッ。
気持ちとは裏腹に腹が鳴った。
うう……。
「……ちょっと待っててね」
再び女の声がして、足早に気配が遠のいていった。
ちょっと待ってだって? 何を待つの?
再び女の気配が近づいてくる。同時に食欲をそそるひどくいい臭いが広がった。
「お腹空いてるんでしょう? はい」
鼻先にあてがわれたのは食パンだった。
ありがたい!
俺はすぐに食パンにかぶりついた。
柔らかくて最高にうめえな。
俺は上機嫌(じょうきげん)で声をあげた。
「ワンッ!」
俺は差し出された3枚の食パンをすごい勢いで食べ終えた。
ごちそう様でした。女の人、ありがとう。
 それからしばらくしても、女の気配が俺の前から立ち去らなかった。
さっきから立ち止まったまま何してるんだ? 俺の事を気にしてるのか? 俺はどうせお荷物なんだから、ほっといてくれていいんだよ。なんとか自分の力でやっていくからさ。
ちょっとして、女の気配が遠くなっていった。
あきらめたか。それでいいのさ。
俺は眠りについた。


 ぼんやりしていると、突如、俺の入った箱が持ち上げられた。
おおっ!?
俺は事態が分からずにうろたえた。
「ワンッ! ワンッ!」
あ、この臭い。さっきの女の人のものだ。どうやら俺を箱ごと女の人が抱えているらしい。
「静かにしててね。連れ帰ってあげるから」
ええ。いいよ、そこまでしてくれなくても。俺なんて迷惑にしかならんよ?
というようなお断りも相手に通じるわけがなく、俺はそのまま運ばれていった。
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