第1話

文字数 1,305文字

「かっこいいの思いついた! お前の名前はクラッシュだ!」
年端(としは)のいかない男の子が騒いでいる。
CRASH (衝突)? CRUSH(圧搾(あっさく)粉砕(ふんさい) )? どっちでもいいか。大層な名前をつけやがって。まあ、嫌いな名前じゃないけどな。人間ってのは、とかく名前にこだわるのが好きなんだな。そう呼ぶのはお前らの勝手だけど、名前だけ立派にされても困るぜ。名前なんて飾りに過ぎねえって知ってるんだ。どんなみすぼらしく惨めな一生をすごそうが、誰からも見捨てられようが、立派な名前だけは呪いのようについて回りやがる。そのちぐはぐさの無様(ぶざま)なこと。一生懸命名前にこだわるなら、それに見合った一生を保証してくれよ。もっとも、お前らはすぐに俺がどれだけお荷物になるかを悟って見放すだろうけどな。全然期待なんてしてねえよ。

 数日後、俺は高架下(こうかした)の空き地に捨てられていた。
ほら、みろ。結局、投げ出しちまうんじゃねえか。俺みたいな盲犬(もうけん)、最初から拾うんじゃねえよ。あれほど目が見えないって事を仕草(しぐさ)で知らせてたじゃねえか。重要な情報が何も目に(うつ)ってやがらねえ。人間ってのは、いつも自分のイメージや期待で世界を見てやがるんだ。所詮(しょせん)は俺と楽しく散歩したり、じゃれあったり、一家の一員として愛嬌(あいきょう)を振りまくイメージが先行してたんだろう。そんなの無理だって。おっかなくて、散歩もできやしねえよ。飼い主に向かって愛情たっぷりに飛びつく事もできねえ。生まれつき、できねえものはできねえんだ。愛玩(あいがん)用としての期待をかけられても困るんだ。残念ながら、あんたら人間を喜ばせるためのサービスは一つもできねえ。そういう失敗した生命なんだよ。別にお前らが、利用価値がないという理由で俺を捨てたって(うら)まねえからさ。とりあえず、ほっといてくれ。俺は捨てられたまま、勝手にのたれ死ぬよ。
 ……それにしても、なんていう場所に捨てるんだ。四方(しほう)から地鳴(じな)りのような車の走行音が響きっぱなしじゃないか。頭がガンガンする。本当、気持ちいいほど俺のことを考えてくれてないんだな。目が見えないって事が分かっていて、「じゃあ、俺という生命は残された耳や鼻の感覚でしか世界を感じ取れないんだ」って事までは推測(すいそく)できないのか? 所詮、人間にそこまで俺という生き物の生命を気遣(きづか)ってくれる事を期待するのは不毛(ふもう)なのか? これは拷問(ごうもん)だぜ、ちきしょう。このままじゃ、大切な耳までおかしくなっちまう。捨てるなら、もっと静かな場所にしろって。

 (ふう)の空いたえさの袋がいっしょに箱に入れてあったおかげで、空腹を満たすことはできた。ごくたまに、人間が好奇心でちょっかいを出してくる。
「わんちゃん。ほら、ほら」
猫なで声で話しかけてくる。
ほら、ほらって。何を見せてくれてるんだか。俺に何をして欲しいんだ。ってか、幼犬(ようけん)ならともかく、信頼関係もできないうちに必要以上に何かを強要(きょうよう)する奴になつけるかよ。相手に心を許すのは、相手が決して自分を傷つけず、自分のことをちゃんと考えてるって事を確信してからだろう。時間がかかるものだろ。最初から心を許してなつく事を強要するんじゃねえ。
俺の反応の乏しさにちょっかいを出していた人間は興ざめして去っていく。
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