第3話

文字数 1,053文字

 しばらくして地面におろされた。アパートの玄関らしきドアの開く音が聞こえた。同時に出し汁(だしじる)(にお)いやらカレーの匂いやらが混ざった空気が流れてくる。ひどく生活臭のする家だ。奥の方からタバコの匂いもする。
「家の中汚くてごめんねえ」
謝らなくていいよ。目、見えてねえし。ってか、本当に俺なんて連れ帰ってきていいんだろうか。
 それから、俺は風呂場で女の人に体を洗われた。なかなか手際(てぎわ)がよかった。さらに女の人が洗い終わった俺の体をドライヤーで乾かしていく。キレイさっぱりで爽快(そうかい)だ。こんな気分何日ぶりだろうか。
 女の人が用意した座布団の上に寝転んでいると、男の不機嫌そうな声が聞こえた。
「変なもん拾ってくるんじゃねえよ。(せま)くなるじゃねえか」
声から(さっ)するに中年のおっさんだ。この家の人間だろうか。入ってきた時には気配を感じなかった。風呂場で体を洗ってもらっている間に戻ってきたのかもしれない。
「変なもんなんて言わないで」
女の人も冷たく言い返す。あまり仲はよくなさそうだ。
()えるんじゃないのか? 苦情がきたらどうするんだ。面倒は勘弁(かんべん)してくれよ」
「吠えないわよ。すごく(かしこ)そうな顔してるし」
そうそう、俺は理由なしに吠えねえ犬だよ。ってか、俺は賢そうな顔してるのか。俺って何犬の血が流れてるんだろ。
「チッ。犬なんて飼っても金がかかるだけだってえのに」
「そういう事、全然働かない人に言われたくないわ」
「あぁ?」
一瞬で空気が凍りつく。
「誰に向かって、口を聞いてるんだ?」
憎悪のこもったような威圧的(いあつてき)な態度だ。えらく険悪(けんあく)な雰囲気になってきた。俺はひどく気まずい感じがした。
「誰だっていいでしょ! この子は、私が自分の(かせ)ぎで責任もって飼うから! ぐだぐだ言わないで!」
「勝手にしろ!」
玄関のドアが開き、男の気配が消えていった。女の人は腹にたまった物があるのか、とっくに男の立ち去った後のドアに向かって言葉をぶつけた。
「食っちゃ寝するしか能がないのはあんたの方でしょ! バカ親父!」
あれは父親だったのか。ひでえ親子仲だ。うーん、大変な家に来ちまったのかも。ま、いいか。どうせ、俺が邪魔になれば再び追い出されるだろう。それが俺の運命だ。

 女の人も家を出ていってしまったので、俺は座布団の上で寝ていた。しばらくして、女の人が戻ってきた。
「捨ててあったやつでごめんね。前から、もったいないなぁって思ってたんだ」
女の人が俺のためにベビーベッドを拾ってきたらしい。なかなか生活力のある子じゃないか。それから、俺のねぐらはベビーベッドの上という事になった。
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