第7話

文字数 840文字

 それからしばらくの間、部屋から親父の気配が感じられなくなった。タバコの件にこりて、家に寄り付かなくなったのか。反省してくれてるなら、それでいいや。俺は一人でそう納得して、親父のいない心地よい生活を楽しんだ。

 ある日、外出先から戻ってきた侑子が沈んだ声で俺に語りかけてきた。
「お父さん、人にケガさせて警察に捕まったんだって。今留置所にいるんだって」
うわ、反省どころじゃねえじゃん。ってか、親父、とうとうやっちまったか。
「幸い、相手の人は軽傷(けいしょう)だったらしいんだけどさ。相手の人に謝りに行かなきゃいけなかったし、バカ親父は留置所(りゅうちじょ)でお母さんを『裏切者』呼ばわりするしさあ。もう何が何だかわからない」
裏切者? 何のことだ。さっぱり分からない。親父しか知らない奥さんの姿があるのか。どっちにしても、そんなつまらない事を留置所で喚くんじゃねえよ。
侑子は相当落ち込んでいるようだった。
「何なんだろう、私の人生。本当、どうしようもないよね。バカだよね、バカだよね」
バカじゃねえよ。悪いのは絶対にお前じゃねえ。悪いのはお前じゃなくて、他人の苦しみが分からない人間だよ。だから、何も気にするなよ。そう言ってやりたかった。けど、所詮犬ができることなんて限られてる。俺は、首を横に振るだけだった。

 その日の夜中に、俺は恐る恐るベビーベッドを降りてみた。目が見えないので、ベッドの下がどうなってるか分からない。
どうか下に物がありませんように。壊したりひっくり返したりしたら、迷惑かけちゃうしな。
心配していたような事はなく、俺は無事に畳の上に降りる事ができた。それから、侑子の寝息(ねいき)を探り、布団の中に(もぐ)り込んだ。
人間ってのはすぐ側に他人だとか他の生き物の鼓動(こどう)を感じとると、安らぐもんだろう。侑子に少しでも安らぎが与えられるなら、そうしてやる。
侑子は目を覚ました。
「クラッシュ……?」
布団の中に入ってきたのが俺であることを確認すると、 侑子は俺の体をぎゅうっと抱きしめた。そして、侑子は再び寝息を立てはじめた。
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