第9話

文字数 962文字

 既に隣の部屋から火が移っていて家の中の温度は相当高くなっていた。カーテンや木製の家具が次々と燃えていく。煙の臭いにまぎれて、木の燃える臭い、ビニールの焼けるイヤな臭いが鼻を()す。
ちくしょう、くせえ。
その中で俺は侑子の思い出の箱に収められていた匂い玉の匂いをかぎとる。
目が見えない分、俺の鼻はずっといいんだぜ。
俺は匂いの方向へと進んでいった。

 鏡台の下に置かれた思い出の箱はなんとか無事なようだった。俺は、その箱を口で引っ張り出すと、その上にくるまるようにして寝そべった。
あちい……!!
周りは火の海になってるのか、(ひたい)や背中がじりじりと焼けてくるのが分かる。自分の毛が()げて、ひどくくさい臭いがする。熱さの感覚がすぐに額から全身へと移っていく。灼熱(しゃくねつ)地獄だ。本物の拷問(ごうもん)だ。けれど、こうやってくるまって箱を抱くように寝てりゃ、とりあえず箱だけは守れそうだ。俺の体が小型でなくてよかった。とりあえず、この箱は守ってやろう。俺はこの箱の上を離れねえ。

 ゴオオオ……。
火は勢いを増しつづける。元はほんのちょっとの火種(ひだね)だったんだろうが、住み慣れた建物がどんどん燃えてやがる。
体が全身火達磨(ひだるま)のようになっていた。さっきからこの足元にたれる液体はなんだ。って、俺の血かよ。すまん、大事な箱を汚しちゃいそうだ。お願いだから、箱を汚さないうちに早いとこ火を消しとめてくれ。

 全身の感覚で自分の体の様子が分かる。毛という毛は燃えきって、今度は皮膚がただれてきている。強烈な火傷(やけど)で全身に激痛(げきつう)が走っているし、のども(かわ)いてたまらない。眼球の水分は高熱で蒸発しきって、焼き魚のそれのようになっている。
いらねえよ、最初からこんなもん!

 遠くで消防車のサイレンの音がした。火傷による激痛の感覚で、意識がぼんやりとする。全身の肉という肉がただれて、今やどんな体になってることだろう。想像しただけでぞっとする。今度だけは目が見えなくてよかったぜ。今の自分の姿が見えたなら、とても正気じゃいられそうにねえからな。

 建物の外の方からざわざわとした声が聞こえる。
シュオー――!!!
建物に向かって一斉に放水しているようだ。心なしか、火の勢いが若干おさまったかのように感じた。
もうちょっとの辛抱(しんぼう)だろうかな。とにかく、早く火を消しとめてくれよ……。意識が急激に遠くなっていった。

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