第47話 体重

文字数 2,329文字

 急に白髪になるのだろうか、黒かった髪が色を失ってきている。
 老けた感じはしないが……
 宗一郎退院後の工房に帰って入浴して気が付いた。
 イージスの過負荷による疲労の蓄積が招いていることなのか、無暗な起動は避けた方がよさそうだ。
 メイの身体を酷使過ぎて壊したくはない。

 エアリアとの闘いの最後に頭頂のパドマが還流した、あの時確かにイシスではなくメイの意識を感じた、あの小さな女の子。
 この身体のどこかに彼女がいるなら、全てを果たした後に、この身体を彼女に還すことが出来るのではないだろうか。
 普通の人間として人生を歩むこと、誰かに恋して一緒に歩む穏やかな暮らしを。

 それはイシスの憧れかもしれない。

 そしてもうひとつ、考えることがある。

 「宗一郎、マヤさんのことだけれど……」
 宗一郎が僅かに緊張したのが分かった。
 「な、なんだ」
 「彼女、あなたの事を愛しているわ」
 「……」
 宗一郎が珍しく本当に困った顔をする。
 「話してくれる?」
 「仕方ない、お前に隠し事はできないな」
 「大事な事、私にとっても」

 それは彼らの青春の記憶、羨ましいほど甘くて苦くて痛い記憶。
 父アスクレイと母クロエ、宗一郎とマヤそれぞれの軌跡。
 恋とすれ違いと、嫉妬と思い遣りが交錯した物語。

 「俺とアスクレイ、それにクロエは幼馴染の親友だった、しかし、目指す道は違った、アスクレイは人を助ける医術を目指し、俺は人を殺す道具を極めんとしていたわけだ」
 「2人ともクロエが好きで、2人とも引かなかった、自分の方が幸せにできると信じて疑っていなかったからな」
 「マヤは俺がポーターをしていた時のリーダーの娘でな、妙に俺になついちまって……」
 「そんな時にマヤの父親がポーターの仕事でオーガに襲われて急逝したんだ、あの娘は15才だったな、母親はいない父娘の家庭で、頼れる親戚もなかったから俺が一時的に引き取ったんだ、大学を出る22歳まで一緒に暮らした」
 宗一郎が珍しく酒をあおった。
 「軍に入隊したのもオーガに対する恨みだったのだろう、でも大きな防衛作戦で大けがして、命は取り留めたが子供を産めない体になっちまった」
 
 外は雪が降り始めたようだ、窓から漏れた灯かりが大きな結晶に反射している。

 「俺は、その前からクロエとは距離を置いていたんだ、彼女は元から心臓が悪かった、俺といるより医者であるアスクレイといる方がいいと思ったからだ、でもマヤは自分が工房に居候しているからだと思っていたんだろうな」

 「そんな中、クロエの妊娠が分かった、メイが宿ったんだ、アスクレイは無理だといったのだがクロエは聞かなかった、俺もアスクレイも心配したさ」
 「クロエはもう自分の命とお前を引き換えにするつもりだったんだろう」
 「女の強さは計り知れない、そして同時に恐ろしくもある、マヤには俺たちをクロエが独占しているように映っていたんだ」
 「忘れない、彼女はクロエの前でこう言ったんだ、自分の心臓を使えって」
 
 「じゃあ、マヤさんも身を挺して母さんを助けようと……」
 宗一郎は首をゆっくり横に振った。
 「違うんだ、心臓だけでもクロエになれば私も俺に愛されると」
 「!」
 「狂うほどに悔しかったのだろう」
 「でも、それ以来ぱったりと姿をみせなくなった、根はやさしい娘なんだ、きっと自分が許せなくなっちまったんだと思う」
 「そしてお前が生まれた、クロエの命と引き換えに」

 宗一郎の目にも光るものがあった、酷く残酷な告白をさせている。

 「さらに生まれた子は脳死状態だ、アスクレイの苦悩は俺の比じゃなかったろう」

 「クロエの命日には墓に必ず花があった、毎年な、マヤだと俺は分かっていたんだ、あいつは自分を許していない、病室で土下座したのも、そんな気持ちがあったのかもな」
 「今の私と母さん、クロエは似ているの」
 「ああ、そっくりだ」
 「マヤさんの気持ち分かるよ」
 「そうか、なら今度あったら抱きしめて許すと言ってやってくれ」
 「わかったわ」
 「宗一郎はどう思っているの、彼女の愛に答えてあげるべきじゃない」
 「前に妻がいたと言ったのは嘘だ、だがじきに還暦だ、マヤにはもっと若くてふさわしい男がいるはずだ、それが彼女の幸せになる」
 「まったく、この鈍感のわからずや、純情なのか子供なのか」
 「マヤにも同じようなことを言われたな」
 「人の気持ちは、そんな理屈では片付かないよ、特に女の気持ちはね」
 「ちゃんと彼女の気持ちを聞いてあげて、まんざらでもないんでしょ」
 「ああ、でもなぁ、あいつと話しているとすぐ怒るんだよ、怖いんだぞ」
 「もう、しっかりしてよ」
 「私なら、大丈夫だから、死んだりしないし、今日だって病院で若い男の子から告白されたんだよ」
 「なっ、なにぃぃ、どこのどいつだ、それは!」
 「ええー、教えないよ」
 「ちょ、ちょっとまてよ、おい、そんな重大なことを教えないとかありえないぞ」
 「まあ、いつもの事だから珍しくなんかないけど」
 「ぐぬぬぬぬっ、俺が見定めてやる!」
 「無理だよ、自分の事もしっかりやれてないのに見定めるとか、それに私50過ぎているだから子供じゃないものね」
 「また、そんな屁理屈をぉぉぉぉぉ」

 最後はちゃかしちゃったけど、もしものときに、残った人たちを不幸にはしたくない。
 自己満足でしかないけれどお節介は焼けるだけ焼いていこう。

 そして更に……体重が増えた!
 数日なのに、疲労の局地にいたはずなのに無敵スーツが既にきつい。
 そんなに食べたかな?記憶にない。

 やっぱり神様なんていない、こんなにシリアスな悩みを抱えて頑張っているのに、この上ダイエットまでしろというのか……

 神様、あんまりだよ。
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